第二章
第102話 アメリカでの生活
ニューヨークには多種多様な人が生活している。
ヨーロッパ系の人もアフリカ系の人も、中東系の人もアジア系の人も。
とにかく多種多様な人種が共存している。
ましてや私が通う大学、ジュリアード音楽院にはそれに輪をかけたような個性豊かな人々が通っている。
わかりやすいのだと、とんでもない金持ちの子息令嬢とかもいる。
リムジンで行き帰りみたいな。
ちなみに私は、リムジンではないが、ボブに送ってもらっている。
そう、先生の運転手のボブ。
今日も今日とて真面目に大学に来たが、なんとなく遠巻きに眺められているのを感じる。
「視線が痛い…。」
こうなったのにも理由がある。
まず、入学初日、熱心に手紙を送ってきてくれていた偉そうな教授のゼミを蹴った。
そこで大揉め。
偉そうな教授は私のことを、どうせ英語もろくにわからん日本人だうまいこと利用してやろうと、思っていたらしい。
私も手紙やメールからそれをしっかりと感じ取っていたため、改めて会ってしっかりと断ってやろうと思っていた。
そして、入学初日、前もって伝えられていた教授の研究室に向かって断る旨の発言をしたところまぁなんと大立ち回り。
最終的に二度とお前が音楽の表舞台に立てないようにしてやると言われたので、こちらも、手前如きに潰せるもんならやってみろ耄碌ジジイと応酬してやった。
天下のジュリアードの教授ともなるとそんなことを言われることはそうないのだろう。
顔真っ赤にしてた。
あまりにも顔が赤かったので、
「茹でガニみたいだな。肩の力抜けよ。」とアドバイスもしておいた。
この話が学内にしっかりと回ってしまったのがまず一つ。
そしてもう一つ、セントラルパークのバスケットコートでレクリエーションがあったので参加した時のこと。
先輩と新入生の対決だったのだが、先輩をコテンパンにしてしまった。
これでも昔はバスケ部の助っ人やってて、大会史上最多得点王とかも獲ったこともあるんだぜ。
その場は負けたはずの先輩方も大いに盛り上がり、私もこれでうまく馴染めると思ったのだが甘かった。
その試合を見ていた先輩グループのうちの一人の女の子。
名をジェシカというのだが、彼女が私を気に入ってしまった。
このジェシカがまぁ曲者で、後々聞いた話では、先輩方は彼女のことをミスバルカンと呼んでいるのだとか。
バルカンというとみんなが思い浮かべるのはなんだろうか。
私は直ぐにピンときた。
バルカン半島。ヨーロッパの火薬庫と呼ばれたこともあるあの半島だ。
つまり、彼女は歩く火薬庫なのだ。
行く先々で一悶着を巻き起こし、周りの人間はその火消しに追われる。
そもそも彼女の生い立ちにも癖がある。
彼女はフランスからの留学生なのだが、ご実家が貴族で途方もない金持ちである。
それこそ世界史で聴いたことがあるレベルの家名だ。
名誉も資金力も桁外れで、親がこの留学のために、マンハッタンにある1部屋数億は軽くするマンションを買い与えたらしい。
彼女の家は、なまじ金があるために、どんな問題を起こしたとしても最後にはどうにでもしてしまう。
有名な音楽家のパトロンなんかもしているから業界に顔も効く。
そのことを知っているから、大学も周りの人間も何もできず。
それが余計に、みんなはまた腹が立つらしい。
あとびっくりするほど美人。
妖精みたいな顔してるの。
それがまた小憎たらしくてね…という話をバスケの時に仲良くなったキム君から聞いた。
そういう彼のお家もまたド金持ちで、韓国の財閥に連なっているらしい。
そのジェシカに気に入られ、なにかにつけてからまれるようになってしまったため、リスク計算ができる人間は私に近づかなくなってしまった。
そのかわりと言ってはなんだが、リスク計算ができない無鉄砲者ばかりが寄り付くようになり、めでたく私は日本から来た、ジュリアードきっての問題児というレッテルを貼られたのだ。
なんかいろんな情報がごちゃ混ぜになってないか?
トホホ。
「あっ!ヨシ!おはよう!」
来た来た…問題児のジェシカ。
「おはようジェシカ。」
「ノン。私のことはゆかりと呼んで。」
ほら、クセが強い。
なんだゆかりって。
お前ジェシカだろ。
「OK、ゆかり。今日はどうしたんだ?
ハドソン川でスイミングでもするか?」
「それいいわね!ぜひやりましょう!」
「やるわけねぇだろ。てめえ一人で泳いでろよ。」
「あーん、また意地悪ばっかり!」
この問題児のジェシカなのだが、私に対して甘々なのである。
それが私の問題児に見える部分を増強しているのだが、それに気づくのはまだ先の話。
なぜ問題児のジェシカが私に甘々なのか。
それは、ジェシカがまだ出会って間もない頃の話。
「ヨシ。あなたすごいじゃない。」
バスケのレクリエーションを見ていたジェシカが私に話しかけると、周りのみんながスッと目を逸らして離れていった。
「なんだお前。ていうか誰だ。
先に名乗るのが筋だろう。
たかだか何年か先に生まれたくらいで偉そうにするなよ?」
私はこんなに喧嘩腰な人間だっただろうか。
少なくとも日本ではこんな人間ではなかったと思う。
みんなから「アメリカでは舐められたら終わり」と聞かされていたからかもしれない。
この私とジェシカのやりとりを見てたみんなはハラハラしていたらしい。
私の喧嘩腰に半ギレになったジェシカはまた喚きだしたが、当時の私はジェシカが何者かも知らず相手にもしていなかった。
大学内でからまれても無視。
つぶそうとしても色んな方向からいろんなベクトルの力が働いていてなぜかできない。
そんな不思議な存在の私。
実はこの時、ある憧れの先輩が手を回していてくれたのだけどそれがわかるのはもっともっと先の話。
これでジェシカはお金ではどうにもならないこともあると学んだらしい。
私からすると逆に20年以上どうやって生きてきたのか不思議で仕方ない。
そこからジェシカはだんだんと私に対して尊敬の目を向けるようになり、今では完全にデレデレになった。
誰のいうことも聞かない気高い?一匹狼と言われた彼女だが、
私の言うことは聞くと言う話が出回った。
曰く、狼が飼い主を見つけたと。
そんな狼を完全に御するフジワラという男はさらに頭のネジがぶっ飛んだやべえ奴に違いないと。
そうして気づけば今の状況が出来上がった。
私の左手はジェシカにガッチリホールドされすりすりされている。
さすがアメリカ。自由の国。スキンシップも激しめだ。
「ゆかり。手を離してくれないか?」
「嫌よ。この手は私を掴むためにある手なの。
私は絶対に離さないわ。」
「いや、その手は私がピアノを弾くための手だから。
君の手ではない。」
「どうしてヒロは私のことをそんなに邪険に扱うのかしら!」
ジェシカ改め、ゆかりがぷんぷん怒っているがなんの迫力もない。
むしろ可愛さしかない。
フランス人にしては低い身長で、豊満な体つき。
それでいて締まるところはしまっているまさに男の理想ともいえる身体的特徴を持つジェシカ。
私の手をさするのはいいが色々と当たっている。
そんなジェシカがぷんぷん怒ったところで私にするとご褒美でしかない。
そもそもこのぷんぷん自体、ジェシカの「かまって欲しい」が前面に押し出されたぷんぷんだ。
「わかったわかった。今度ドライブ行こうな。」
「仕方ないからそれで手を打ってあげるわ!」
きっとしっぽがあったらぶんぶん振り回していただろう。
今日の名前はゆかりであるジェシカは小躍りしながら駆けていった。
「まぁ、でも悪くはないよな。役得役得。」
こんな毎日を過ごしているとは、日本のみんなには口が裂けても言えない。
日本のみんなは元気にしているだろうか。
月一程度は先生に付き添って帰国しているが、仕事メインの日が多いため、みんなと会うことが難しい。
アメリカでの授業も、先生の仕事の手伝いも、やることは常にパンパンである。
たまにはみんなに会いたいなぁ。
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