誕生日が近づく頃に

紫陽花の花びら

紫陽花

 誕生日が近づく頃、紫陽花が咲く。

 その日は、誕生日の前日だった。地面を激しく打ちつける豪雨が、東京の街に降り注いでいた。水たまりがあちこちにあり、歩くと、ぴちゃぴちゃと音が鳴った。水たまりに、大きな雨粒が真っ直ぐに降り、小さな水柱が、ぽつぽつと、いくつも立ち上っていた。靴に水が染み込み、靴下はびしょびしょに濡れていた。周りに立ち並ぶビル群と、重々しく低く垂れさがる灰色の空が、私を閉じ込めていた。ビルは霞み、輪郭がぼやけていた。私は、水槽の中に閉じ込められているように感じた。苦しかった。私の肺をぐっと押さえつけるような、苦しみだった。湿ったアスファルトの匂いが、より私を苦しくさせた。私は人混みを避けるように、大通りから左に逸れ、細い道を進んでいった。

 人の少ない道に出て、少し気が楽になった。少し進んだところで、私は思わず足を止めた。所々灰色のペンキの塗装がはがれた、年季の入った小さなビルの入り口のわきに、紫陽花が咲いていた。淡い青色、赤紫、若紫の紫陽花が、灰色の街の中で、可憐に、優雅に、咲き誇っていた。紫陽花の色は、美しい。紫陽花の色は、梅雨の色。紫陽花は、冷えた炎。私は、そう感じる。紫陽花は、梅雨の物憂さを内に秘めながら、美しく咲き誇っている。小さなビルの、ガラス張りのドアには、紫陽花と私の姿が映っていた。紫陽花がそっと、私に寄り添っているかのようだった。

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誕生日が近づく頃に 紫陽花の花びら @ajisainohanabira

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