第43話 あの日のこと。
時間というものは、思うより早くすぎるもので。
まだ1ヶ月あると思っていたら、もう1ヶ月。
今日の本番は2時間×2ステージ。
観客は完全入れ替え制でチケット購入でもれなく2時間の飲み放題付き。
銀座で2時間飲み放題生演奏付きで1万〜8千円ってまぁまぁ安いらしい。
ってことで、売れに売れた。
このライブ一日のチケット代のみの売り上げが完売で180万。
元々の契約では、そのチケット売り上げの10%が、会場使用料で、それにオーナーの人件費や物販(CD)作成費などその他諸々の経費を加えて、オーナーにお支払いするという形だ。
ざっくり、50万といったところか。
残りの130万が懐に入ってくるというのはかなり大きい。
ありがたくピアノ貯金にまわさせていただく。
引っ越すことが決まっている次の部屋にはピアノを置くことができるスペースもあり、収益化した動画共有サイトも順調に登録者数が伸びており、どうにかこうにか、グランドピアノ(1200万円)の目処がつきそうである。
未成年なのに1200万円の買い物……。
でも1200万円のピアノ買うならいよいよ将来を決めなきゃいけないよなぁ。
買うならやるし、買わないならやらない。
正直自分の道を自分でハンドリングできてないと感じることが最近増えてきた。
自分は何をしたいのか。
自分は何者なのか、そして、何者になりたいのか。
自分の人生、興味ある?
自分でケツ拭いて生きていくんだよ?
責任、とれる?
そういえばこの前、部屋の前でばったり遭遇した
ストーカーの人にも聞いちゃった。
「私の人生の責任とってくれますか?」って。
そしたらストーカーの人腰抜かしちゃって。
何か怖かったのかな?
その人見て、私はすこしほっとしたんだよね。
全部この人が決めてくれるんだ、もう何も自分で決めなくていいんだ、これから楽だなぁって。
なんでこんなに練習してるのに、ぜんぜん上手くならないんだろうとか、自分ではぜんぜん上手いとも思ってないのに、けど周りは私のピアノを褒めそやすし、そんなのから全部この人が解放してくれるんだと思った。
結局その人はなんの責任も取ってくれなくて、逃げちゃったんだよね。
あーあ、また自分で決めなくちゃいけないのか。
仕方ないよね、私の人生だから。
そのあと、普通に家に入ろうかと思ったのだが、今、あの人どこから沸いた??
エレベーター横の非常階段のドアから出てこなかった?
どこに逃げた?
上登って行った?
いやいやいやいや。
怖っ!!!!!!
えっ、部屋の鍵開いてる……。
もしかして中入った?
まだ中に人いる?
えっえっえっ、
なにこれ。
また?
逃げられないってこと?
もしかしておんなじ人?
どうしよ、どうしよ、ってなって、とりあえず、非常階段駆け下りて、パニクって、匿ってもらわなきゃって思ったのかな。
タクシー捕まえて、とりあえず知ってるホテルの名前出して連れてってもらったのが今住んでるホテル。
コンシェルジュさんが色々落ち着かせてくれて、アドバイスもらって、警察呼んだら話どんどん大きくなって、両親とかが血相変えて田舎から遠いのに車飛ばして迎えにきてくれて。
もちろん叔父さんもオーナーも来てくれて。
2人とも夜遅いのに車かっ飛ばして。
落ち着いてきた時に聞いたんだけど、
私が今泊まってるこの部屋、一泊7万なんだってね。
どうりで居心地いいわけですわ。
ご飯もうまいし。
すぐ出ますって言おうと思ったら、なんかええ具合にオトンとホテルと弁護士の間で話まとまった。
近々100万入るから、自分で払えるよ…?
払いたくはないけど…。
と、まぁ、これが事の顛末で。
そういうの考えたら、自分の身は自分で守んなきゃいけないわけだから、早いうちに道を固めて、大きい力で守ってもらうっていうのもありなのかなって思うわけです。
せっかく、欲しいっていってくれてる大きいところがあるわけですから。
誰がどっからか私の連絡先漏らしたのかわかんないけど、そういうお話は来てるんですよ。
踏ん切りがつかなかったけど、今日の初ライブの結果如何ではプロ転向もありかなと。
私が下手なのは、上手くなればいい話だし。
頑張って練習するから。うまくなるから。
私は私が思うような音楽をやればいい話だし。
ちょっと本気で考えてみようかな。
プロ音楽家。
何より音楽家っていう肩書がかっこいいのが大きい。
ちょっと俗っぽいけどさ。
肩書のかっこよさって大事だと思うわけ。
なんか、考えたらスッキリしてきた。
もやが晴れてきたような。
まぁ、本決まりではないけど、色々と自分なりに情報を集めてみよう。
今日はとりあえず本番。
スッキリしたからきっと演奏もスッキリしてるはずだ。
会場を覗いてみると超満員。
ぎっちりぎちぎちに観客がひしめき合ってる。
今か今かと私を待つ会場の空気はざわめきつつも、期待と緊張に満たされており、いい具合に張り詰めている。
私は結局この空気が好きだ。
何人たりとも私の邪魔をできない、すべての責任を否応なしに私に押し付けてくる、この空気がどうしようもなく嫌いなのに、大好きだ。
だって自らこの空気の中に飛び込んでいって、自分で気持ちよくなって、大満足して帰るのだから。
大嫌いなくせに大好きという、二律背反を心に含んだ私自身のことを、きっと私は愛している。
きっと嫌いになれないのだ、この空気を。
心の奥で望んでいるのだ、この空気を。
なんとも天邪鬼で、なんとも度し難い精神構造をしている私自身に辟易する。
さっきまで嫌いだったのに、いまはもう大好き。
そんな自分が愛おしい。
「さて、行きますか。」
大嫌いで大好きな空気の中に飛び込んでいく。
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