第103話 納車。


目産自動車の貫田専務から連絡をもらって、いよいよ納車の日取りが決まった。

なんていい響きなんだ、納車。

漢字2文字の納車。

良いね、納車。


一日千秋の思いで待ち続けた納車までの日々。

長かった。

楽しみがあると、1時間も1週間くらいに長く感じてしまうのは私だけだろうか。

そして貫田専務から連絡があった納車日前夜。

「やべぇ、眠れない…。」


まるで遠足前夜の子供みたいにワクワクしてしまっている。

とはいえ、眠れないと言いつつも、しっかり眠れてしまうのは大人になったからなのか、いつもの習慣なのか。



そして、朝。




いつもより少し早めに起きてしまったので、日課のトレーニングを少し多めにこなす。


いつも通り朝ご飯を食べていると、たくさんのお皿がダイニングテーブルに並べられており、メンバーが多いことに気がついた。




「あれ!先生がいる!

忙しくてしばらく帰れないって言ってませんでしたっけ?」




「い、忙しいわよ?」

忙しすぎて、ロンドンにいるため、アメリカに来た時さえ電話で一言二言話しただけだった先生が帰ってきていた。


「あ、ボブも!」

ボブはいつも朝ご飯を食べてから出勤してきている。


「ぼ、ぼくはたまたま…」



「もしかして?」

思わずジト目になる私。



「だって気になるじゃない…。」



「アメリカではフェラーリよりも珍しい車デス…。」



「なるほどねぇ〜。」




朝食の後は、久々に先生に会えたので、レッスンをつけてもらったりして時間を潰しているとお手伝いさんが車が来たことを教えてくれた。



先生の屋敷にトラックを入れてもらったというので玄関まで見に行くとそこにはスカイラインGTRのめちゃくちゃカッコいいラッピングトレーラーが。


トレーラーも楽々入る屋敷の広さに改めて驚くが、積載車みたいなので来るかと思ってたらトレーラーが来たことに驚きを隠せない。




「藤原先生!お待たせしました!」


助手席から降りてきたのは貫田専務。

目産自動車の本社の専務が直々に来てくれるだなんてすごい…。




「専務、わざわざ申し訳ありません。いよいよ…?」



「そうです、いよいよです!」


先生もボブも固唾を飲んでトラックからスカイラインが降車するのを見守る。


色はベイサイドブルーメタリック。

私がスカイラインで一番好きな色だ。


ガンメタと悩んだが、小さな頃に憧れたこの青にした。


ホイールはmesmoの5本スポークの黒。

車高はほんの少し低い。

所々に多用されるカーボンパーツが車体の印象を引き締める。




「おぉ…」




誰からともなくため息が漏れた。

まさに芸術と呼ぶべき一品だ。




「藤原先生、こちらご覧ください。」


「ん?」


貫田専務が指差すそこにはmesmoのロゴ。

そして、その横にあるYoshihiro Completeの文字が。




「これは世界に一台だけの藤原先生のコンプリートモデルです。

今持てる技術の全てを結集したこの車を、藤原先生のお好きなように誂えました。


ですので、このロゴは弊社からのプレゼントです。

どうかこの子をよろしくお願いいたします。」




こういう日本企業の粋なところって大好きだ。

感動しちゃう。




「ありがとうございます!一生大事にさせていただきます。」



「ありがとうございます!それでは失礼いたします。」




貫田専務は颯爽とトレーラーに乗って帰っていった。


トレーラーは切り返しをして家を出ることもなくそのままロータリーをぐるっと一周して屋敷を出ていった。



「この家広いよなぁ…。」




先生とボブはスカイラインに夢中である。


「先生スポーツカーには興味ないかと思いました。」


「違うわ。SUVが好きなのではないの。

私は四駆が好きなの。GTRは、四駆よ…!」



「なるほど。」



目産自動車側とのやり取りはもう済んでおり、すでに乗り出し可能な状態で納車してくれていたので、早速慣らし運転に向かうことにする。



「じゃ、私慣らし運転してきます。」


「じゃぼくも。」


何故かボブもついてきた。


「私も行きたいけど…。」


「先生はダメです!!!」


先生は秘書さんが必死で止めている。

なんでも昔日本で暮らしていた時、ストレスのあまり湾岸でフルチューンの黒いポルシェをかっ飛ばして捕まりかけたらしい。


スピード狂…?




そうして、私は車に火を入れる。


内装も私好みのレザーとカーボンが混在した品よく高級感のある仕上がりとなっており、大満足。


ボブは大興奮。



レースカーのようでもあり、街乗りのチューンドカーのようでもある、

高い音と低い音が混在した官能的なエキゾーストノートを残しつつ、ゆるゆると屋敷を出ると、近所の人がwowとか言ってる。


信号で止まるたびに話しかけられる。


終いには警察官に止められて話し込む。




「ねぇ、ボブ。

アメリカでは珍しい車に乗ってたらいつもこんな感じ?」




「うん。こんな感じ。

R34だともっと凄いと思う。


こっちでは目産はインフィニティだから、目産の純正の日本車のスカイラインに憧れる人はすごく多いよ。

34はもう輸入解禁されたけど軒並み2~3000万くらいまでは跳ね上がるんじゃないかなぁ。」


「日本の中古車相場も34は徐々に値上がりしてるもんね。」


「そういうこと。」


mesmo謹製のマフラーからはいい音が流れている。

この車もよく曲がり、良く進み、よく止まる。

まさに「いい車」である。


ちょっとスピードが出したくなったな。



「ボブ、少し飛ばしてもいい?」


「もともと飛ばす気だったんでしょ?」


「もちろん。」


フリーウェイに入ると、大きく視界が開けて、気持ちが良い。


「一瞬だけ、アクセル踏み込むね。」


「OK.」


その踏み込んだ一瞬で体がシートに押さえつけられ、外界の景色が後ろに流れていく。

まさに別世界。




「これは楽しいや…!」


私がしばらく走らせた後、ボブはうずうずしていた。


「乗りたい?」


「乗りたい!」


「大事にしてね?」


「もちろんだよ!」




路肩に車を止め運転手交代。

ボブにはいつもお世話になってるから、たまにはねぎらってあげなきゃ。


「責任は全部ぼくが取るから、飛ばしても良いかい…?」


「事故だけは気を付けてくれ。」


「もちろんさ!」


ボブはポケットからレザーのドライビンググローブを取り出し装着し、サングラスをかけ、座席を調整し、万全の態勢を整えた。



「ヒロ、馬力はどれくらい?」


「カタログスペックでいうと500かな。」


「ほんとは?」


「780くらい出てると思う。」


中身もmesmoがいじってくれてるのでそれくらいでてる。

もはや中身はレースカーに近い。

外見からはバレないように、横転した時のためにロールバーも組んであるらしい。


ボブはハンドルを握り直す。


「じゃあ今、後ろからポルシェに煽られてるんだけど、どうする?」


「やるしかないでしょ?」


「OK!!!」


スカイラインはマフラーからアフターファイアを出しながらポルシェをぶっちぎった。




「ひょえー!!!!」


「すごいよ!ヒロ!とんでもない化け物だ!

踏んでも踏んでも加速する!!」


かっ飛ばしつつも、しばらくするとボブも落ち着いた。



「この車は本当に凄い。とんでもない車だよ。」


「良いおもちゃをもらってしまった。」


「でも一人では乗らないでね?」


「どうしてさ。」


「ヒロはもう運転手をつけたほうがいいと思うよ。」


「そうなのかなぁ?」


「どこに行くにもやっぱり、怪我するわけにはいかないからね。」

たしかにボブが言うことももっともだ。

特に手を怪我するわけにはいかない。



「そうかぁ。運転手、誰か手が空いてる人知らない?」


「1人超運転上手い人知ってるよ。」


「誰?」


「ボク。」


「ボブは先生の運転手じゃん!」


2人で大爆笑した。




「でも先生は秘書さんが最近は運転手兼ねてるみたいだから、ボクの出番は主にヒロの運転にシフトしつつあるんだ。よかったらどう?」


「どうもこうも、ぜひこちらからお願いするよ。」


「やったぜ!」


そうして話をしていると、横にランボルギーニが並んで合図してきた。


「あれなんの合図?」


「こういう合図!」


ボブはいきなりアクセルをベタ踏みした。


「ひょえー!!!!!!!!!!」

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