浮いた言葉

山野 樹

第1話 僕から君へ

僕の言葉が宙に浮いているとき、だいたい僕は思っていることと違ったことを話している。川面を揺らした風が、彼女の髪もなびかせた。


宙に浮いた言葉の根っこは僕の中にはない。時に彼女の中にあり、時に世間という実態のない空気の中にある。いや、正確には「僕の妄想の彼女」、「僕の妄想の世間」の中に。妄想の彼女や世間はいつも、コントラストが強く、目に痛かった。


僕を表さない言葉と、現実の彼女が欲しいわけでもない言葉。あたりに充満した根なし言葉は、ふわふわといつまでも漂い続け、誰の元にも届かない。発した僕にも、受け取る彼女にも。空っぽの風船が、空虚な波を重だるく引き寄せ続ける。


「好きだよ」


思ってもいない言葉を、別な目的のために使う。その言葉は、意味と形が分離して、灰になって粉々に崩壊していくのだ。そうしてもう、自分が誰だかわからないほどに、何層にも灰は降り積もっていく。


彼女がふわっと振り向いた。光の中にいて、表情が見えない。結局、彼女がとらえるのは、ぼんやりした空虚な波だけ。投げかけた言葉の意味も形も伝わらない。灰に埋もれた僕のことには気づかない。


まぶしさに彼女をまっすぐ見ることができずに、目を閉じた。だから、また。きっと彼女も離れていく。こんなにつながりを求めている僕に背を向けて。


細胞が語る言葉を紡ぐ日は、まだ来ない。僕の中に流れる血の色を見ないままで、きっと、空の色は語れない。

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