第79話 さらに一段上の高みへ。




最終オーディションの曲は、ショパンの「エチュード10-1」と、シュトラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」で行くことにした。

今度は少し期間が開いて20日後。

ほんとは曲目二つとも変えるか二つとも一緒でもよかったんだけどね。

なんとなくエチュードはまた違う曲にしてしまった。




もちろんこちらも自信がある曲なのは間違いない。

自分としてはやりすぎて飽きてしまった曲でもあるのだが、前回のオーディション用にもう一度ショパンのエチュードを見直したとき、新たな発見がたくさんあり、この曲にも新鮮な気持ちで向かうことができたのだ。



ペトルーシュカはもうちゃんと弾けるには弾けるんだけど、まだ物足りない。

この曲にはロシアの作曲家独特のなんか暗いところというか、

偏見なんだけど、闇らしきものがあって。

弾けば弾くほどその闇が自分の中に見えてきて楽しい。




このおかげで、ペトルーシュカは、

自分の中でもかなりちゃんと曲とも自分とも向き合った曲の一つになった。


技術と練習を土台にした表現といったところまで曲の完成度をあげることができていると日々実感する。


ここで最後のダメ押しみたいなものがほしい。


ということでロシアに行こうと思うんだけれども、ロシア語喋れないし、誰かロシア語わかるやついないかなぁ。


あと、オーディションが差し迫ってることから見ても日程的にかなりタイトになるからどうしようか。


もう2月に入ったので春休みには入っているから日程的にはなんとかなるんだけど…。




「もしもーし、藤原ですけど、ひなちゃん?」


とりあえず同じ学部のひなちゃんにロシア語話者紹介してもらえないか聞いてみる。

そこからなんかつながるだろう。

ひなちゃん顔広いしさ。



「はーい、ひなこでーす。どしたのー?」




「あのね、ロシア語話せる人で同じ大学の人とかいない?」




「どのレベルかにもよるけど私ロシア語いけるよ?」




「えぇ!?」




「だって私ロシア語専攻だよ?」




「あら、さようで…」

ひなちゃんは外国語学部ロシア語学科だったらしい。



「しかもロシアクオーターだよ!?その話したよ!?」


全く記憶に残ってなかった。

ごめんね、ひなちゃん。




「あぁー、クオーターね、うん。」




「もう、ちゃんと覚えといてよね…。

で?どうしたの?」




「いや、ロシア行かない?」




「えぇ!?!?」




「弾丸で。明後日くらいから。超タイトスケジュールだけど。」




「えぇ!?!?!?」




「どうする?」




「い、行く。」




「まじ?行けるの?」




「うん、友達と春休みに旅行に行く予定だったんだけど、メンバー2人が追試でキャンセルになっちゃったからしばらくの間予定が空いてたから大丈夫!」




「わかったじゃあ飛行機予約するからパスポートの名前教えて!


申し訳ないんだけど、飛行機とホテルの予約は私でしてもいい?


予約取れたら予約確認書おくるから!」




「え、う、うん。


私の懐事情とかもあるから一緒に選びたいんだけど…。」




「あ。そうか、じゃ今から行くね!


どこ行こうか!私はちなみに今赤坂!」




「あ、じゃあ六本木ヒルズにいるからそこで!」




本当に急な予定を入れ込んでごめんよ…。

貴重なロシア語話者、逃してなるものか!


そのあと歩いてヒルズに向かって、ひなちゃんと合流して、その辺のカフェに入った。




「まず、ごめんね、急に海外旅行なんて…。」




「ううん、大丈夫!

むしろ1週間何しようかと思ってたし。


どこに行きたいの?」




「サンクトペテルブルク!特にロモノーソフ!」




「またマニアックな地名を…。

作曲家の有名な人いたよね、えーと。」




「ストラヴィンスキー?」




「そう!それ!」




「イーゴリ・ヒョードロヴィチ・ストラヴィンスキーってロシア語で発音してみて。」




「Игорь Фёдорович Стравинский」




「すご!」




「いやほとんど日本語と変わらんやん。」




「その人の足跡を辿りたいのと、ロシアの文化の中心を感じたいの。」




「なるほど。じゃホテルはサンクトペテルブルク?」




「うん!」




「乗り換え必要だけどモスクワ経由でいい?」




「もちろん!

あとホテルは高い部屋でもいいから部屋にピアノがないとダメ。」




「えぇ、わかった…。」




「大丈夫、お金の心配はいいよ。

私が無理言ってるんだから。」




「そうは言っても…。」




「いいんだよ、無理やり付き合わせてるんだから。」




「えぇ…。でも貸し借りの関係になるの嫌だなぁ…。」




「じゃあ、航空券は自分の分は自分で出す。

ホテル代は俺払う。これどう?」




「うー、わかった…。」




「じゃ、探そ!」




そういうやりとりで始まったホテル探し。


結局、あーでもないこーでもないと言って決まったのは、

ハリストス復活大聖堂、またの名を血の上の救世主教会という、

物騒な名前の教会の近くの五つ星ホテルのスイートになった。



なんでかっつーと、ひなちゃんのロシア語での交渉の結果、

ピアノを部屋に入れてくれることとなったので。




「こんな高いホテルにしちゃった…。」




「まぁまぁ、日数もたいしたことないし!

大丈夫大丈夫!」




結局日数は2泊することとなった。




「じゃあ、予約しちゃいまーす!」




「ちょっと待って。ヒロ君、ビザは…?」




「ビザ…?ロシアってビザいるの…?」




「あちゃー…。」




ひなちゃんから、ロシア旅行にはビザが必要という説明を受けたので、

結局、その全てを代行してくれる旅行会社を通すことにした。

日程はギリギリだが間に合わせますとのこと。




その旅行会社が出してるプランで、ホテルと航空券、代行手数料がセットになっている方が安いのでまとめて予約する。


このときバレないようにこっそりと飛行機をプレミアムエコノミーにアップグレードした。


ひなちゃんの航空券は後で現金でもらうことになった。ちゃんとエコノミー料金でもらうから大丈夫。




日程は当初の予定より少しずれ込むものの、三次オーディションには問題なく間に合う予定だ。




ビザ用の証明写真を撮ってから旅行会社にそれを持って行って、ついでにその旅行会社の応接スペース書類を記入してから家に帰ると、すぐにロシア旅行の準備をする。

ロシアの2月なんて絶対に寒いので、ヒートテックを多めに入れなければ…。




さて、ストラヴィンスキーの歴史を辿りましょうか!




~~~~~~side望月緋奈子~~~~~~


とつぜんヒロ君から電話がかかってきたときはびっくりした。

たまたま、本当にたまたまヒロ君今何してるかなーって考えてたから。


心臓止まるかと思ったよ。


用を聞いてみると

ロシアに行くからロシア語話者を探しているんだと。


そんなのここに適任がいるじゃんか!


ってヒロ君は私がロシア語できること忘れてたみたい。

というか反応見る限りそもそも覚えてなさそう…。

まぁいいけどさ。



てかスケジュールが急なのよ。

ちょうど私春休み暇してたからいいけどさ。


追試で行けないって言われたときはショックだったけど、

今思えば二人に感謝したいぐらい。


そのあとヒロ君が私のところ来るっていうから

旅行の打ち合わせをした。



途中ロシア語でホテルに電話をかけて交渉してみたら

意外とすんなりいった。

いや、最初は無理とか言ってたんだけど

つべこべ言わずにピアノ部屋に入れんかい!!!!って言ったら入れてくれることになった。

多少口調が荒かったのはたぶんヒロ君にはバレてない。

ほら、ロシア語って巻き舌すごいから。

終始そんな感じだから。



で、いざ、すべてが決まりかけたとき重大な事実が発覚した。


ヒロ君、ビザ持ってない…。


なんでなのさ。。。

慌てて旅行会社探して、ビザの発給が早いところ見つけられたから

そこに速攻で依頼する。

今日が平日でなおかつまだ週初めでよかった。

多分すぐ動いてくれるよ。


ヒロ君はこの後速攻で証明写真を撮りに行くらしい。

頑張ってくれ…!

本当に!!!

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