第17話 さらなる高みへ。



そうだ、ウィーンに行こう。






突然思い立った。


今自分が抱えている大曲、ラ・カンパネラや鬼火をさらに高い次元に持っていくためには、経験が必要だ。


CDやネット動画だけじゃなくて、作曲者のリストが活躍したヨーロッパに行く必要がある。




いや、必要はないのだが、行きたいと思ってしまった。


ウィーンをえらんだのは、自分の中で音楽の都というイメージが強いからだ。


チェコのプラハも音楽の都感が強い。




でもウィーンに行きたい!


一人でもいいけど、旅は道連れ世は情けという言葉もあるので友達に連絡してみよう。






まずは実季先輩!


すぐ答えが欲しいから電話だ!




『もしもし?お疲れ様です!実季先輩ですか?』




『お疲れー。どうしたの?突然電話なんか。』

実季先輩は1コールで出てくれた。いい人だ。



『実はウィーンに行くんですけど一緒に行きませんか?』




『えっ!?どうして!?えっ、いつ?』




『実はカクカクシカジカで』

ウィーンに行きたいと思った理由、自分の思いのたけを素直にぶつける。



『なるほどねぇ。私としてはすっごい一緒に行きたいんだけどなぁ。音研の演奏旅行で、9月は2週間くらいニューヨークに行ってるのよ…。』




音研とは音楽研究会のことである。

なるほど、ニューヨークに行っているのなら仕方ない。


他の人を誘おう。




『そうなんですね…。残念です。


じゃあ他の人誘うことにします…。』




『ほっ、他の人!?それって女!?』




『えっ、そうですけど。』


頭の中に浮かんで会えるのは弓削幸祐里ゆげさゆりだ。




『ぐぎぎ…、でも仕方ないわね。


浮気したら許さないから!!』




『浮気もなにも付き合ってませんし。


そんなこと言ってたら彼氏さんに怒られますよ!』






『彼氏なんかいないわよ!こんな音楽バカに付き合える男なんかいるわけないでしょ!』




『そんなそんな!実季先輩かわいいですしモテモテだと思ってました!


自分だったらほっとかないのになぁ。』






『……あんた、相当モテるでしょ。』




『いえ?全く。』




『女たらし!バカ!ヘンタイ!』




『言われのなき中傷!!!』

予想外の中傷被害にあってしまった。

これには法的手段もいとわない。



『まぁ、それは置いといて、ウィーン楽しんできてね!帰国したら真っ先にピアノ聞きに行くから!』




『首を長くしてお待ちしております。』




『はーい!』




やはり実季先輩はパワフルでチャーミングだ。




よし、気を取り直して次!次!




『もしもし幸祐里?』




『はいはい、吉弘?』

幸祐里は3コールくらい?

普通だった。



『来週から2週間くらいあいてる?』




『うん、空いてる。』




『お金20万くらいある?』




『うーん、ギリギリある。』




『パスポート持ってる?』




『持ってる。』




『じゃあ2週間分のお泊まりセットと、パスポートと、20万持って、夜11時ごろ家の前ついたら連絡するから出てきて。お化粧はしてないほうがいいかも。』




『えっ。詳しい説明なし!?しかも夜!?』




『いるの?』




『いらない。』


幸祐里は笑いながら言った。

中々にサイコなやつだと思う。

友達の中でもトップクラスにサイコだ。






『じゃそういうことで!』




『了解!』












そしてやってきた約束の日。


車で、阿佐ヶ谷の幸祐里の家に向かう。






実家のマンションの車止めに車を止め、ラインする。するとすぐに出てきたので声をかけた。




「おはよう!」


「夜だよ!」


「じゃ荷物積んじゃおうか。」


「うい。」




SUV車なので、荷室は沢山ある。


すでに自分の大きなスーツケースは積んであったが、幸祐里のスーツケースを積んでもさらにまだまだ余裕がある。






「じゃ行きましょう。」


「どこに?」

2週間分の荷物を用意させられて今から行き先を聞く幸祐里。



「とりあえず羽田!」


「やっぱり海外かぁ…。」


「パスポートいるくらいだもんね。」


「そうだよ。」


「しかも場所教えられてなかったから荷造り大変だったよ。」


「そこはほら、例の深夜番組方式でね?」


「なるほど。」




もともと幸祐里と仲良くなったのは、例の深夜番組、つまり北海道から一気に全国区まで広がったあの伝説のお化け番組の話題で盛り上がったことに起因する。




「では、行き先の発表をお願いします!」

幸祐里がメイン出演者のごとく発表を促す。



「行き先は、音楽の都!」

私も興が乗ってきてもう一人の出演者のごとく

行き先を発表する。



「おぉっ!!」




「ヨーロッパ!!!」




「おぉっ!!!!!」




「オーストリアはウィーンでございます!!!!」




「おぉーーー!!!!」




「ウィーンといえばかの大作曲家、リストが活躍した地としても有名でございますし、かつてはオーストリア=ハンガリー帝国の首都でもございましたから。それはそれは音楽と美食の町でございます。」




「いやいやいやいや、こーれは、楽しみでございますなぁ!!!。」




「それでは!音楽と美食の街に!」




「行きましょう!!!!」




と、このような茶番をしていたら羽田空港に着いた。




「あ、お金渡しとくね。」




「あ、どうもどうも。これ航空チケットです。」




「あ、どうもありがとうございます。


あれ、直行便なの?」




「そうそう。今年の2月から就航したの。」




「へぇー、便利。しかも夜行便なんだ。」




「そう。直行便があるからウィーンにしたって言うのもある。」




「まぁ楽だしね。」




そのあとは羽田空港で夜ごはんを食べて、飛行機に乗り込んだ。




「それでは、長い空の旅、楽しみましょう!」


例の番組の出演者の出演者兼事務所の社長っぽく言うと


「よぉ〜し。待ってろぉ〜?


す〜ぐ行ってやるからなぁ〜?」


と、言葉がすぐ返ってくる。

こういうところが素晴らしい。






機内では持ち込んだポータブルブルーレイプレーヤーで地球を救うためにスペースシャトルで隕石に近づいてぶっ壊す映画を見た。




幸祐里は号泣していた。




私は眠くなったので途中で寝たのだが、幸祐里は3回見て3回とも大号泣したらしい。


途中で、機内エンターテインメントのパンを盗んだ青年のミュージカル映画も見て大号泣し、CAさんに心配されていた。






「そして着きました!音楽の都、ウィーン!!!




時刻は朝6時!」






「おぉーっ。」




「幸祐里さん、寝てません!」




「いやね、僕は寝たかったんだけど、映画が良すぎたって言うのもあってね?」




「体力はほぼゼロです。」




「僕が映画を見て感動してるって言うのに、このヒゲは早々に眠りについてた。


挙げ句の果てに僕の方に寄りかかって熟睡してやがる。もうぶん殴ってやろうかと思いましたよぉ。」

ちなみに私はひげを生やしていない。

つるつるお肌である。



「おっ、やるか?」




「望むところだ馬鹿野郎!」




なんて茶番につきあってると、アプリ手配したタクシーがホテルまでつれてきてくれた。




「じゃチェックインして、ちょっとゆっくりして、出ようか!」




「うん!


あれ、まだ朝だけど大丈夫なの?」




「ちゃんと伝えてますんで大丈夫です!」




泊まるホテルは国立オペラ座やシュテファン寺院からも近く、地下鉄カールスプラッツ駅まで徒歩1分と言う好立地の、町歩きに丁度いいホテルだ。






「え、外観めっちゃ素敵。一階カフェだし。」



「最高でしょ?」



「控えめに言って神。」



「あとでザッハトルテ食べに行こうね!」



「近い?」



「めちゃ近い。」



「最高。」




チェックインしたところでポーターさんに荷物を預け、部屋まで案内してもらう。




部屋はスイートだった。

しかもグランドピアノがある。




そう、このホテルはオペラ座に極めて近いということもあり、音楽関係者も非常によく泊まるホテルで、全室防音処理がされており、スイートルームには部屋にピアノがある。


姉のスポンサーを務めてくれている大手航空会社のコネで非常に安く泊まれたのは秘密である。

ちなみに行きの飛行機もそのコネでとってもらった。

青い飛行機様様である。



「すごい!!!グランドピアノがある!!!」


「おぉー!」


「あれ、これ航空券含めて一人20万で足りる…?」


「足りた。」


「いや、足りないでし


「足りた!!!」



しばしの沈黙。

見つめあう二人。



「いやt


「足りたの!!!!!!」




「はい。」




「えらいね。物分かりが良い子は嫌いじゃないよ?」






「いやでも


「足りたから!!!ね????


足りたの。これ以上はいいね?」




「はい。」




「じゃ準備しよっか。」




「うん!


ありがとね?」




「ん?


私はピアノ弾いとくから。」




「はーい。」






幸祐里は洗面所の方に向かったので、自分はリビングに鎮座するグランドピアノに正対して着座する。


メーカーはヤマハのコンサートピアノで、よく手入れがされている。






持ってきていたiPadで、適当な楽譜を探して、暇つぶしの手慰みで弾く。



「あー、きもちいー。」

ピアノの心地よい音が耳朶をたたく。

そういえば自分が好きに引いていいグランドピアノは初めてかもしれない。



30分くらい弾いていただろうか。


幸祐里から声がかかる。




「お待たせー!


洗面所もお風呂もめっちゃ綺麗でアメニティすごかった!!!」




「あ、お風呂も入ったの?」




「うん、なんかベタついてたし。」




「じゃ、ちょっと俺もシャワー浴びよう。」




「はーい。じゃ荷ほどきして出かけられるようにしとくね。」




「ありがとうございます。」




私も軽くシャワーを浴びて、身だしなみを整えたところで、着替えを持ってきてないことに気づく。


バスローブを羽織って、寝室に向かう。




「すいません、こんな格好で。」




「ほんとだよ。」


幸祐里は笑いながら言う。






着替えを持って、洗面所に帰り、身だしなみを整えて再登場する。






「お待たせ!」


「おぉー!」

幸祐里から歓声が上がる。

「何?」




「なんかオシャレ。」




「そう?日本の時と同じ服よ。」




「ヨーロッパで見るからかもしれない。」




「確かに。」




「じゃあ行きますか!」


「賛成!」






このあと、ザッハトルテ発祥の地と呼ばれるホテルでザッハトルテを食べ、近所のスーパーで必要と思われる諸々を買い込み部屋に戻った。

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