愛みのリリウム -神に愛された花たち-

虎依カケル

第1章

プロローグ



「――あなた、神になんて祈らない方がいいわ」


 大きなステンドグラスを背に、黒い髪の少女が言った。


 薄暗い礼拝堂は、蝋燭のシャンデリアと外からの明かりだけで照らされている。一際明かりを取り込んでいるのは、礼拝堂の正面にある大きなステンドグラス。色が散りばめられたガラスは陽射しを浴びて煌めいている。


 その前には真っ黒な生地に、紅のフリルを施したドレスを着た少女が一人。紅色の瞳はまっすぐと前を見据え、口元に笑みを浮かべている。


「どうしてでしょう?」


 もう一人の少女が尋ねる。その人は学園の制服を着ていることから、貴族の令嬢だとわかる。祈りを捧げるように組んでいた指を解いて小首をかしげると、緩やかにウェーブのかかった亜麻色の髪が肩から落ちた。


 その問いに黒髪の少女は息を吐いて肩をすくめる。


「神にできることなんて、何もないからよ」


 彼女は断言した。一歩、また一歩と目の前の少女に近づく。歩くたびに二つに束ねた長い髪が揺れる。腕を伸ばし、右手を広げた。広げた手のひらに黒い砂のようなものが集まっていき、やがてそれは巨大で鋭利な鎌へと変じた。それを握り、目の前にいる少女の首元に向ける。


 白い首に冷たい刃が当たる。青い瞳が揺れた。


 鎌を持った少女はその様子を観察するように見つめた。紅色の瞳を猫のように細める。彼女は鎌の柄を強く握ると大きく振りかぶった。そして、少女の首をめがけて振ろうとした。


「…………」


 襲い掛かる鎌を前にし、少女は青の瞳を細める。瞳は宝石を思わせるほど綺麗な色をしていた。そして、両手を組んで祈りを捧げるように目を閉じる。


 口元は笑みを浮かべていた。



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