第88話 追い出しコンペ


「ヨシ、これ。」




「んぇ?」

ある日突然、叔父さんからA4サイズのゴルフコンペの参加要項を渡された。



「お前の追い出しコンペ。」




「あぁ!あれほんとにやるんだ。」


完全に忘れていた。

私が3月いっぱいで辞めてしまうので、そのお疲れ様コンペだ。

長めに勤めた講師が辞めるときには、だいたい毎回やるのだが、

まだ勤続が浅い私でも、前回のコンペ優勝者なので特別に開催してくれるらしい。


あとたまたま半年に一回の教室が主催するコンペの時期でもあるし。




「おうよ。他の校舎のスタッフも勝ち逃げは許さないって息巻いてるぞ。」


「まぁ、ディフェンディングチャンピオンとして、可愛がってやりますか。」


「今回新人の元ツアープロも入るから頑張れよ。」


「ほげぇぇぇ!!!!」


叔父さんが言う、今回の新人講師のツアープロといえば、

講師としては新人だが、その実、プロゴルファーとしての歴は長く、引退したばかりでまだ一線級の力を持っている。




「絶対負ける。」


「優勝者には俺がなんでもしてやるよ。」


「はい言質取りました。」


ポチッとな。


『優勝者には俺がなんでもしてやるよ。』



「おい!ずるいぞ!」



「言ったのは叔父さんですからねぇ。

ちなみに、私この前アメリカでなおちゃんとドラコン勝負して勝ってますから。」




「てんめぇ…!!!」




「さーて、なにしてもらおうかなぁ。

車カスタムしちゃおうかなぁ。

ピアノもう一台買っちゃうかなぁ。」



「ふざけんなよ!」



「コンペ、当日が楽しみですなぁ!


首洗うてまっといてくださいや。」




「クソが!絶対勝てよ!!!」



せっかく叔父さんがなんでもしてくれるらしいので、またこの勝負頂くとしよう。




それからというもの、私は勝負事に負けるのが大嫌いなので、ゴリゴリに練習した。

ピアノ以外の時間は全てゴルフに割いたと言っても過言ではない。


自宅のアプローチ練習室も最大限活用した。


打ちっぱなしも行きまくった。


ここ数年で一番いいコンディションと言っても過言ではない。






そして迎えたコンペ当日。

会場は栃木県の日光の方にある名門。

プロの大会も開かれるようなド名門で、土日はメンバーじゃないと入れないような

敷居の高いゴルフ場。


だがしかし、うちのゴルフバーは講師に何人も元プロゴルファーがいる。

もちろんお客さんの中にもここの会員さんはたくさんいる。

叔父さんもメンバーの一人だ。


その関係で今回コンペを開催できる運びとなった。



まだ冬の寒さが残るが早朝にもかかわらず私はゴルフ場に併設の練習場に来た。




「おはようございます。」




「おぉ、ヨシ。

当日まで練習とは、ディフェンディングチャンピオンなのに弱気か?」



「ドライバーの飛距離見てから言ってもらっていいですか?」



今回のためにドライバーは新調した。

シャフトはより硬く、より重く。


自分が振り切ることのできる最大の重さと硬さにしたのだ。


ヘッドもプロ仕様。なおちゃんに頼んで、契約しているクラブメーカーでフィッティングさせてもらった。


ほぼプロ仕様と言っても過言ではないハイスペッククラブだ。



そのクラブを渾身の力で振り切る。

朝イチでかましてやろうと思ったので準備運動もしっかり30分して体も温めてきたので、怪我の心配は無いと思う。




カキン!といった小気味良い音を立ててゴルフボールがはるかかなたに飛んでいく。

ナイスショット!と自分で言いたくなるような弾道だ。




「てめぇ…。ゴリゴリに練習しやがったな…。」




「もちろん。」

ポチッとな。


『優勝者には俺がなんでもしてやるよ。』



「それやめろ!」



そんなふうにバチバチに叔父さんとやり合っていると声をかけてくる人が。




「いまの、ほんとに素人の人のショットですか…?」


叔父さんが言っていた、前シーズンまでツアープロとして活躍していた大平さんだ。

今日一番の強敵である。


「おはようございます!


胸を借りるつもりで頑張りますので今日はよろしくお願いします!」




「こ、こちらこそお願いします…。」

大平プロもドン引きのようだ。





始まってみると、まぁー調子が良い良い。

打てば飛び、刻めば止まり、狙えば入るとはまさにこのことだった。


「こりゃドラコンももらったかな?」


ドラコンは前半後半で1ホールずつの計2ボールが設定されている。

ニアピン賞も同様だ。




「もしかして、藤原先生、ドラコンもニアピンも優勝も全部取っちゃうんじゃないですか?」




同じ組の人がそんなことを言う。




「まさか、まさか。皆さんお上手ですから…。」




前半を終えてスコアは33の自己ベストタイ。


後半を規定打数通り36打で上がるとトータル69で、規定打数より-3となる。

一番ゴルフをやってたときと同じくらいのスコアで回れそうだ。


前回のコンペとあまり変わらないのでまぁまぁと言ったところか。せっかくハーフで自己ベストタイ記録が出たから、トータルでも自己ベスト、出たらいいなぁ。




「お疲れ様、ヨシ。」

敵情視察しに来たのは叔父さん。にやにやしている。

敵じゃないはずなんだけどな。


「お疲れ様です〜。」



「随分調子いいみてぇだな。」



「まぁ、それなりに…。」



「でも、前半、お前2位だぞ。」




「はっ!?!?一位誰!?」



「大平プロ。」




「大平先生かぁ〜。

まぁツアープロだったしねぇ。」




「ちなみにお前と一打差の32。」




「ふ、ふぅーん。まぁ後半も頑張るよ。」




「おう。」




私は心の中の闘志が燃えるのを感じた。

かつてないほどに激しく燃えている。

絶対勝ってやる。そう思った。




後半のホールは、前半よりも攻めた。


若さ溢れる攻めのゴルフでスコアを重ねる。


ドライバーでかっ飛ばして、一発でベタベタに寄せて、ワンパットというメジャープロみたいなゴルフがこれまた今日の調子とうまくマッチ。


蓋を開けてみると後半は30という、ハーフでの自己ベストを3つも更新した。

トータルスコアは63で、9アンダーというとんでもないスコアが出てしまった。

もちろんこんなスコア出したことがない。

たまたまとはいえ出来すぎな感はある。


これは勝っただろ!!!!


大平プロの結果が気になったところで、みなさんホールアウトしたので、風呂に入ったりなんだりかんだりして、銀座店でお疲れ様パーティーだ。


結果発表はそこで行うことになってる。






銀座店に着いて、私以外の講師、生徒は皆成人してるので、飲めや歌えやの大騒ぎ。

いい感じに場が温まったところでいよいよ結果発表。




「それでは、結果発表です!!


3位!生徒さん!二子玉川店の吉武未奈さん!


5アンダーです!」




レディスはハンディがあるとはいえ、それを加味したとしてもとんでもないスコアだ。


ちょっと前、プロテスト受ける予定のとんでもない生徒がいるって噂になってたけどこの人か。


ちなみに、二子玉川店はプロテストコースがある、最近できた店舗だ。


3位以下はほとんど二子玉川の生徒が占めていたらしい。




そんな二子玉川店のエース吉武さんが表彰台に上り、皆さんから拍手を受けてはにかんでる。


かわいい。


これは日本ツアーを彼女が回る日も近いかもしれない。




「2位!

前半32 後半33

トータル65の7アンダーです。


惜しかったですね。

丸の内店 講師 大平智治プロです!」




悔しそうな顔をしているが、楽しそうな笑顔を抑え切れていない大平プロ。

握手を求められたので素直に応じる。




「そして堂々の1位!


前半33 後半何と30!

トータル63の9アンダー!


イカサマでもしたのかこの野郎!


われらがエース!銀座店 藤原吉弘!!!」




さらに大きな拍手がわっと沸く。




優勝者コメントを求められたのでマイクを持つ。


「どうも、不動のチャンピオン、藤原でごさいます。

今回は同行のメンバーにも恵まれまして、最高のゴルフができ、

自己ベストでゴルフ講師としての大会を終えることができました。


私は今回のコンペで講師を辞めますが、どうか、私のスコアが誰かに越されることを願っています。


生徒の皆さんはぜひ練習してください。ここには最高の環境がそろています。

吉武さんも草葉の陰から応援しています。


もし、私のスコアを超える方が現れたら。

その時はまた私が相手になりましょう。


皆様!本日はありがとうございました!」

なんとなくこの時、ゴルフについてのいろんなことが思い起こされてぐっと涙がわいてきた。

頭の中ではリストの「愛の夢」が流れていた。

別にゴルフやめるわけじゃないのにね。


大きな拍手で、結果発表が締めくくられる。


このあとプロ入りを熱心に誘われるがいつものことなので華麗にスルー。




やっぱゴルフは楽しいな!!


家に帰ってまた猛練習した。ピアノを。

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