第8話 幻想の水黄緑の君

「いったぁ、もう~、ほたるちゃん怪力ぃ~」


「あ、碧ちゃん!? あれ?」

 幻想的な景色が一気に吹き飛んで、そこは見慣れた神明大学の校舎の中。しりもちをついていたのは……碧ちゃん?


「ごめんね。大丈夫?? あたし、なんか急にぼおっとして、変なモノが見えたって言うか」

「変なモノってぇ?」

 興味津々に聞き返されて、顔がぼっと熱くなる。

 

(絶対、言えない)

 篤に対する初恋に、ようやくピリオドを打った途端、こんないかがわしい幻想を見るとは。しかも、大学の校舎の真っ只中で。


 確かに、脱初恋のために、ずっとつけていたフローライトのネックレスを思い切って外したけれど、まさか、こんな白昼夢を見るとは思わなかった。

 自分が考えている以上に、あたしは欲求不満なんだろうか?


「い、いやぁ、なんかトムソーヤに追いかけられた夢、みたいな。実践英語がつまんなすぎて、脳が溶けちゃったかも。あは、あはは、ハハハ」

 あたふた言い訳するほたる。

 その顔をじぃっと覗き込んで「そう簡単には落ちないか」と、碧ちゃんが肩をすくめた。


「え?」

「なんでもなーい。大丈夫、僕は気が長いからねー」

「?」


 と、ともかく変な妄想がバレずに良かったと、ほっとしながら、ほたるはさっきのとろけるようなハニー顔イケメンを思い出して、こっそり赤くなる。


(それにしてもかっこよかったなー。高貴な感じで、源氏の君みたいで。水黄緑色の着物だから……水黄緑の君?)


 妄想イケメンに名前をつけた自分に恥ずかしくなって、こほんっと咳払い。

(冷静に。冷静に)


 キャンパスの中庭に出ると、これまた暇そうな男子学生たちがほたるたち、いや碧ちゃんの姿に次々ロックオンされていく。

 こんなに可愛かったら、世界が違って見えるんだろうな。

 まさしく、バラ色の人生を歩めることだろう。

 なんて、羨ましい。

 男子学生じゃないけど、確かに、碧ちゃんとあたしは不釣り合いだ。

 朱に交われば赤くなるで、碧ちゃんに便乗してあたしも可愛くなれないかなぁ。


(そういえば、なんであたし、碧ちゃんと仲良くなったんだっけ?)


 むむぅ、と考えたけれど思い出せなくて、まっ、いっか。とほたるは考えるのをやめた。

 代わりに、さっきの妄想イケメンをもう一度思い浮かべようとしたけれど、さすがは幻想。

 もう、曖昧になっている。

 ちょうど、目覚めた直後ははっきり覚えていた鮮明な夢が、数分後には、ものの見事に忘れてしまっているような感じ。

 ちょっと残念。と、ほたるは小さくため息を吐いたのだった。

 

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