第44話 本番。
「本日は、わざわざチケットを買って、
私のピアノを聴きに来てくださってありがとうございます。
どうやら一部、ピアノではなく飲み放題目当ての方もいらっしゃるようですが。」
私はそう言いながら、バーカウンターの近くに陣取る、よく見知った常連さんを見やる。
「ヨシ君のピアノが聴きたくて来たんだ!」
と言う声がその常連さんから聞こえるが、さっきからずっとお酒が手から離れない。
「じゃあお酒目当てであったとしても、来てくださったことに感謝しますね。」
ここで、観客席からドッと笑い声が聞こえる。
よしよし、掴みはそこそこか。
「じゃあ早速一曲目から行きましょうか。
最初の方は、まだ皆さん酔っ払う前に聞いていただきたいので、クラシック多めに設定してますので。
それでは聞いてください、ショパンでエチュードop10-4。」
ショパンのエチュードop10 No.4は、技巧が凝らされた、派手で嵐のような曲想をどう弾きこなすかにかかっている。
八分音符の刻みで、雰囲気を保ちつつ、停滞した雰囲気を出さない。
この曲は曲全体を通して魅せ場しかない。
見せ場を一つ迎えるごとにどんどん気持ちが盛り上がってくる。
聴衆の気持ちの昂りも手にとるように感じとれる。
これこれ。
これだよ、これ。
曲自体は短い曲なので、すぐに終わってしまう。
しかし、こういうものはこれくらいの短さでいい。
暖機運転のようなものだ。
物足りないくらいが、食欲を刺激する。
約2分20秒。
聴衆に息をさせないような演奏。
ここで客の心は掴んだといってもいい。
出だしがうまくいけば、最後までうまくいくっていうのは経験でわかっている。
曲構成も、ステージ全体の選曲もメリハリをつけて、大きな山をいくつか作ってあげるとお客さんも盛り上がりやすい。
曲を終えて、一拍か二拍ほど空いて、拍手が起こる。
「さて。息をするのも忘れるような、演奏でしたね。」
聴衆からは、自分で言うなーと言う声が上がる。
「さて、続きましては、私が中学高校の頃吹奏楽をやってたのはご存知の方も多いとは思いますが、
その中で最も好きだった曲からいくつか。
曲名をご存知の方や、吹奏楽をやった事のある方もこの中には多いかと。
ご存知の方はお楽しみに。知らない方は覚えて帰ってね。
ということで。」
吹奏楽部出身者は、一生吹奏楽が好きな人が多い。
そして、昔吹いた曲を覚えていることが多い。
吹奏楽セクションの1曲目はボロディン作曲、オペラ「イーゴリ公」より、ポーロヴェッツ人の踊りだ。
吹奏楽の重厚なサウンドと目まぐるしく変わる展開が可愛らしく、奏者泣かせでもある。
この重厚なサウンドを損なうことなく、私なりの解釈を加えた一曲となる。
もちろん、吹奏楽部時代に吹いた曲なので、フルスコアは頭の中に叩き込まれている。
自分の中で美味しいパートを組み合わせて、自分なりのポーロヴェッツ人の踊りを完成させる。
2曲目と3曲目はバーンズ特集。
アルヴァマー序曲とアパラチアン序曲だ。
どちらも吹奏楽の名盤で、作曲者のバーンズにもファンが多い。
吹奏楽を3年も続けてればどこかでこの曲のどちらかには出会う。
ネットで連弾をしてる動画を見て、
「これ1人でいけるんじゃね?」
と思って練習してみたら、明らかな無理があったので、違和感のないように多少のアレンジを加えつつ、自分が入れたいパートなど組み合わせてみるなどしていたら、原型は無くなったが、しっかりとアルヴァマー序曲だったし、アパラチアンも上手いことアパラチアンしていた。
曲を終えるとなぜか先程のショパンよりも盛り上がっていた。
「どれだけ吹奏楽部出身の方が多いかわかりますね。
今度吹奏楽ナイトでもやりましょうか。
皆さん楽器をお持ちの方は持ち込んでいただいて、セッションしてみるとかどうですかね?」
観客がいちばんの盛り上がりを見せる。
「オーナー!」
「前向きに検討させていただきます。」
地響きのような歓声が上がる。
この、「前向きに検討」という言葉を受けて、いろんなお客さんから「いつやるの?」という質問を数ヶ月にわたって受け続けたオーナーが根負けして、本当に吹奏楽ナイトをやることになったのはまた別の話。
私もオーナーに責任取らされる形で指揮者を引き受け、ピアノを弾きながら指揮するという、弾き振りを要求されるという事態になった。
どこの漫画のイケメン主人公だよ。
「やっぱり私もね、女性受けしないといけないというか。
今日は女性連れのお客様も多いようですから、女性受けしそうな曲のいくつかもやっておきましょうか。」
このセリフは実は前もって考えていたセリフだ。
男しかいなかった場合でも、女性しかいない場合でも、半々の場合でもいい具合に受けそうだなと思ったのだ。
「曲名はいいかな?
当ててみてくださいね。」
ここで私が選曲したのは、三鷹に制作スタジオと自社の美術館を持つ、世界観の作り方が神がかっている某世界的有名アニメメドレーだ。
私も大好きでほとんどの作品は見ている。
曲を弾きながら名シーンが頭の中に浮かんできて涙ぐみそうになる。
特に、主人公が両親と離れ離れになって銭湯で働くアニメの名シーンの曲と主題歌は最高だ。
映画と音楽は切っても切れない関係がある。
その点、この会社はそれをよくわかっている。
二十なん年間も同じ作曲家を使い続け、イメージを崩さないのだ。
私のお気に入りの曲の10曲程の美味しいところだけを詰め合わせた珠玉のメドレーを引き終えると、ちらほらと涙ぐむお客様が。
ここで泣かせにかかるか。
「それでは、次の曲は、せっかくなので映画音楽縛りでやってみたいと思います。
聞いたことある曲も多いのでは?」
正直この選曲は自分でもずるいと思う。
聴き手の思い出をお借りして、泣かせにかかろうとしているのだから。
しかし、映画音楽には素敵な曲がとても多い。
特にニューシネマパラダイスや、ショーシャンクの空に、サウンドオブミュージック、ドクトルジバゴのラーラのテーマ、トップハットなどなど、、、
なつかしさや、ストーリー、曲自体の完成度。
その映画を見たときの思い出。
その全てをお借りして泣かせにかかる。
しかしこれは最強の武器のように見えても諸刃の剣だ。
弾き手である私の力が不足していれば、それだけで興醒めしてしまうからだ。
お金を払って聴きにきてくださっているお客様からすれば、これほど覚めてしまうことはない。
演奏前はここがいちばん不安だった。
ほんとに感動してくれるだろうか。
自分はやりきれるだろうか。
でも、よかった。
みんな楽しんでくれてるみたいだ。
みんながいろんな表情で感動してくれているのをみると音楽をやってきてよかったと思う。
音楽には人を感動させる力がある。
自分は小手先の技術を習得することに固執して、根本のところを忘れていたみたいだ。
なんで、吹奏楽でサックスをはじめたのか。
私自身も感動したからだ。
なんでピアノを始めたのか。
私自身が感動したからだ。
私は音楽で生きていこう。
そう心から思えた。
やっと息ができる。
ひとつなぎの映画音楽メドレーを弾ききってMCに移る。
「私自身もね、弾きながら感動しちゃったりなんかしてちょっと譜面が見えないこともあったんですけどね。」
客席からは、よかったぞー!や、頑張れー!といった声が上がる。
ライブ感ってこういうところがいいんだよね。
「それではね、続いての曲で最後の曲でございます。この曲聞いてわかりますかね?」
最後のセクションのMCを始めると同時にジャズのスタンダードナンバー、take5のイントロを弾き始める。
「私こういうの憧れてたんですよ、スタンドマイクで喋りながら、弾語りっぽく、BGMで次の曲のイントロ始まるやつ。」
ええぞー!という声が聞こえる。
「ね!いいでしょ!
かっこいいですよね、この曲。」
ヒロ様かっこいい〜といった黄色い声も聞こえる。
「ね、かっこいいのは曲の方なんですけども。」
客あしらいとスカシで客席からは小さくない笑いが起こる。
「それでは聞いてください、take5」
この曲は、私の中でも、決め球に分類される。
サックスを吹いていたときも、ことあるごとに演奏して、難を逃れたことが何度もある。
危うさや、ピアノアドリブ、どこをとっても美味しくてかっこいい。
しかもミスがミスに聞こえないのもこの曲が優秀なところだ。
なんでも、「っぽく」してくれる。
そのあとは続けて「枯葉」「moon river」「swingしなけりゃ意味がない。」でセクションを締める。
「それではみなさん、本日はありがとうございました!」
お礼の一言を述べ、ステージを去る。
もちろんアンコールは用意しているが、しばらく間を開けるのがポイントだ。
だいたい鳴り止まない拍手でアンコールを促されるのだが、拍手が止んでしまった。
しかし、これも演出だ。
慌ててステージに出て、一言言う。
「こう言うときにはアンコールするもんなんだよ!」
客席から、本日1番の爆笑が起こる。
前もって常連さんに、言い含めておいた甲斐があった。
「それじゃね、気を取り直して。」
アンコールはクラシックメインの三曲だ。
お送りするのは、ショパンの黒鍵のエチュードから、ガーシュウィンのサマータイム、リストのラ・カンパネラ。
サマータイムは、哀愁のある曲調と静かな雰囲気が冬の入り口となぜかマッチするような気がしてどうしても入れたかった。
ここでメンバー紹介として、オーナーと自分のことをチョロチョロっと喋って一掴みしておいた。
カンパネラに関しては、普段の演奏人気からどうしても外すことは考えられなかった。
ピアノ映えするし、締めにちょうどいいし、どうしてもね。
「本日はお越しくださいましてありがとうございます。
またの機会がございましたら、どうかまたお越しくださいませ。
またお会いできるのを、楽しみにしております。」
この一言で第一部を締めて終わりとした。
入れ替え制なのでお客さんも荷物をまとめてお帰りになられる。
いろんなお客さんからプレゼントなんかもらっちゃったりして、テンション爆上がりだった。
演奏に集中して全然気づいてなかったけど、ステージの周りが花で埋め尽くされており、いろんなお客さんからのプレゼントだった。
お客さんから愛されてることを実感してまた涙が出そうになる。
それをバレて常連さんにいじられるのも、また幸せだ。
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