第34話 学園祭最終日。



「吉弘くんは、ほんっとーにすごい!!!!!」




「うん、ありがとうね。」




私の家で、実季先輩とサシで飲んでいる。


正式にいうと、飲んでいるのは実季先輩だけだが。






我が家に来る途中にコンビニで買った酒瓶を片手に、さっきからずっと褒めてくれている。


褒めるにしても、今の先輩には語彙力が2しかないので、すごいとしか言ってくれない。




最初の方は冷凍庫の中の常備菜を解凍しておつまみとして提供していたが、だんだんともったいなく感じてしまい、適当な奴を適当に作りつまみとしている。

出来立てなので、先輩はうまいうまいと言いながらぱくついていて、今は酒をひたすらに煽っている。




時刻はもうそろそろ、外が明るみ始めるのではなかろうかという午前4時。




いよいよ眠気に抗えそうにない。






先輩はさっきからずっと独り言を言っている。


相槌がいよいよ適当でもわからなくなって来ているようだ。






「風呂いこ。」




独り言をぶつくさいう、先輩を1人残し、自分は風呂に入る。






風呂で体を洗い、湯船に浸かる。




そこで緊張の糸が切れたのだろう。


手が震え出した。






「緊張したけど、気持ちよかったなぁ…。」




緊張は嫌いではない。


心臓はどくどくするし、頭はクラクラする。

足先が冷えてきて、手先が震える。


でも、ある程度を超えたり、糖分がしっかり脳に浸透すると不思議とシャキッとする。



その緊張と戦って、緊張の根元を取り去った時の達成感は何事にも変えがたい。

私は緊張すればするほど興奮してくる。

静かに闘志が燃えてくる。



ゴルフのときもそう。

少しだけやっていた競技ゴルフ。

優勝がかかった3mのパットは自分の記憶にある限り外したことはない。

最後までもつれ込んだこともそんなにないけど。



書道の段位がかかった試験の、毛筆を半紙に下ろすあの瞬間の緊張感も今でも忘れられない。




その全てが気持ち良い。






「私ってちょっとマゾ気質でもあるのかなぁ…。」






湯船でボーッとすると、のぼせそうになってきたのであがる。


いつも通りパジャマに着替えて寝室に入り、お気に入りのテンピュールのベッドに飛び込む。












そして、昨日は夜更かししたので、ゆっくりと起床し、朝ごはんを軽くつまもうと思ってリビングに入るとこの惨劇。




だんだんと昨夜の記憶が鮮明になってきた。






完全に先輩の存在を失念して、脱衣所から寝室に直行したのだった。








「せ、先輩…。」




先輩は、空の日本酒の一升瓶を抱えて気持ちよさそうに寝ている。






普通ならドン引きするところだが、小柄で可愛らしい先輩がそうしていると、可愛く見えてくるものなのだな、という的外れな感想を思い浮かべる。






「先輩…先輩!」




「んぁ?…んあっ!?!?!?」




「先輩、朝です。」






「なんで!?えっ??あれっ!?!?!」




「昨日先輩はうちで酒を飲み散らかし、途中で寝てしまったので、そのままにしておきました。」






「大変申し訳ありません…。」




「とりあえずお風呂入ります?


服もうちの洗濯機、乾燥ついてるんで服乾きますよ。」




「よ、よろしいですか…?」




「はいかしこまりました。」






「すいません本当に…。」




「服適当に洗濯機に入れて、ネットも洗濯機のとこにたくさんありますんで、好きに使ってください。


入れといてくれたらこっちでスイッチ押しますんで。」




「ありがとうございます…。」






先輩が恥ずかしそうにそそくさとお風呂に入っていった。


ガチャリという、浴室の鍵が閉まる音がしたので、洗濯機のスイッチを入れに行く。


最近の洗濯機は洗剤も自動投入なので、便利この上ない。






乾燥までしっかりとコースの設定をして、ついでに髪型もざっくりセットして、部屋着に着替えてリビングに戻る。






昨日から片付けていない洗い物を片付けなくてはならない。






「よっしゃ…やりますか…。」




酒瓶はビニール袋に入れてベランダに出し、生ゴミも分別して二重にビニール袋に入れて、汁が漏れないようにしてベランダの燃やすゴミ袋に突っ込む。






食器はとりあえずシンクの桶につけて、散乱したゴミを片付け、テーブルを拭き、ラグにコロコロローラーをかける。






そこまでしたところで、食器を洗い始め、乾燥台に乗せていく。






「吉弘くーん!」




「はーい。」




お風呂場の脱衣所の前まで行く。




「どうしました?」




「洗濯終わってない!着るものない!どうしよ!」




「壁に洗い立てのバスローブかかってるんで、羽織って、反対側のドアの方に行くと寝室なんでゆっくり寝てていいですよ。」




「そんな!悪いよ!」




「まぁまぁ、ゆっくりしててくださいよ。」




「ど、ドライヤー…。」




「洗面台のところにかかってるの使ってくださーい。」




「ほんっとうに何から何まですみません…。」






「まぁゆっくりしててくださいな。多分あと2時間くらいで終わるんで、それくらいゆっくり寝ててください。」






「ありがとうございます…。」






先輩を片付けたところで、食器洗いの続きをこなす。




食器を洗い終えたところで、コーヒーを淹れボーッとする。






ふと思い出して、スマホを開くと幸祐里やひなちゃんをはじめとした、友人たちからそこそこの連絡が来ていた。




中でも幸祐里は


自分がファン1号であることを頑なに主張する連絡が来ており、思わず笑みがこぼれてしまった。




ひなちゃんに関しては純度100%混じり気なしの、手放しで称賛に次ぐ称賛の連絡が来ており、嬉しくて返答に困ってしまった。






みんなに連絡を返していると、スマホに洗濯乾燥が終わった連絡が来る。




「いつも、時代の変化には驚かされるなぁ。」




先輩のスマホに洗濯終わりましたという連絡をしてすぐに先輩が服を着替えて出てきた。




徐に膝をつき、こちらに頭を下げる。




「お世話になりました…


何から何までご迷惑おかけしまして…。」




「やめてくださいよ先輩!!!




そんなそんな!!!」




そんなやりとりがあった中、お腹が減ったので


先輩の分もお昼ご飯を出してあげた。






「てかさぁ、吉弘くんち立派すぎない?


大学生の一人暮らしでしょ?」




「まぁ、立派だとは思うけど、私学費払ってないんでその分って感じですかね。」




「なるほどねぇ。仕送りとかもらってるの?」




「いえ、家賃だけです。」




「すごいね、本当に!」




「でも学費払わないといけなくなったら終わるんで勉強がんばります。」




「そうね。


そういえば、昨日の演奏の音源あるけどいる?」




「あ!要ります!」




「じゃあ吉弘くんの分までもらっておくわね。」




「ありがとうございます!」




「じゃあ、お邪魔しすぎちゃったので帰るわね。


ご飯もお風呂も洗濯もありがとう。ほんとに。


ご飯美味しかった。」




「はい、また食べに来てくださいね!」 




「そんな簡単に女の子家に入れるもんじゃないわよ?」




「この家に入ってきたの家族以外の人だと先輩しかいませんよ?」




「…ッ!


ともかく。


あんまりハメはずしすぎないように。


私みたいな子増えちゃうから!」






「???はい。わかりました。」




先輩が言ってる意味がよくわからないが、とりあえず同意しておいた。




「わかればよろしい!」




「はい!」




「じゃあね!」




「はい、またきてくださいねー!」




先輩が家を出て行ったので、お昼ご飯の食器を片付けて、出かける準備をする。




今日は少し寒いのでニットスタイル。


今年はタートルネックの気分なので、タートルネックのニットばかり揃えているような…。


中でもピアノバーのお客さんからプレゼントとしていただいた、とってもお気に入りのスメドレーのハイゲージニットをチョイスする。色はダークブラウンです。

最近はファン?の人から良くプレゼントをもらうようになった。

服のプレゼントはかなりありがたく、もらった服でステージに上がるようになると、服のプレゼントばかりになった。

たまに食品とか。

手作りはご遠慮しております。



パンツは細すぎず太すぎない、動きやすいものが好きなので、アクネのデニムパンツだ。

アウターは毎度のことながらロングコート。

これは比翼仕立てのロングコートで、色はブラック。

バックサテンという生地らしく、色の出方とシルエットが気に入っている。

生地の落ち感?がいいというらしい。




今日は幸祐里と2人で学園祭を回る。

午前のやり取りで1時半に北門集合となった。








「おまたせー。」




「おおっ、吉弘!


昨日の演奏凄かったな!!」


今日は10分前に着くように家を出たのだが、幸祐里はすでに待っていた。


余談ではあるが、幸祐里は遠くから見てもわかるくらいスタイルがめちゃくちゃ良い。




褒めると調子にのるので絶対に言わないが、


女性にしては少し背が高く、出るとこは出て、へっこむところはキュッとへっこんでいる。


そして顔がめちゃくちゃ小さい。


いわゆる抜群のプロポーションというやつですね。






そして顔立ちも、少し猫目がちではあるが

かなり人気は高いし、私自身もとても整っている顔をしているなと思う。

ちなみに猫目の人、超好き、私。



おそらく、その人気は我が大学の五指には確実に入るであろう。






そんな彼女が私を待って北門で待っている。


今日はなんとなく歩きたい気分だったので歩いてきている。自転車を駐輪場に止めに行くのも少し億劫だった。






「ありがとう。


もしかして待たせちゃった?」




「ううん、今きたとこ。」




「よかった。じゃあ行こうか。」




「ん!」




「ん?」




「ん!!!!」






「あぁ、はい。」






「ん。」




幸祐里が手を差し出して主張していたので、

この前のやりとりを思い出したので、手を握って差し上げる。




普通に握ったのだが、これでは面白くないので、いわゆる恋人つなぎにしてみると、幸祐里の肩がピクッと動いた。




幸祐里もまさかそんなことをされると思ってなかったのだろう。




ちなみにこちらも、恋人つなぎなんて意識しているもんだから、相当恥ずかしい。




そして、外野もざわついている。

そうだろうそうだろう。


こんな美人を引き連れて、手なんか繋いでりゃ否が応でも有名になるってもんだ。






最初こそ2人してロボットのようなぎこちない動きだったが、そこはやはり私と幸祐里。


すぐに恋人つなぎのことなんか忘れて大いにはしゃぎました。






いろんな出店を回り、もうお腹はパンパンだ。




夜も更けはじめて、だんだんと後夜祭の色合いが強くなってきました。




「今日は楽しかったよ。ありがとう。」




「こちらこそ。


…。ねぇ、ひとつ聞きたいの。」




「?なに?」


ここで少しぎくっとした。


答えにくい質問がきたら嫌だなと。




「……吉弘は、プロになるの?」




一瞬、問いかけられている意味がわからなかった。


「プロ?なんの?」




「えっ、ピアノ。」




「まさか!


そんなの、私以上に上手い人なんてゴロゴロいるし


プロになったってご飯食べていけないよ。」




「そ、そうなの?」




「いや、本気でそういうの考えたことないからわかんない。


でも、今のところプロになるのは考えてないかなぁ。」




「そうなんだ…。


吉弘の演奏ならすぐプロになれそうだけどなぁ。」




「そんな甘い世界じゃないよ、多分。


プロの世界って。」




「そうなの?」




「あんまりおおっぴらにしてないけど、お姉ちゃんがプロゴルファーなんだよね。


だから余計に、ジャンルは違えど、プロの世界の難しさを知るというか。」




「あー、なるほど。」




「アスリートでしかもゴルフとなると、スポンサーもついてて、勝ち続ける限りご飯が食べれなくなるってことはないけど、音楽家はスポンサーがねぇ…。」




「たしかに。」






「そういうわけで今はプロになることを考えてません!」




「かしこまりました!」




プロを考えてないと伝えると、少しホッとした顔をしていたのがなぜか印象に残った。






「じゃあ、時間も時間だしそろそろ帰りますか!」




「名残惜しいけどね。」




名残惜しそうな顔をした幸祐里を四谷の駅まで送り届ける。






解散して、プロになるかならないか問いかけられたことを思い出し、思索を巡らせる。






「プロなぁ。


音楽は好きなんだけど、それでご飯を食べていくっていうのがなぁ。」






色々と考えを整理しきれないまま、家につき、眠りについた。


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