第126話 オーディション5



「それでは、選抜メンバーを発表します。」



今回の合宿の司会の人の声でオーディション結果が発表される。

司会の人が言う、「選抜メンバー」という言葉に会場がざわつく。






「まず、その前に今回のオーディション結果についてお話しします。

審査結果ですが非常に票が割れました。


そのことから、どのチームを選んだとしても納得のいく結果を出すことができないと、判断したため、各チームから若干名の選抜を以って合同チームとし、今回の選抜メンバーといたします。


各々、選抜されたメンバーはこのシングルでの経験を糧とし、チームに還元して更なる飛躍を目指すように。」




その決定に満足をしたとは言えないまでも、みんな理由を聞き納得したというところだろうか。

大きな声での返事が聞こえる。




先程の会議で決定したが、今回の選抜メンバーは13人。各チーム4人で、プラスリーダーというか、センターという真ん中で歌い踊るメンバーが選ばれる。


私はその辺りの事情に明るくないが、センターの子が1番人気の子らしい。






程なくして選抜されたメンバーの名前が読み上げられ始めた。

正直メンバーの名前も顔もあんまり覚えてない。


唯一覚えてるのは30分だけ個別レッスンしてあげた桜さんか。

彼女はダンスを主体とする隅田川において、歌を強化したいと言う考えの持ち主だ。


隅田川においてダンスが中庸程度の能力であるなら歌を強化して武器を増やし、足元を固めるといったバランス感覚は素晴らしいと思う。


事実彼女は30分のレッスンで歌は劇的に改善した。

常に音楽を聴くという生活が知らず知らず彼女の耳を育てていたのかもしれない。


歌が見違えるほど改善したことによって、他のメンバーからどうしたの!?と聞かれたらしいが、私の個人レッスンのことは言わなかったという強かさもある。




そんな桜さんもメンバーに選ばれたらいいなと思っていると、残すところあと2人。




二番手とセンターのみを残して名前が呼ばれ終わっていた。




「後2人か。厳しいかもな。」






「ポジション2 目黒川46 柚木ひかり」




「はい!」




お姉さんグループのリーダーでもある柚木さんを二番手に据えて選抜メンバー全体の引き締めを図るというのはよくわかる。


歌、ダンスはもちろん、積極性や気遣いなども加味した上での人選だろう。




呼ばれた柚木さんはスタッフに案内され別室に。


そこで個別コメントを撮るらしい。




「そして最後のメンバーです。

センターポジション 隅田川690 桜智絵里。」




「っ!はいっ!」




まさか呼ばれるとは思ってなかったのかもしれない。

私としてもこの抜擢は意外だ。


この初の試みである横軸での選抜メンバーのセンターに選ばれたことはきっと彼女の大きな自信につながるだろう。


作曲者の私としても満足する人選だ。




たまたま隣に座ってた偉い人が私に呟く。


「桜はね、いつセンターに選ばれてもおかしくなかった。


でも彼女は歌の面が足を引っ張って、いつも上位選抜で終わってしまうんですよ。

何かは一つ大きな起爆剤でもあればと思っていたんですけどね。

どうやら藤原先生が彼女のスイッチを入れてくれたようで。


感謝しております、先生。

どうかこれからもよろしくお願いいたします。」




「そうなんですね…。

私でどこまで助けになれるかは存じませんが、よろしくお願いいたします。」






私たちがそんな話をしている時、壇上の彼女は泣いていた。

その涙が嬉し涙なのか、これからの苦労を知る絶望の涙なのかは私たちにはわからない。




私はその選抜メンバー任命式を見届けた後で打ち上げなどにも参加せずそそくさと家に帰った。

だってめんどくさいじゃん?

根掘り葉掘り聞かれたり自分の話するのも嫌だし。



と言うことでベンツを転がして、赤坂見附の我が家まで。

家に着く頃には日付を跨いでいたが、家がやっぱり1番落ち着くね。



家に着くと、とりあえず持ち出した荷物を元あった定位置に戻し、洗濯物を洗濯機に放り込んでスイッチオンして、お風呂に入る。


向こうを出る前にスマホでお風呂沸かしの時間を予約しておいたのですぐに入ることができた。



我が家のだだっ広い浴室で防水のタブレットを持ち込んで、動画共有サイトを見ながら無為に時間を過ごす。

この時間が1番至福の時である。







〜〜〜〜〜〜side 桜智絵里~~~~~~






センターの名前が呼ばれた時、一瞬誰のことかわからなかった。

という人がよくいる。


私の時はそんなことなかった。


名前を呼ばれることは分かっていた。

でなきゃ辻褄が合わない。

センターこそ無いものの常に選抜上位の私。


まぁ、三列目くらいに食い込めば上出来くらいに思っていた。


しかし呼ばれない。

もしかして?なんて期待してたのは二列目まで。


そっから先はプレッシャーと重圧で胃が出てきそうだった。

前列端でも呼ばれない。


センターサイドでも呼ばれない。

あと呼ばれてないのは柚木さんと私だけ。


柚木さんはセンターをやらない。

間違いない、私にセンターがやってくる。



そのことを自覚した途端、我が身に背負わされた期待が一気に私の両肩にのしかかってきた。

いくらアイドルとはいえ、一分野の頂点を極めている私たち。

テレビをつければメンバーの誰かが映っている。


三グループとも出す曲出す曲ミリオンヒットは当たり前。

そんなグループを私が引っ張る…?




無理だ。できっこない。

私はそんな優等生なんかじゃ無い。

助けて、助けて。

だれかたすけて。



私はその場をなんとか笑顔で切り抜け、収録を終えた。




「先生のとこに行かなきゃ!」


私は歌唱指導してくれた藤原先生を探す。

先生の指導は本物だ。

きっと鍛えてくれるはず。

頼れるのは先生しかいない。


一心不乱に探す、探す。


しかしいない。




「藤原先生なら帰ったよ?」


教えてくれたのは今回二番手の柚木先輩。


面倒見が良く、何をやらしても期待以上の成果を出し続けてきたある種伝説のような先輩だ。

もちろんグループ最盛期にはセンターもやったことあるし、ソロ曲も出した。


いわゆるリビングレジェンド。


「えっ。、」


「明日学校なんで。って言ってた。」


「え!?!?!?!?」


「藤原さんハタチかそこらだよ、確か。」


「へぁっ!?!?」


「柚木先輩から、智絵里ちゃんにとっておきの話があるんだけど、ここだけの話にしといてくれる?」


なんだろう?


「藤原さん、ピアノ始めたの大学入ってからなんだって。

音楽は昔からやってたみたいだけど。

作曲とかもまだ本格的にやり始めて1〜2年なんだって。」




「……。驚きすぎて声も出ないです。本物の天才なんだ…。」



「私も先生からその話聞いてそう言っちゃった。」



「え?」



「そしたらね、先生は

『天才とかじゃなくて、好きなことを好きなだけやったっていうだけのことだよ。

あとは効率極めるだけ。

効率を極めるっていうのも、理論を勉強するんじゃなくて、理論の作り方を勉強するの。って。」




「???」




「だよね。


私もわかんなくてさ。

どういうことですか?って聞いたら、


『んー、言葉で伝えるのは難しいんだけどさ

答えを教えてもらうんじゃなくて、解き方を教えてもらうっていうのかな。

そしたら後は量こなすだけで自然と効率が極まっていく。』って。」




「!!!」


私は頭の上に電球が浮かぶイメージが湧いた。




「だから、私から今回初センターの智絵里ちゃんにアドバイスしたいのは

自信がなけりゃ効率極めた努力の物理でぶん殴るのが1番手っ取り早いよってこと。

そしたら先生みたいに爆発的に才能が発揮できるかもね!

っていう話。」




「…っ!

ありがとうございます!!」


「まぁ、ここだけの話にしといてね。

あと、ここだけついでにもう一つ。」.


「?なんですか?」


「実は、私先生のレッスン予約しちゃった。」


「えぇ!?!?!?」


「シーッ!!!!声がでかい!!!!」


「す、すいません…。でも…。」


「ちゃんと2人分とったから大丈夫よ。一緒に行こ?」

私もうこの先輩に一生ついていく。


「ぜひ!!!!ありがとうございます!!!!」



「よし!じゃあ今日はしっかり楽しめ!」



「はい!!!!」




藤原先生のレッスンはまた波乱を呼ぶのだが、それはまた今度の話。

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