第2章 後悔の先にあるもの

第12話 御使い


「リリアン様」


 リリアンが教会に来ると、メアリーに声をかけられた。後ろには見たことのない御使いが控えている。

 深い緑色の髪を持つ背の高い少年だ。耳にピアスを着けていることから、貴族であることがわかる。御使いをわざわざ紹介されるのは初めてだった。彼の表情に笑みはなく、瞳には少し警戒の色が見える。


 メアリーは彼を手で示すと紹介をしてくれた。


「本日より教会に入ることになった新しい御使いです。しばらくは私について一緒に行動する予定となっております」

「はじめまして……テオと呼んでください」


 その御使いはそれだけ言うと、後ろに下がった。メアリーはその様子を見てニコリと微笑む。彼はそれ以上話さないつもりのようだ。リリアンはふと気になったことを口にする。


「そういえば、御使いはどのようにしてわかるものなのでしょうか? 突然、自覚するものなのですか?」


 彼は自分と歳が近そうに見える。それなのに、なぜ今まで教会にいなかったのだろうか。


「そうですね……。生まれながらにしてわかっている者もいれば、ある日、突然自覚する者もいます」


 メアリーは教会にいる御使いたちを見渡す。彼らの年齢や性別は様々だ。彼女ほど幼い子はあまりいないが、リリアンと同世代の人は少なくない。


「私たち御使いは神に会ったことがあります。そのときの記憶が蘇るのです」


 その言葉にリリアンは目を瞬かせる。


「メアリー様は象徴なのでしょう?」

「私は象徴であり、御使いでもあるのです。本来は象徴と御使いを兼ねることはありません。ですが、今回は特別に神が御使いの役割も私に与えました」

「それはまた……どうしてでしょう」


 メアリーは目を伏せて首を横に振る。


「わかりません。ですが、神にお考えがあるのでしょう。私もまだ、それをお聞きしていません。いつか、教えてくださるのを待っているのです」


 そう言ってステンドグラスに目を向けた。藍色の瞳が揺れている。ステンドグラスの光から、彼女は何を知ろうとしているのだろうか。


「メアリー様は生まれながらに自分が御使いだと知っていたのか、それとも途中で自覚したのか、どちらだったのですか?」

「四歳の頃、突然に自覚しました」


 御使いは神の使者だ。神に役割を与えられ、現世に生まれてくる。人の子として生まれてくるため、御使いかどうかは他者が判別するのは難しいという。だが、御使いは神に会ったという記憶を持っている。それを思い出し、能力を得ることで判別するという。


「私も神に会ったときの記憶を思い出し、自身のやるべきことを自覚しました」

「自分が象徴になりうる立場だと気づいたのも同じときですか?」

「いえ、それはもう少しあとになりますかね」


 メアリーは十歳という幼い体にも関わらず、多くの者を背負っている。そんな彼女はどうやって自分が神に愛されているのだと気づいたのだろう。


「御使いには特別な能力がいくつかあります。リリアン様もご存じのものがあるでしょう?」

「はい。ステンドグラスの光から神の言葉を聞き、象徴に伝えること……それと、亡くなった方の魂を天へ運ぶのも御使いの仕事なのでしょう?」


 リリアンの答えにメアリーはうなずく。


「そうです。それに付随して、様々な能力を持っています。助けを求める人の声を聴く能力、そのような人のもとへすぐに行ける能力、苦しみを和らげる能力……限られたものですが、人生を精一杯生きた人たちを弔うことができるとても誇らしい能力です」


 そう話していると、メアリーのもとへ一人の老婦人が現れた。


「メアリー様」


 彼女は背中を丸くかがめ、礼を取るようにメアリーと向き合う。


「今までありがとうございました。あなたのおかげで私は悔いなく生きられました」


 メアリーは微笑むと、両手を組んだ。そして、彼女の前に膝をつく。


「あなたの魂が健やかであらんことを」


 老婦人は嬉しそうに目を細めた。頭を下げると、教会から出て行った。


「あの方は……」

「もうすぐ亡くなるのです」


 リリアンは驚いて老婦人の背中を目で追った。


「彼女は御使いでした。……御使いは人の死期を知ることができます。彼女は自分の死期を悟ったのです」

「御使いは自分の死期がわかるのですか?」

「ごくたまに。基本的には他者のことしかわかりません。ですが、長い間他者の死に触れていると、わかってしまうようです」


 御使いは未来を知ることができる。死期を知るのもその力のひとつなのだろうか。


「……死ぬときは、悔いがないようにしたいものですね」


 メアリーは羨ましそうに老婦人の背中を眺めていた。





「リリアン、おはよう」


 教室に着くとウィリアムが声をかけてくれた。


 彼が戻ってきてから、度々話すようになった。けれど、彼にも友達がいるため、あまり多くはなく、すぐに友達のもとへ行ってしまう。友達の方へ歩いていく背中を、リリアンは少し寂しい気持ちで見ていた。


 学園にいた司書の悪魔がいなくなってから、人がいなくなることもなくなり、穏やかな日々が続いている。リリアンは一人で席に座り、本を読もうと鞄を漁っていると彼らの話し声が聞こえてきた。


「前話していた転入生、今日来るらしいぞ」

「そうなのか?」

「ああ。俺、職員室で見たんだ。とても綺麗な女の子だったよ」


 この学園に転入生が来るのは珍しい。


 ここは神が用意した貴族の学び舎であり、この国の貴族の子はみんな通うことになる。そんな中で、転入生が現れるのは、他国からの留学生か、もしくは平民の特待生くらいだ。

 だが、どちらとも難易度が高く、簡単に合格することは難しい。


 他国とは交流が深いが、文化が違う。信じる神も違うため、唯一神であるサフィルアが用意した学び舎に簡単に入れるわけにもいかない。平民は同じ神を信仰していても、神に選ばれた者ではない。

 平民が貴族になるには、それなりの功績を残す必要がある。神に選ばれるのは簡単ではないからだ。

 その理由から、転入生という枠組は体面上枠を設けられているに等しかった。そんな状況で転入生が来るというのは、騒がれても仕方がないだろう。


 リリアンはそれを聞きながら、本を開く。そんな彼女の前に誰かが立った。


「……久しぶり。リリー」


 親しい呼び名にリリアンは顔を上げる。


 暗い紺色の髪をした少女だった。少しつりあがった大きな瞳は嬉しそうに細められ、白い綺麗な頬は赤く染まっている。

 美しい、というのは彼女にふさわしい言葉だろう。……リリアンには彼女の顔に見覚えがあった。


「……ルシル?」


 そう口に出すと、彼女は花が開いたような笑みを浮かべた。


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