クトゥルギア

那埜

第一話:Holiday

《ゴジュラ・モラソム》


 頭部がまるで蹴られたサッカーボールのように、弧を描くよう、跳ね上がった。


 その頭部とは……人間だった頭部。


 銀色の機械で全身を覆った強化外骨格レプリオルターのヘルメットごと跳ね上がった頭部は、1メートルほど宙に浮かんで血の虹を砂浜に撒き散らした後に、機械が潰れるような音を出して虚しく落ちていった。


 ……そこは日本に位置するとある海岸付近。


 空の色は雨雲の影響で黒く染まり、地上の出来事に対して、笑い転げるように涙を流しながら、大雨が怒号をあげて降り注いでいた。


 そして海岸付近にいるのは……怪物グレティオルド


 《ゴジュラ・モラソム》と後に呼称される怪物グレティオルドは、人間の姿にも見えるが、無論人間ではない。

 大海原から上半身をそびえ立たせていたそれは、人間の姿をした大型肉食恐竜、とでも言えばいいだろうか。

 しかしてはその頭部は小ぶりで、半月を模したような大きな角を生やし、さながら水牛さえも思わせる。

 無論肉食恐竜のようにに前かがみな体格でも、水牛のような四足歩行の獣とは、その骨格はまるで違うし、肩や胸部にはまるで鎧のように白い装飾物が身に付けられている。

 先に先行していた強化外骨格レプリオルターの一人はその装飾物に戦慄していた。

 ……それはありとあらゆる動物たちの骨で形成されていた。

 まるで勲章のように。


 《ゴジュラ・モラソム》に付き従うものたちは、かの怪物グレティオルドを守るように砂浜で俯きながら直立し、待ち構えていた。その名は《シャンタク》。そして……それもまた怪物グレティオルドたる敵。


 全長2m、馬にも見える面長な仮面でその素顔を隠し、ペガサスのような純白の大きな翼を背につけ、その脚部はまさしく馬のように細く鋭く、その腕の先は拳は無く、代わりに馬の蹄鉄の如くつちが装着されていた。

 まるでペガサスが人型になったようなフォルム。

 ペガサスと聞くと、高貴なイメージがつくのではないだろうか?

 だが数体の《シャンタク》たちが立ち並ぶ砂浜、そして何より異形の戦士の脚部、コンバットナイフのように鋭く尖った刃は……雨に流されること無く黒く変色した血で染まっていた……。


 ♢


「……これからどうする、大字おおあざ

 

 すでに強化外骨格レプリオルターの何人かは《シャンタク》たちの大空を舞いながら繰り出す足捌きに成す術もなく、役目を終えるように砂浜に転がっていた。


「あんたの体調次第って感じだな 前の戦闘の影響が残ってるんだろ?」


 砂浜の真隣にある、防潮堤仕切りにするように設けられた駐車場。

 黒いアスファルトの地面からは、人の営みを邪魔するように雑草や名も知らぬ花が突き出しており、車を仕切る為の白線も消え掛かっていた。

 今のこの状況では車など一台もなく、代わりに黒いセミトレーラーが一台、白線を無視して停められている。


「……すまない。前の《アゲルグレ》との戦いが尾を引いているようだ」


 セミトレーラーには組織ウィアードテイルズが用意した白いコンテナが牽引されている。

 アルファベットのWとTの文字が強調しているようなマークが大きく描かれたコンテナの中は、組織ウィアードテイルズの人間が強化外骨格レプリオルターに装着できるように特別に用意したものだった。

 

 そして内部。

 防音性に優れており、雨音は聞こえてこない。

 だが静かなことも考えものではある。

 なにせこの無音の状態が、不安な気持ちを加速させる気がする。


 そのコンテナ前部に位置する壁際に沿う形で設置された座席に座る男が二人いる。

 一人は首からつま先まで強化外骨格プロトオルターの鎧で覆った状態の男。

 刈り上げた短髪、それに前髪を掻き上げた組織ウィアードテイルズの隊員たる男、大字おおあざマドカは……不意に自身の持つ画面のひび割れたスマートフォンを手にして、操作し始めた。


「音楽でも聞くか?」

「こんな状態でよく聞けるな」


 大字おおあざの言葉に、《白衣の男》は普段表情は出さないが、さすがに不謹慎では?と眉を細める。


 《白衣の男》……とは、さながら医者のような姿をした細身の男のこと。

 今の彼の衣服には濃く青い血が染み付いていた。


 そして乾いた赤い血が染み付いた黒いネクタイを締め直し、《白衣の男》はさらに続ける。


「音楽、とは人間がリラックスする為に聞くものだと理解している。だが俺は今のこの状況ではリラックスできない。……俺のせいで無駄に人が死んだ」

「ま、そうとも言えるし、そう言えないかもしれない」

「俺は人間じゃない。だが……《レプリオルター》を装着した人間が殺された時、視界が一瞬見えなくなった気がした。それに……自分が自分でなくなるような気持ちになった」

「……そうだな、俺も一緒だな」


 《白衣の男》の言葉を噛み締めるように、大字おおあざは頷くと、スマートフォンからその音楽を鳴らした。

 軽快に掻き鳴らされたようなギターの音、しかしその音は低く、染み込むように聞こえてくる。

 そしてボーカルの『セイ、ヘイ』という言葉と共にその歌はコンテナ内に鳴り響いた。

 まるで動けと伝えるように、そのギターの音、ドラムの音、そしてボーカルの歌声が曇るように響き渡る。


大字おおあざ、言っただろ。俺は───」

「音楽を聞く気持ちじゃない、だろ?知ってるよ」

「なら何故?」

「……俺の子どもの頃だったか、アニメでやってたんだがな。歌の力で宇宙人との戦争を止める、なんて話。俺はあの戦闘機っていうのが大好きだったんだが、今は関係ないか」

「話の要点を言わないのは大字おおさざの悪い癖だ」

「すまんすまん。ま、言いたいのはな。音楽っていうのはリラックスする為だけに聞くわけじゃねえ、自分を震い立たせる為に聞くっていうこともあるんだってことだ」

「何故?」

「何故?難しいこと聞くよな」


 スマートフォンから聞こえる音楽はサビの部分に入り、メッセージを強調していく。

 その音に乗るように小刻みに指を動かしながら、大字おおあざは続けた。


「奮い立たせる為って言ったら、奮い立たせる為だ。自分がすることにな。これは人間だからどうとかじゃねえよ?誰だって不安に感じる、俺だって不安に感じる、お前だって不安に感じてんだろ?」


 《白衣の男》は同意するように頷く。


「俺は怪物グレティオルドとの戦いの前から戦場にいた。人が死ぬなんて当たり前のことだしな。でもな、立ち止まってられねえんだ、心的にも体的にも。戦場で止まることは死ぬことと同意語だしな」


 死。

 外では首のない死体たちが乱雑に並んでいる。

 それが当たり前であるかのように。

 大字おおあざにとってはそれは日常ではある。だがそれでも人の死には誰よりも考えることがあった。


「でも俺だって立ち止まることはある。頭の中が不安で支配されちまうんだ。動けなくなっちまう時がある。だからそんな時は音楽を聞くんだよ。自分を震い立たせるような音楽をな」

大字おおあざにとっての音楽が、この音楽か?」

「音楽っていう呼び方は堅苦しいな、これは……ロックだ」


 サビを終え、歌は次のパートに入っていく。

 再び軽快ながら影を落とすようなメロディが、《白衣の男》の耳に入ってくる。


 《白衣の男》は……姿形は人間だが、人間ではない。

 だがそれでも……その曲が伝えたいイメージが頭に流れてくるような気がしている。


 戦いを呼び起こさせるような……そんなイメージが。


「どうだ、この歌。グリーン・デイのホリデイって曲だ。戦場にいた時、俺はこの曲を聴きながら戦ってた。立ち止まるな、戦えってな」

「ホリデイ……英語か、意味は休日」

「皮肉な歌さ」


 大字おおあざは作戦前に剃った髭の痕を触りながら、立ち上がった。


「だけど奮い立つには十分だ。行けるか、兄弟」

「俺は大字おおあざの兄弟じゃない。そもそも大字おおあざと俺に血の繋がりはない」

「義兄弟っていう意味に決まってんだろ?お前、三国志にもケチつけてたみたいだがな?人間っていうのは血の繋がり以上に、一緒に時間を過ごしていれば家族同然になるんだよ」

「俺にそんなものはいない。全部無くした」

「それは知らねえよ、だが俺がいるだろ?」

大字おおあざが?」


 《白衣の男》はまるでトンチを聞かされているのではないかと戸惑う中、マドカは隣の座席に置かれていた強化外骨格レプリオルターのヘルメットを掴んで自身の頭に被せると、こう言った。


『共に戦う仲間ってやつだ。お前は一人じゃないってことだ、忘れんなよ』

「……心に留めておく」


 スマートフォンからの歌はやがてベースギターがリードしながらドラムの音が強調されたような音楽へと変わっていく。

 ボーカルの歌声と共に紡がれた英語はこう言っていた。


『炎の審判だ、火を灯せ』と。


『どうだ、昂ったか?』

 曲線を描いた機械の装甲を纏い、そして腰部ベルトに武装を装着しながらマドカは《白衣の男》に問いかける。

「いや……正直なところ、気持ちが変わったという感覚はない」

 その言葉とは裏腹に青く血塗られた白衣を脱ぎ捨て、《白衣の男》は座席の隣に設置した各隊員用の簡易スペースから新たな白衣を掴み取った。

「だが、ここで止まっている場合じゃない、ということはわかった。だから俺は戦う……まだ不安だが」

『それでいい。なに、またさっきみたいなことになったら、俺が火をつけてやるさ』

『なら安心だ……あいつらにアルマゲドンの炎を灯してやろうぜ、兄弟』

「だから俺は兄弟じゃないと……」


 コンテナ後部の扉が開く。

 まだ、外の世界は雨の景色に溢れていた。

 《ゴジュラ・モラソム》と眷属シャンタクは動くこともせずに雨に打たれ、ずっと動かずにいた。

 ……まるで次の挑戦者を待ち構えるように。


 《白衣の男》と強化外骨格レプリオルターたる大字おおあざは二人並び立ち、雨でその不安をかき消しながらコンテナから降りていき、ゆっくりと歩いていく。


 コンテナの中に置いてきたスマートフォンからは、まだ『ホリデイ』は流れている。

 歌はラストのサビへと移り変わり、ボーカルは必死にこう叫んだ。


『俺は虚しい嘘じゃなくて、夢が欲しいんだ』と。


 曲を聴き終えずコンテナから出ていってから、大字おおあざは不意に《白衣の男》に問いかけた。


『なぁ、兄弟。名前、欲しくないのか?』

「……?」


 雨音がやかましく、そしてヘルメットをつけているものだから大字おおあざの声が聞き取れず、歩きながら《白衣の男》はヘルメットを見つめた。

 大字おおあざはヘルメットの目部に備えられた超高性能レンズを通じて、隣の《白衣の男》の顔を見やった。

 ヘルメット内部に映し出される液晶画面には、これでもかと困惑した顔が映し出されていた。


『名前だよ!な・ま・え!兄弟って言われるのは嫌なんだろ!?だったらよ、俺がつけてやるよ!』


 しかし《白衣の男》は顔を背けて、防潮堤を見つめた。

 ……厳密にはその奥で待ち構える怪物たちに。


『なんだよ!?名前があれば、兄弟とか、あんたにとって理解できないことを言われなくなるんだぞ!?』

「俺に名前は必要ない」


 小さな声は雨音に掻き消されながらも、ヘルメットの収音機能はその声を拾いあげ、大字おおあざの心に響いていた。


『名前は必要だ、誰にだって。あの怪物たちにも名前があるのに、あんたに名前がないなんておかしいだろ』

「あいつらには恐れる名前がある。それだけだ。あいつらと同じ怪物である俺に名前はいらない」

『そうかい?物語の主人公、とかいうなら《プロタゴニスト》とかでもいいんだろうがね。あぁ、これは俺の好きな映画の主人公の名前。でもあんたは違う。あんたは今、現実の人生を歩んでんだ。だからこの戦いを終わるまでに考えといてやるよ』

「……死ぬかもしれない、とは思わないのか?彼らのように」

『言ったろ?その不安をかき消す為に歌を聞くんだって』


  防潮堤を越え、砂浜に到達する。

 雨はまだ、止むことはない。

 そして《シャンタク》たちは雨の中でも、二人の姿を認識し、見つめた。

 《ゴジュラ・モラソム》もまた、遠くの敵を見つめ、その恐竜のような顔を見上げ───吠えた。


『ゴオォオオオオオッ!!!!』


 その轟きは雨音さえも掻き消し、この砂浜と大海原に響き渡る。

 まるで自分の力を誇示するように。そして自らの存在を畏怖させるように。


『まだ火は灯ってるか?』

「あぁ」

『じゃああいつらにもう一度見せてやれよ』

「あぁ……」

 《白衣の男》は……目を閉じた。

大字おおあざ

 そして不意に大字おおあざの名を呼んだ。

『どうした?』

「死ぬなよ……俺もお前が死なないように、もう一度やってみる」

『あぁ、休みは終わりだ。!』


 大字おおあざの言葉に呼応するように……《白衣の男》はその身から

 それは紅蓮の炎。


 邪悪たる存在を消す為の、聖なる火。

 火は《白衣の男》に打ち付ける雨さえも蒸発させ、砂浜の地面を赤く焦がしていく。


 《白衣の男》の体を隠し、染め上げ、男の体は一瞬で黒く変色する。

 人間と同じ骨格ではあるが、異質に変化している部分もある。

 それは左の肩から左手にかけて大きく肥大し、剛腕になっているということ。

 右腕は太ももの中間ほどの位置まであるのに対し、強大な左腕は膝まで伸びているように感じる。

 全身を漆黒で染め上げた左右非対称の……戦士。


 そして炎は《白衣の男》を変身させると、そのまま胸部と顔面にそれぞれ収束していく。


 信じられないことだが、炎はそのまま結晶化し、透き通った緋色の装甲へと変化していく。


 胸部の装甲は……言うなれば渦巻く炎を具現化したような装甲。


 そして顔の仮面は……赤い髑髏のような仮面へと変わる。

 だが髑髏として形容していいものだろうか?

 確かに陥没した目部に見える二つの穴は髑髏の特徴と言えよう。

 しかし口元は赤錆で腐った鎖のような長い装飾物が生えている。

 それは……まるで深海で触手を蠢かせて獲物を食いちぎる蛸のようなもの……。


 そう、これが《白衣の男》が自らを人間ではなく、怪物と形容する最たる原因。


 変身を終え、《白衣の男》はマドカの隣で再び大雨に打たれ始めた。


 深海の怪物の如き姿……コードネーム《グレティネイト・ワン》。

 すなわち組織ウィアードテイルズ怪物グレティオルドを圧倒できる組織唯一の《グレティネイト・ワン》。


 怪物グレティオルドの血を持つ戦士は……その握りしめた左拳を遠くの《シャンタク》へと向けた。


『まずは一体───』


 《グレティネイト・ワン》は思考した。


 先制。


 その一手に相応しい武器を。


 そしてすぐに思考は完了する。


 思いのままに左拳から滲むように


 そのまま異質で巨大な左手で炎を握りしめた。


 炎は《グレティネイト・ワン》の想像に応えるようにして、ある武器を形成していく。


 長く細長い砲身。

 敵を補足する為に両先端を太くした光学照準器。

 パットプレートをつけるほどの大きな銃。

 

 すなわち狙撃銃。


 その剛腕の左手に合うように形成された狙撃銃の銃口を……直立する《シャンタク》へと向け……《グレティネイト・ワン》は照準器を覗くことなく引き金を引いた───。


 ドンッという鈍く、乾いた音。


 雨音にその銃声はかき消された。

 しかしその銃弾……やはり炎で形成された銃弾は1秒も満たず、眷属シャンタクの一体を仮面ごと撃ち抜いた。


『お見事』


 デュアルアイのモニターから《シャンタク》がそのままうつ伏せに倒れ込む姿を見つめ、大字おおあざは《グレティネイト・ワン》を称賛した。


 大字おおあざのヘルメットを通じて確認できる眷属シャンタクの姿は……残り4体。


 撃ち抜かれた《シャンタク》はそのままうつ伏せに倒れ込む。

 頭を撃ち抜かれたものは漏れなく絶命する、その法則が怪物にも通じるらしい。

 倒れた眷属シャンタクは、撃ち抜かれた場所を中心として徐々に炎が広がり、そして雨を蒸発させながら飲み込まれていく。

 ……倒れた場所は強化外骨格レプリオルターの死骸が仰向けに転がる場所。

 まるで……共に死のう……頭のない死骸がそう訴えかけているように大字おおあざには見えた。


 だからだろうか。

 《シャンタク》だった死骸は炎に焼かれながら、その身を変換させていく。

 それは……金色のように輝く光。

 泡のように無数の小さな粒子は空へと次々に向かっていく。

 空、というと行く先は天国になるのかもしれない。


 だが怪物の行く先は本当に地獄なのだろうか、と《グレティネイト・ワン》は感じる。


 その疑問とは裏腹に光の粒子は空へと上がっていき、《シャンタク》の死骸は強化外骨格レプリオルターの死骸の上から、消えていった。

 ……まるで悪い夢が消えていくように。


『ーーーーーーーー!!!』


 生きている《シャンタク》たちは雨音をかき消すほどの高い金切り声を上げた。

 そして同時に各々が地面を細身の脚で一蹴し、白き翼を広げた。

 《シャンタク》たちに芽生え、昂らせる本能。

 それは仲間の死を感じ、その仇を取る為であろうか?


 違う。

 《シャンタク》たちに仲間という感情はない。

 同族シャンタクが死んだ。目の前の敵を排除する。

 狙うは敵の命。

 命令でのみしか動けない、それが眷属シャンタク


 大字おおあざはしかし、その光景を見て、こう感じた。


 ライブを盛り上げる観客たちがその感情を昂らせ、立ち上がった姿のようだ、と。

 そしてこの黒い雲から降り注ぐ怒涛の雨を受けながら、アーティストの前に押し寄せようとする……まさにフェスのようだ、と。


『次はお前たちか』


 《グレティネイト・ワン》は聞こえないと分かりつつ、小さく声を発して、その左手で握りしめる狙撃銃を燃え盛る炎へと戻していく。


 再び、一瞬の思考。


 決定。


 狙撃銃だった炎は《グレティネイト・ワン》の身長ほどに細く長い柄を形成していく。

 そして《シャンタク》たちに向けられた先端には……半月のように刃が伸びていき、砂浜の地面にも突き刺さるように伸びていく。

 再び焼き焦がれる砂浜の地面。

 半月の下部に鋭利な刃を備え、結晶化されたは黒い雲に登るように掲げられた。


 それは……《グレティネイト・ワン》の身の丈以上に伸びた、大鎌デスサイズ


『ペイルライダー、か。アルマゲドンにはピッタリだな』

『……ヨハネの黙示録か。だが言い得て妙かもしれん』


 大字おおあざの冗談に納得しながらも、《グレティネイト・ワン》は駆け出した。

 その紅蓮に結晶化した大鎌の刃を横一閃に振り回し、そして地面で引き摺りながら。


 《グレティネイト・ワン》はその二本の脚を速めていく。


 《シャンタク》もその翼を戦闘機の可変翼のように小さくまとめ上げ、突撃していく。


 その数、4。


 ヨハネの黙示録で提示された騎士の数もまた、4。


 しかし大鎌を携えた戦士は、1人。


 4、忌みの数。しかし多勢に無勢。

 本来は。


 その距離は詰められていく。


 《グレティネイト・ワン》の目の前で勢いよく突出する《シャンタク》は2。


 それに付随する形で右斜、左斜からそれぞれ1体ずつ。


 まずは目の前の2体。


 《グレティネイト・ワン》はその脚を止めた。


 距離、おおよそ10mほど。


 突出した2体の眷属シャンタク遷座一隅せんざいちぐうの時を逃すまい、と変わらず雨に打たれようが速度を落とすことなく向かってくる。


 一瞬で距離は4mほどに近づいた。


 だが《グレティネイト・ワン》は獲物に食らいつく罠のように、待ち構えた。


 その引き摺る大鎌を、再び、大雨が降り注ぐ黒空へと掲げ。


 雨に濡れた大鎌の刃が確実に眷属シャンタクを捉えた。


 眷属シャンタクは飛びながら、その体を丸めながら一回転して見せると、翼を広げながら……その右脚部を突出させた。


 その細く鋭い脚部には蹄鉄……強化外骨格レプリオルターの頭部を刈り取った刃が備えられている。今度の獲物は……目の前の黒い戦士。


 左脚部を折り曲げ、飛び蹴りのような構えで2体は大雨に打たれながら距離を詰め───貫こうとした。


『………』


 距離1m。


 つまり、一瞬。


 それが勝負の瞬間。


 刹那。


 《グレティネイト・ワン》が振り上げたその大鎌を、右足で一歩踏み進めながら、意図も容易く───横一閃。


 ───眷属シャンタクの脚部が、裂かれた。


「ーーーーーーー」



 《グレティネイト・ワン》は避けることはしなかった。

 その2つの蹴撃しゅうげきが繰り出される刹那で薙ぎ払うように大鎌を右側から横に振り払ったのだ。

 刃と刃がぶつかり合えば、鍔迫り合いが起こるもの。

 だが雨をも蒸発させるような紅蓮の大鎌は、眷属シャンタクの脚部の刃をさも紙のように綺麗に切り裂き、そのまま眷属シャンタクの脚部を引き裂いた。


『ーーーーーーー』


 それでも悲鳴のような金切り声を上げながら眷属シャンタクの体は勢いづいて、《グレティネイト・ワン》の体へとぶつかっていく。

 しかしその蹴撃しゅうげきは本来の役目を果たすことはない。

 奇妙にも前と後ろに分けられるように切り裂かれた蹴りは、雨と眷属シャンタクの黒い血で溢れながら、ただ《グレティネイト・ワン》のそれぞれ右肩と左肩にぶつかるだけだった。


 ……一瞬の間。


 《グレティネイト・ワン》は砂浜を踏み躙り、留まる。

 この大雨に染まった砂浜を。

 血が流れた砂浜を。

 人間の血と怪物の血が流れた砂浜を。


 かなりの距離があり、その飛距離から壮大な負荷をかけられたはずなのに。


 最大の武器を斬り裂かれ、《シャンタク》は雨に流されるように砂浜へと墜落していった。

 怪物たちはなんとか立ちあがろうとするものの、各々がその右脚部を股関節に近い場所まで裂かれたものだから立ち上がることすらもままならなかった。


『………』


 《グレティネイト・ワン》は言葉を発することはない。

 人間であれば口上があるのかもしれない。

 しかし彼は人間ではない。


『……………』


 《グレティネイト・ワン》は大鎌を、火を鎮火するように、消した。

 人間にも見える右腕。

 怪物のようにも見える異様な左腕。


 その左腕で、一歩踏み出し、左側の《シャンタク》の頭部を───潰した。


 そこに断末魔の悲鳴は、ない。


「ーーーーーーーー!」


 隣から聞こえる《シャンタク》の悲鳴。


 その異様な左腕に擦り潰され、そして瞬時に溢れた《グレティネイト・ワン》の炎に焼かれながら、《シャンタク》の体は雨の滴りが蒸発する音と共に……その身を粒子状に変えていき、消えていく……。


 まるでその罪が何もなかったように……眷属シャンタクは消えていった。

 だがその罪が消えることはない。


 まだ、眷属シャンタクはいる。


 《グレティネイト・ワン》が立ち上がった刹那。


 ───2体の《シャンタク》の蹴撃しゅうげきが《グレティネイト・ワン》の体を貫いた。


 1体の蹴撃しゅうげきは《グレティネイト・ワン》の左肩を。


 1体の蹴撃しゅうげきは《グレティネイト・ワン》の胸をそれぞれ貫通した。


 そして《グレティネイト・ワン》は───。


『……やはり俺は人間ではないな』


 何事もなく立ち止まっていた。


 確かに怪物とも言えるような青い血を流している。

 しかしその衝撃から仰向けに倒れてもいいはずなのに、《グレティネイト・ワン》は立っていた。


『ーーーーーーー』


 眷属シャンタクでさえ、その状況に困惑し、金切り声を上げていた。


 確かにその脚部の刃は漆黒の戦士の体の肉を貫き、脚部を丸ごと飲み込むように突き刺さっているというのに。

 この傷の状況から、致命傷のはずなのに。


 しかし《グレティネイト・ワン》のが消えることはない。


『しかし理解した』


 《グレティネイト・ワン》の左腕に滲んでいた炎は、瞬く間に突き刺さる眷属シャンタクを飲み込んだ。


『これは怒りか』


 《白衣の男》から《グレティネイト・ワン》に変身した時に見せたほどの視界を覆い隠す紅蓮の炎。


 雨の水を音を出す間もなく蒸発させ、そして眷属シャンタクたちも考える間も与えないほどに、体を焼失させた。


 《シャンタク》が消える時に発生するほどの金色の粒子もまた炎に飲まれ、消えていく。


 今、この場にいるのは巨大な怒りの炎に飲まれる《グレティネイト・ワン》。


 そして1体だけ残った、脚部の裂かれた眷属シャンタク


 怪物は地面で蹲った翼を広げ逃げようとした。

 

 だが───頭部に鈍い痛みが走った。


『おいおい、アンコールがまだだぜ?』


 それは大字おおあざだった。


 装甲を装着した右足で《シャンタク》の胸部を強く踏み躙り、デザートイーグルに酷似した拳銃を構えていた。

 最も、その弾丸は撃ち放った後だったが。

 硝煙は雨に流され、すぐに消えた。


 その銃口はまだ蠢く《シャンタク》に向けられていた。


『お前ら用にこしらえた鉛玉だ。どうせ向こうのデカぶつには効かないだろうから特別にお前に撃ってやるよ』


 大字おおあざはそう言い、引き金を引いた。


 その銃声は雨音で覆い被さり、小さくて鈍く聞こえる。


 だがその声は間違いなく《シャンタク》には聞こえていたのかもしれない。


出光いでみつ。あいつはお調子ものだったが、いいやつだったよ』


 《シャンタク》は再び感じる。

 頭部の鈍い痛みを。


 その瞬間、は内側から焼かれるような痛みが全身に渡るのを感じた。


『藤崎。あんないい女もなかなかいなかったよ。口が汚いのは難点だったがね』


 再び、鈍い痛み。

 そして痛みは加速し、眷属シャンタクは踏み躙られながらも身を悶えさせる。


嵐山あらしやま。あいつは正直嫌いだった。だが一緒に戦うにはあれ以上気の合うやつはいない……もっと一緒に戦いたかったよ』


 大字おおあざは……《グレティネイト・ワン》の炎よりもさらに怒りを感じていた。


 しかしその声色からは感じさせることはない。


 死骸となった強化外骨格レプリオルターの隊員たちの名を読み上げながら、彼らの怒りを代行するように、銃弾を撃つ。


『速水』


 弾丸。


『松村部隊長』


 弾丸。


 だがその弾丸は……眷属シャンタクではなく、雨に濡れた砂浜に吸収されるように当たった。


 ……すでに眷属シャンタクの体は金色の粒子に還元されていた。


『……おいおい、なんだよ。まだお楽しみは───』

大字おおあざ


 大字おおあざが言い切る前に《グレティネイト・ワン》が彼の名を呼んだ。


 信じられないことだが……先ほど《シャンタク》の脚が貫通していたのにも関わらず、濃く青い血が雨と共に流れただけで、傷は元の黒い皮膚へと戻っていた。


 ……まさに《グレティネイト・ワン》は怪物……とでも言えばいいだろうか。


 しかし大字おおあざは一言多い友人に苛立つように『あー、はいはい』とため息混じりに返した。


『まだ戦いは残っている。あまり弾丸を使うな。常に想定しながら遂行していくことが戦闘の基礎だろう』


 大字おおあざの感情を汲み取らないような発言に多少苛つきはするが《グレティネイト・ワン》の言葉も最もだと、その拳銃を腰ベルトのホルスターに仕舞い込む。


『お前も怒りのなんたるかを理解したと思ったんだがね』

『貴重な弾丸を使うことが、か?』

『……悪かったよ、兄弟。まだまだお勉強が必要なのようだ』


 《グレティネイト・ワン》も決して悪気があって発言したわけではない。

 そう思うとつい大字おおあざは詫びを入れてしまう。


『……すまない』


 《グレティネイト・ワン》もまた大字おおあざに詫びを入れた時だった。


『………ゴォオォォォォォ!』


 雨音をも貫く《ゴジュラ・モラソム》の咆哮。


 二人はその怪物の姿を見やった。


 大雨に染まりながら、怪物はその腕をついに海面から浮上させた。


 その鋭利に尖り、獲物を引き裂かんとする爪を携えた五本の指を。


『やれやれ、そちらもアンコールと来たか。むしろあっちが本命だけどな』

『………』


 《グレティネイト・ワン》はその紅蓮で形成された髑髏のような面を《ゴジュラ・モラソム》へと向けた。


 大字おおあざもまたヘルメットのデュアルアイからその姿を見つめる。


 大字おおあざの視覚から自動的にデュアルアイの望遠レンズが調整され、《ゴジュラ・モラソム》の行動が映し出された。


 怪物は……全ての《シャンタク》を殺されてもなお、踏み出すことはしなかった。


 しかしその代わりに蠢いていたのは……胸部でひしめき合う骨の鎧。骨の節部分が互いに重なり合い、姿を形成しようとしていた。……最も元々の生物ではない。


 一言で形容するなら、キメラ。


 動物の頭蓋骨が、全く別の動物の胸骨に、かと思えば肋骨が大腿骨についてみたり、上腕骨が下腿骨についてみたり、と。常識では考えられない融合が始まっていた。


『散々と怪物グレティオルドを見てきたがありゃあ……俺たちを試すようなやり方は関心しねえな』

『……同感だ。俺たちはあいつの決闘相手じゃない』


 しかし二人の気持ちを逆撫でするようにキメラ状の髑髏の怪物……まさに形容し難き節足の怪物が一体、《ゴジュラ・モラソム》の胸部で産声を上げた。

 ……最も骸骨に口はあれど、音を鳴らす喉も調節する舌も存在はしないが。


 《ゴジュラ・モラソム》はおもむろに海から吊り上げた腕でその怪物を掴み───ライブ会場でペットボトルを投げるような冒涜の如く、砂浜へと投げつけた。


『兄弟。あのナイトミュージアムの恐竜骨格もどきを倒す策はあるか?』

『……ない』


 大字おおあざへの返答とは逆に、《グレティネイト・ワン》は一撃必殺の拳を打ち込む前のボクサーのように、構えた。


『ただ倒すだけだ』

『百人斬り……いや、骸骨だから人でもないな。百髑髏殴りか?いや、百骸骨撃ちかな?いや、待て、兄弟。百骨ひゃっこつなんてのは───』

『先にその口を百回殴ればいいか?』

『冗談』


 大字おおあざは鼻で笑いながら、後部に携えていた両腕で構える白銅色の大型ライフルを軽々と持ち上げ、銃口を向けた。


 砂が飛び散るほどの衝撃。

 近くに転がった強化外骨格プロトオルターの死骸を踏み躙り、その獅子のような頭部で咆哮の真似事をしてみせる骸骨の怪物へと。


『───!』


 先に動いたのは、《グレティネイト・ワン》だった。

 一瞬で砂浜を蹴り上げ──電光石火の如く、その左腕で骸骨の頭部を粉々に粉砕した。


 頭部だった骸骨は文字通りの白い塵を砂浜へと撒き散らし、また破壊しきれなかった破片は砂浜に流れる貝殻のようにばら撒かれていく。


 キメラの怪物は頭部を無くした瞬間───骨達ほねたちの繋がりが途切れ、《グレティネイト・ワン》の前で倒壊していく。


 ステージ上のバンドマンにダイブされ、潰されるように。


『ゴォオォッ!』


 《ゴジュラ・モラソム》は吠えた。

 さも、称賛するように。

 だが鎧のいたるところで骸骨の怪物が形成されていくと、再び《ゴジュラ・モラソム》は怪物を砂浜へと容易く投げつけた。


『たく、あんな糞な客見たこともねえよ。俺がアーティスト側だったらギター振り回して暴れるね!』


 文句の如く大字おおあざは言い放ちながら、投げつけれる骸骨へと銃弾を放つ。

 まさにギターソロの速弾きのように、引き金を引き続け、四角の銃口からは赤く、そして白混じりの直線的な粒子砲を放ち続ける。


 一発、二発、三発。


 空中で勢いよく放たれた怪物にはデュアルアイの補正により、的確に何発も当たり続けている。


 しかし粒子はこの大雨を一瞬だけ貫くように遮るだけで、骸骨の怪物には何も効いてはいなかった。

 傷もつかず、かといって粒子状に消えたりもせず、焦がれもせず。


 冒涜のペットボトルは再び、砂浜に捨てられた。


『あの骨、攻撃が通じねえのか!?糞ッ!』

大字おおあざ、お前はどこかに逃げていろ』

『冗談───』


 大字おおあざが反論しようとした時。

 今しがた落下した四足歩行を可能にした骸骨の化け物が、鮫のような口をカクカクと動かしながら、砂浜にその細い足跡を付け、向かってくる。

 ……「よくもやりやがったな」と言わんばかりに。


『任せていいか?』


 大字おおあざは声を凛々しくさせて言い放った。

 ……本心では「こりゃ無理だな」と、はっきり諦めていたが《グレティネイト・ワン》は気付く由はない。


『任せろ』


 大字おおあざの前に躍り出るように一歩、二歩、三歩と進み、反転。


 目の前には鮫顔の骸骨の怪物。


 再びその剛腕なる左腕を突き出し。


 骸骨の顔面を。

 

 脊椎を。


 鎖骨を。

 

 胸骨を。

 

 腰椎を。


 クソッタレのフェスのポスターを中央から破るように、一気に粉砕した。

 

 《ゴジュラ・モラソム》によって殺された動物たちの骨は、物理的な塵となり、また他に繋げられていた骨は力なく砂浜に落ちていく。


『……』


 《グレティネイト・ワン》は再び死を迎えた骨達ほねたちを見やり、そして……海の《ゴジュラ・モラソム》を睨んだ。


『ゴォオォッ!ゴォオォォッ!』


 その咆哮はさながらコロッセオの剣闘士グラディエーターの死に興奮する声か。

 あるいはを喝采する声か。


 だがそのどちらでも、《グレティネイト・ワン》には関係のないことに思えた。


 怪物グレディオルドなら。ただそれだけだ。


 だから自らの巨大な左腕を《ゴジュラ・モラソム》に向けた。


『試されるのはうんざりだ』


『ゴォッ!ゴオォッ!ゴオォオォォォォォッ!』


 《ゴジュラ・モラソム》は叫んだ。


 《グレティネイト・ワン》はその叫び声に勘付いた。


 こう言っているのだ。


『まだだ。まだ足りない。もっと戦え』と。


 そうして再び怪物は自らの鎧を握り───投げつけた。


 1体。

 2体。

 4体。

 6……それ以上に投げつけてくる。


『……人間がため息を吐きたくなる時が分かった。こう言うことか』


 ため息を吐かないまでも《オルティネイト・ワン》は勢いよく、何回も叩きつけ、そして雨音を長く遮る砂浜の音にうんざりとしてしまった。


 その感情を逆撫でするように、再びキメラのような骸骨の怪物がゾンビのように砂浜を掻きむしり、現れていく。


 ……いや、その数もまたゾンビのようだと言えよう。


 《ゴジュラ・モラソム》はその怪物達を増やし続けた。


 海の浅瀬。砂浜と海の境界線上から。砂浜へと。


 もはやそれは自然への冒涜とも呼べる行為。


 一度死んだもの達は骸骨となり、そして怪物となり、この地を汚している。


『厄介だな、数が多すぎる……』


 これが自身の炎で倒せないことは承知していた。

 なにせ一度戦った時に炎は効かなかった。

 大字おおあざの攻撃も効かない。


『……《ベムティ・ラーリア》、お前の力を貸せ』


 ……それは《オルティネイト・ワン》が自分に向けて言った言葉。


 正確には放った言葉。


『……すまないな』


 そう言うと自らの左腕を《ゴジュラ・モラソム》ではなく……目の前に広がる骸骨の怪物たちに向けた。


『骸骨は死者の証だ。そのまま眠っていろ』


 《オルティネイト・ワン》がそう告げた時。


 その突き出した巨大な左腕……それが


 その腕はまず……五本の指から紐解かれるように開いていく。

 指……手のひら……それがまるで獲物を待ち構える蛸の触手のように……。

 されとて蛸のように八本ではない。五本の触手。人間の片腕の指と同じ五本。

 《オルティネイト・ワン》の左腕を形成していた触手は、それらが蛸が口を見せるように展開されていく……。


 前腕部、肘、上腕部と紐解かれ……ついにその肩部に到達した時、そのが姿を見せた。


 暗黒の世界へと通じるかのように、炎と暗黒の細かな粒子を小さく溢れださせる扉が……。


『《ベムティ・ラーリア》』


 そして再び名を呼んだ。


 喰らった怪物グレティオルドの一体。

 青白色の光線を放つ、シイラのような魚頭を持ち、その口内を鏃のような牙で覆い尽くした、黒目の怪物グレティオルド


 そして雨に混じり、その垂涎を出し続ける醜い魚の顔は、禁忌の扉が開かれるようにして解放したくちから押し出された。


『撃て』


 そう合図した瞬間。


 左肩の口部から《ベムティ・ラーリア》は『ア゛ア゛』と激痛に苛まれる声を上げながら───その爛れた口を開いた。


 ───刹那。青と白が螺旋状に連なった光線が、目の前の光景に怪しい光で覆い隠した。



 その奇怪な光線が覆い隠したのは、光景だけではない。

 この大雨の中をダイブするバンドマンのように突き進み、一瞬で骸骨の怪物達を飲み込んでいく。


 それはまさに電光石火の出来事だった。


 骸骨の怪物達を構成する骨を成仏させるように消し去っていく。

 無論、そこには何も残らない。

 骨ごと生きた証を消し去ってしまうように……。

 直線的に伸びた光線は果てなく、骸骨の怪物を消し去っていく。


 その骸骨の表情は、《グレティネイト・ワン》には分からない。

 しかし肩のくちから抜け出すように現れた《ベムティ・ラーリア》は雨でぬめりながら、その光景を直視していく。


『ア゛ア゛ア゛……』


 再び、悲鳴。

 それは《ベムティ・ラーリア》が光線を吐きながら聞こえる自らの死を願う声。そして自らの罪を悔やむ声。


『……めろ』


 その声を聞いた時、《グレティネイト・ワン》に《ベムティ・ラーリア》の思考が頭の中に流れ、視界を遮る。


 ───その目に映るのは……《ベムティ・ラーリア》の罪。


 ───幼い黒髪で長髪の少女。

 ───顔に虚空の風穴をけた黒い怪物、素顔のないスフィンクス。

 ───《シャンタク》。

 ───黒い怪物に殺される一人の女性。

 ───ひとりの少女。

 ───《ベムティ・ラーリア》……彼が人間だった頃の息子。

 ───忘れる。

 ───少女。復讐。

 ───復讐

 ───復讐


 復讐。復讐。復讐。

 復讐。復讐。復讐。

 復讐。復讐。復讐。


めろ!』


 《グレティネイト・ワン》はその大雨の音をかき消すほどに大きな声で叫んだ。


 ……その瞬間、《グレティネイト・ワン》の視界は……大雨と《ゴジュラ・モラソム》の光景へと瞬時に切り替わった。


『今は……俺の中にいろ……』


 やがて光線はんだ。

 《グレティネイト・ワン》の一喝に気がついたのか、《ベムティ・ラーリア》の醜い怪物の顔は静かに肩のくちの中……深淵の闇の中……まるで筒の中に隠れるウツボのように戻っていく。


『………今はそれでいい』


 《オルティネイト・ワン》は自らに潜む《ベムティ・ラーリア》へたしなめるように言うと、その左肩の触手を伸ばしながら、《ゴジュラ・モラソム》を見やる。


 骸骨の怪物たちは……一気に姿を消した。

 そして再び《ゴジュラ・モラソム》は一人、佇む。


『試練はもう終わったか?』


 《グレティネイト・ワン》は遠くの《ゴジュラ・モラソム》へと呆れた声になって言いながら、その左肩を向けた。


 五本の触手もまた《ゴジュラ・モラソム》を指差すように、ピンと伸びていく。


『それともまだ試練とやらはあるのか?』


『ゴォッ、ゴオォッ、ゴオッ……!』


 《ゴジュラ・モラソム》は……笑っているようであった。


『ゴオォォォ……ゴオォオオオオオンッ!』


 そして腹を抱えて爆笑するように、咆哮した。


『………』


 ……まだ何かあるのか?


 疑問を感じながら《グレティネイト・ワン》が怪しむ素振りを見せた時。


 《ゴジュラ・モラソム》の半月のような角に一閃の光、そして心の底から震え上がらせるほどの轟音が鳴り響く。


 それは雷。


 さもバンドマンの曲に震え上がる観客のようだが、今の《ゴジュラ・モラソム》にはその通りだと言えよう。


 そのバンドマンとは……《グレティネイト・ワン》。

 観客は……《ゴジュラ・モラソム》。


 そして観客が震え上がる曲は……《オルティネイト・ワン》が奏でさせられる。


 雷がその半月に落ちた時。

 黒い雲はさらに濃く、漆黒となり。

 大雨はいよいよ互いが互いの姿を隠すほどの雨量となり。

 《グレティネイト・ワン》の視界は遮られ、


 暗転した黒い光景……それは闇と言っても過言ではない空間。


 《グレティネイト・ワン》はまるでスライドショーを見るかの如く、その光景を直視した。


 ───白衣の男。


 無論、《グレティネイト・ワン》ではない。


 ───森の中、そこにひっそりと建てられた施設。


 ………《グレティネイト・ワン》はその施設に見覚えがある。

 自身に深く関わりのある場所。


 ───微笑む白衣の男。


 ………今にも倒れそうなほど、痩せこけた体。手入れも無く、長くボサついた髪に伸びた無精髭。

 四角の縁のついた眼鏡をつけた男は間違いなく《グレティネイト・ワン》に微笑む。 


 ───施設の中で実験の道具にされる異様な左肩をした怪物。


 それは


 ───微笑む白衣の男。


 再び、痩せこけた男の笑みが《グレティネイト・ワン》に向けられる。

 しかし漆黒の戦士はその異質な左手と漆黒の右手でその顔を覆い隠した。

 やめてくれ。《グレティネイト・ワン》はそう懇願するように。


 ───燃える施設。次々と脱走する怪物たち。そして異様な左肩をした怪物。


 自らの犯した大罪。その具現化した光景が《グレティネイト・ワン》の視界を覆い尽くした時だった。


『やめないよ』


 その光景に覆い被さるようにして、《グレティオルド》は現れた。


 それは幻影であって幻影ではない。

 

 

 ケーブルがひしめきあって、それが筋肉を形作ったような姿。

 右目に当たる部分にはガラスのように透明で、そこから人間の目が覗き込む。

 人間と同じ骨格をした怪物、《アゲルグレ》。


『この時を待っていたよ』


 《アゲルグレ》は少年のように聞こえる穏やかな声で言いながらも、《グレティネイト・ワン》へ悪魔のように囁く。


 ───血塗られた白衣。倒れる白衣の男。


 まるでプロジェクターから見える映像のように《グレティネイト・ワン》の視界に映り込む過去の惨劇。


 その光景に合成写真のように映り込む《グレティネイト・ワン》の内側に潜む《アゲルグレ》。


『あの恐竜もどき、まさかこんな能力まで隠していたなんて。ま、おかげで僕の目的が果たせるけどね』


 《アゲルグレ》は嘲笑し、《グレティネイト・ワン》を見つめる。

 その心は……支配されていた。

 過去の惨劇、大罪。そして今なお続ける贖罪。


 ───白衣の男を手にかけた剛腕なる左腕。その腕はだらだらと赤い血が流れていた。


 見たくない。


 《グレティネイト・ワン》は心からそう願った。

 しかしそれは目を閉じても見えるもの。

 脳内から流れる過去の記憶に、誰も彼も目を背けることはできない。


『弱い怪物グレティオルドだよ、キミは。……いやキミを。人間になろうとして、人間に味方しているキミのことを』


 《グレティネイト・ワン》をも嘲笑し、《アゲルグレ》はそのケーブルまみれの手を伸ばした。


『さぁ、キミの体もらうよ』


 しかし。


 ───女性が《グレティネイト・ワン》の視界に映り込んだ。


 やはり《アゲルグレ》に重なるように現れた、その女性は……髪をくるりと巻き上げ短い髪を携えた女性。

 メガネの奥の瞳からは《グレティネイト・ワン》に対する慈しみの視線に溢れていた。

 女性は……《グレティネイト・ワン》……否、《白衣の男》に向かって手を伸ばし、彼もまたその手を伸ばした。


 《グレティネイト・ワン》のその左手を。


『やっと体を渡してくれる気になったか』


 《アゲルグレ》がその行為に理解せずその手を伸ばしかけた時、《オルティネイト・ワン》は言い放った。


『……炎の試練だ、火を点けろ』


 《グレティネイト・ワン》が、そう呟いたのだ。


 グリーンデイのホリデイ。その一説を。


『…………どういう───』

『俺の休みは、もう終わりだ』


 ───銃声。その火を灯すように、暗闇は一気に燃え盛る炎へと転換した。



『───ろ』


 炎の中、声が聞こえる。

 男の声。聞き覚えのある声だった。


『まぁ、いいさ。いつでも僕はキミの体を狙っている。忘れないようにね』

『……忘れるわけがない』


 炎の中で《アゲルグレ》の笑い声が聞こえる。

 しかし姿は炎に包まれて、見えなくなっていた。

 同時に感じる。


 ……まだ自分の中で《アゲルグレ》が、自分の順番を待つように狙っていることを。


『起きろ、兄弟』


 まるで指を鳴らし、全てが終わるように。

 その声と共に炎の景色は姿を消した。


 次の光景は……再び、大雨の中。


 そして目の前には自分に拳銃の銃口を向けた大字おおあざの姿だった。


『火は点いたかい?兄弟』

『あぁ、俺の虚しい休日は終わったようだ』


 《グレティネイト・ワン》の額からは……青い血が流れ、そこには風穴のような小さな丸い傷がついていた。

 しかしその傷も一瞬で元の綺麗な皮膚へと再生し、青い血は乾くことなく雨に流され、砂浜を汚していく。


『確かに銃弾は大事だったな。《シャンタク》なんかに撃ちまくらないで正解だったぜ』

『あぁ、そのようだ。すまない』

『気にすんなよ』

 

 大字おおあざは励ますように《グレティネイト・ワン》へ言うと、拳銃を納め、海を見やる。


 多大な雨によって海の波は荒れてうねり出す。

 黒い空はより濃くさせ、轟音と共に稲妻の光を見せつける。

 そして《ゴジュラ・モラソム》は……動き出した。


『ゴォオオオオオオオオオッ!ゴォオオオオッ!ゴオォッ!』


 激しい咆哮。


 それは試練が終わった証。

 そして最後の試練の始まりを告げるドラムロール。


 その荒波の抵抗を物ともせずに《ゴジュラ・モラソム》はゆっくりと砂浜へと移動していく。


の参戦って感じだな、こりゃ。相手が怪物じゃなければ盛り上がるんだろうが』

『……関係ない』


 そう静かに……は呟いた。

 自分の怒りを吐露するように。


『いい加減、うんざりだ』

『あぁ、俺も同意見だ、兄弟。こんな観客中心のクソッタレのライブを終わらせようぜ』


 だが観客がその手に握るのは冒涜のペットボトルではない。


 《ゴジュラ・モラソム》が海から這い上がりながら、その全身を見せる。

 その姿は……恐竜の素肌を持つ直立した怪物。


 骨で纏った上半身の鎧。

 体毛のようにおびただしい小さな棘が胸部から腹部にかけて、敷き詰められ。

 その脚のつま先もまた相手の体を深く刺しこまんとするほどの鋭利な五本爪が並ぶ。

 そして自身の身長よりも大きいのではないかと思えるほどの巨大な尻尾。


 《ゴジュラ・モラソム》はついに上陸を果たし、この世に全てを曝け出した。


『50mはあるんじゃねえか……?チッ、《ビートル》があれば、あんなやつとも互角に戦えるのにな』

『《ビートル》でもあいつには勝てない。《ベムティ・ラーリア》の時だって───』

『それを言うなよ、兄弟。気持ちの問題さ』


 軽口を叩きながら、大字おおあざはデュアルアイから《ゴジュラ・モラソム》の顔を見つめる。

 モニターの液晶を輝かせるほどの警告レッドアラート

 《ゴジュラ・モラソム》の口に溢れる黒い粒子。

 その反応はメガトン級のミサイルと同程度の反応。

 つまり、絶体絶命の危機。


『やば───』


 大字おおあざが危険を察知し、口にする直前。


 《グレティネイト・ワン》は自らの左腕を再び解放し、五本の触手を開いてみせ、その触手の合間に大きな膜を広げてみせた。


『大人しくしておけ』


 大蛸が自身の体を裏返して触手で包み込むように、《オルティネイト・ワン》が自らと大字おおあざを包み込んだと同時だった。。


 ───《ゴジュラ・モラソム》から黒く染め上がった破壊の衝撃が《オルティネイト・ワン》を包み込んだ。


 そして、その黒い粒子が集中した荷電粒子砲は《オルティネイト・ワン》に直撃した瞬間。


 大雨の音と稲妻の音と噛み合わさるほどに絶大で狂暴な三重奏トリオを響かせた。


 

 その威力はまさにライブ会場を中止に追い込むほどの台風と形容すべきだろうか。


 《オルティネイト・ワン》を中心とした場所は砂浜にクレーターを引き起こす。

 その地層さえも見えてしまうのではないかと思わせるほどの空洞。

 砂は雨と混じり、爆弾のように防波堤へとぶつかっていき、カラフルで楽しげな落書きを全てきたならしい黒色へと染め上げる。


 そして……爆発音ばくおん


 その中心地からは物理的な紅蓮の炎が上がり、まるで下手くそなバンドマンを吊し上げるように燃え盛る。


 その炎が雨で消えることはない。


 むしろその雨を伝って、雷は炎へと混じりあい、さらに爆音を加速させる。


 その雨と雷は《ゴジュラ・モラソム》のステージ《もの》であり、そして爆発も、怪物のものである。


 突如やってきたバンドマンが、メインのバンドマンステージの全てを掻っ攫うほどの演奏を見せるほどの舞台。


 そこはもはや《ゴジュラ・モラソム》の独壇場。


 雨は止むことはない。

 雷が止まることもない。

 そして荷電粒子砲を吐き終えたといえ、その爆発が止むことはない。


『ゴオォオオオオオオッ!』


 《ゴジュラ・モラソム》はそのデスメタルバンドのステージのような光景に勝利の雄叫びを上げた。


 そしてその内心で……怪物は……彼はふと思った。


 ……やはり俺こそがこの地球上で最強の生物だ、と。


 彼は奢り、昂っていた。


 いくら試練を乗り越えたものでも、誰も自分に勝てるものなどいない。

 ここまで巨大で、この地球にいるどの生命体よりも遥かに強大な自分に勝てるものは決していない。

 それがこの胸で形成された、骸骨の鎧。

 これは今まで《ゴジュラ・モラソム》が試練と称して殺してきた生物の残骸。


 そしてこうも思った。


 自分と直接戦ったものの骨を……消し去ってしまった、と。

 それを勲章にすることはできないのだ、と。


 《ゴジュラ・モラソム》はそう思っていたのだ。


 雨が……クレーターの中心地に吸い込まれるように降り注ぎ。

 雷が……その雷鳴を響かせながら、クレーターの中心地に文字通りの衝撃を走らせ。

 爆発の炎が……クレーターの中心地に吸い込まれていることに気付くまでは。


『ゴオォッ!?』


 《ゴジュラ・モラソム》は、その巨大な目をさらに見開いた。


 ありえないことが起きていた。

 突然やってきたバンドマンをものともせず、自らの演奏を奏で、観客たちが見守るかのように。

 

 《ゴジュラ・モラソム》もまたその光景を見つめた。


 視界が見えなくなるほどの雨は吸い込まれ、輝くほど走っていた雷もそこに吸い込まれ、爆発の炎さえも鎮火するように吸い込まれていく。


 ……全て《グレティネイト・ワン》のくちの中に。


 その口はとどのつまり集音器、だった。


 あらゆるものを全てかき集め、自分の中に入れていく。

 《オルティネイト・ワン》の左肩に存在するも同様だった。


 《ゴジュラ・モラソム》が発生させた事象を全てかき集め、吸収していく。


『……驚いたな、兄弟。まさかそんなこともできたのか。一家に一台、あんたが欲しくなるよ』

『……掃除機か?』

『正解』


 言わせたかった一言を《グレティネイト・ワン》が言った為か、大字はそのの中、そして自らが装着するヘルメットの中でほくそ笑む。

 一方の《グレティネイト・ワン》はそれどころではなかった。


『やってみたはいいが、俺の中にいる奴らが悲鳴を上げている。どうしたものか』

『兄弟、掃除機の原理は知ってるか?』

『……なるほどな』


 掃除機。そして集音器。

 やり方は違えど、共通するものはある。


 掃除機はゴミを吐き出す。

 集音器はケーブルを通し、吐き出す。


 つまり。


『吐き出せばいいのか』


 《グレティネイト・ワン》が思考した瞬間。


 かき集められた雨の水、雷、爆発の炎は渦を巻きながら混合ミックスされ、解き放たれた。


 刹那。


 ───凄まじいほどの水と稲妻の激流、そして炎が《ゴジュラ・モラソム》の顔面にぶちまけられた。


 今までの鬱憤を晴らすようにギターをかき鳴らすバンドマンのように。



 そのギターの爆音…… もとい解き放たれた攻撃によって、《ゴジュラ・モラソム》の顔は悲惨なものへと変貌した。


 激流のような竜巻はその顔を痛めつけ、そして抉り、その黒い雨雲に風穴を空ける勢いで突き進む。


 そして……物理的な爆音。


 ギターのかき鳴らす音にライブ会場の仕掛けが反応するようにして、その爆発は断続的に、轟音をかき鳴らす。


 そこに悲鳴は聞こえない。


 なぜなら悲鳴を上げるべき顔がないのだから。


 《グレティネイト・ワン》の肩のくちに対して、その混合された激流はその身以上に広がっており、その攻撃範囲の広さがいかに《ゴジュラ・モラソム》が発生させた攻撃が壮大だったかを物語る。


 ……最も《ゴジュラ・モラソム》は後悔しているかもしれない。

 自らのしたことを。


 それが自分に跳ね返ってくるとは、とても思わなかっただろうから……。


『………………』


 ドォンッという音色が響く中で《ゴジュラ・モラソム》は立ち尽くしていた。


 バンドマンの凄まじい演奏に心振るわせ、静かに聞く観客のように。


 無論、《ゴジュラ・モラソム》は観客ではない。

 その影響は如実に引き起こされる。


 瞬間……雨は、突然止んだ。

 一瞬で稲光いなびかりみ、雨雲も一瞬で姿を消す。

 空を彩られるのは、青い空、まばらに点在する白い雲、そして《ゴジュラ・モラソム》を焦がすように現れる太陽。

 《ゴジュラ・モラソム》の半月のつのが無くなったことにより、無くなった影響。


 地上には……強化外骨格レプリオルターの死骸と赤く残った血液。

 いつの間にか攻撃をめ、《ゴジュラ・モラソム》を睨みつける《オルティネイト・ワン》と大字おおあざ……。

 雨がもうと、消えない影響。


『とっととこれを片付けようぜ、兄弟。こいつら、死骸から復活しちまうんだから』

『……』


 大字おおあざは、この《グレティネイト・ワン》がとっくに死んだと思っていた。

 なにせデュアルアイから見える液晶からは怪物グレティオルドの反応は消えていたし、《ゴジュラ・モラソム》は動かなくなっていた。

 それに頭部……つまり脳に当たる部分を貫いていたのだ。

 真っ当な生物であれば、死ぬだろう。

 


 大字おおあざが大型ライフルを構えたと同時、


『あぁッ!?まだやるっていうのかよ、ッたく!死んだと思ってたのによ!反応もなくなってんだぞ!?』

『勘違いした大字おおあざが悪い』

『……もしかしてまだ死んでないって知ってたのか?』

『俺にも《グレティオルド》の血は流れている』

『……オーケー、兄弟。今度からはあのクソッタレ共が死んだ時は親指を立てててくれ、じゃないとあんたのケツに火を点けたくなるからな』

『善処する』


 大字おおあざが苛立つ中、《ゴジュラ・モラソム》は一歩踏み込み、前屈みになり……右腕を引いた。《オルティネイト・ワン》に向けて。


『………』


 刹那。


 《グレティネイト・ワン》は左腕を解放して触手を解き放ち、その触手で大字大字


 ……まるでサッカーボールのように。


『おッ!?おい兄弟ッ!?』


 大字おおあざが放り出された時。


 ライブに乱入し、バンドマンを押し倒すクソ客のように《ゴジュラ・モラソム》はその拳を───《オルティネイト・ワン》に振り下ろした。


『兄弟!!』


 大字おおあざが叫んだ時。


 《グレティネイト・ワン》は動じることはなかった。

 やる事は変わらないのだから。


『これはアンコールのコールと捉えればいいのか?』


 漆黒の戦士は大字おおあざの例えを真似てみると、左腕を《ゴジュラ・モラソム》へと向けた。


『俺は全くロックは知らない。だからこれで終わろう』


 目と鼻の先。

 《ゴジュラ・モラソム》の拳はわずか1秒で《オルティネイト・ワン》を潰そうとしていた。


『グリーン・デイだったか』


 だが、その拳は何も潰される事はない。

 拳は掴まれた。クソな客の拳を、怒りから掴みかかるバンドマンのように。

 それを掴んだ《オルティネイト・ワン》の五本の触手。

 剛腕な腕は、か細い触手によってめられた。


『ホリデイ……』


 触手は勢いよく引っ張り込んだ。

 体長の差は歴然だった。虫と小鳥。小鳥と人間。人間と恐竜。そう比較するほど。

 だが触手には関係のない事だった。

 まるでのように引きずりこんでいく。

 その先は……《グレティネイト・ワン》の左肩の

 前述したように体長の差は歴然。

 そしてその口は小さい。


 だがくちは、喰らった。


 その拳は《オルティネイト・ワン》の体長ほどあるにも関わらず、闇へと通ずるそのは、獲物を噛み砕くように腕を小さくさせながら飲み込んでいく。


 《ゴジュラ・モラソム》の拳……前腕部……肘……上腕部……そして顔のない胸部。


 顔は……さすが《グレティオルド》だと言うべきか、徐々に組織細胞が連なるように回復しようとしている。

 最も……もう無駄だが。


『お前は虚しい虚実でも見ていろ』


 しかし《グレティネイト・ワン》は聞こえるはずもない声を静かに告げた。


 《ゴジュラ・モラソム》がその言葉を聞けたのはわからない。

 だが一気に……退のように胸部から脚部にかけて全てを───


『休日でも過ごしていろ。俺が良しとするまでな』


 触手を戻して左腕を戻し、そしてその姿を───人間の姿に戻した。


 《白衣の男》。青い血が白シャツに染み込むその姿に。


 最も人間の姿になろうとも、《ゴジュラ・モラソム》の声は聞こえる。


 ───ゴォオ……。


 《白衣の男》の脳内に響くように、その低い唸り声は聞こえた。


 最もそれは《アゲルグレ》のように自身を付け狙うという宣言ではない。


 ───……ゴォ……ゴ。ゴオォオ……。ゴォオオオォォォォォォ……。


「……そうか」


 何を言っていたのか。

 《白衣の男》はなんとなくだが、分かっていた。


 俺の負けだ。お前の勝ちだ。試練を突破せし勝者よ。


 その意味にうんざりしながらも……おもむろに《白衣の男》は、背後に向かって親指を立てた。


「んなことは分かってんだよ!!ちったぁ学習しやがれ!!俺がこのポンコツスーツ来てなかったら今頃、永遠に休日を過ごすところだったぞ!?」


 ……ヘルメットを怒り任せで砂浜に投げつけた大字おおあざの姿があった。

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