第16話 ゴルフの日
「ヨシ、来週コンペ出られるか?」
レッスン帰りに、自分が講師を務めるこの銀座にあるゴルフバーのオーナーを務める叔父さんから突然話を振られた。
「来週のいつ?」
「日曜日。」
「まぁ大学は休みだから良いよ。」
いくらなんでも急すぎるだろと思いつつも休みなので快諾する。
ほんとはピアノひきたいけど。
「じゃ参加で。」
「うい。」
ということで、コンペの前日に叔父さんの店に寄って、車を家に持っていく。
「よし、じゃあ明日の準備するか。」
小学生の頃から、準備はできる限り前日にやる派の人間なので、
私はなんでも前日のうちにやってしまう癖がある。
「キャディバッグと、着替えと…」
真夏のゴルフなので、着替えは多めに持っていく必要がある。
また、熱中症対策を怠ってはいけない。
ゴルフ場までは車で行くので、その道中凍らせたドリンクを買い込んでいくことにする。
ゴルフ場のドリンクは自販機も高いから。
店のコンペなので、万が一のために他の人のケアもできるレベルで持っていく必要がある。
「水、スポドリは行く途中に買うから…。
よし、完璧。」
準備をしっかりしたところで、いつもより早めに就寝し、明日に備える。
そして、コンペ当日。
朝四時にスマホのアラームがなり、起きる。
外はまだ暗い。
感とのゴルフ場は遠い山奥にあるのでこの時間に起きる必要がある。
シャワーを浴び、身だしなみを整えたところで、持参物を持って車に向かう。
今日のコンペのゴルフ場は栃木の山奥だ。
車の中では自分が引いているピアノの曲を流している。
とにかく耳を鍛えて、ピアノから離れている時間はできるだけ削りたい。
行きがけに、ゴルフ場に一番近いコンビニでアクエリアスの凍らせたやつを20本ほど買う。
クーラーボックスは叔父さんが毎回持ってきているので問題ないだろう。
「おはようございまーす。」
「おっ、来た来た。藤原プロ。」
「それは姉です。」
集合時間にはかなり余裕を持って到着したつもりだったが、すでに何人かは到着していた。
「藤原先生、今日も優勝狙いですか?」
何度か言葉を交わしたことがある、生徒さんから声をかけられる。
「いや、流石に厳しいでしょう。」
本当はごりごりに優勝するつもりで来ているがそこは隠して穏便な答えを返しておく。
「前回優勝の藤原さんなら余裕でしょ!」
そんなことを言うのは講師仲間の滝さん。
レッスンプロ歴が長く、わかりやすい理論と独特のしゃべり口で人気の講師だ。
「そんなことないですよ、皆さんお上手ですから。」
「ヨシが言うと嫌味だよな。」
「オーナー。」
オーナーである叔父さんがにやにやしながらやってきた。
「まぁみんな頑張ってくれや。
一位にはちゃんと賞品も用意してある。」
「「「おぉ!」」」
「一位が生徒さんだった場合、1ヶ月レッスン代そのままで通い放題!」
「「「「おぉー!」」」
「一位が講師だった場合、ボーナスの査定アップ!」
これはデカい。
サラリーマン講師が一番欲しいものかもしれない。ボーナス査定。
「「「「おぉー!!!!!」」」
「なかなか頑張りましたね。」
「これはやりがいがある!」
「素晴らしい!!!」
ちなみに、生徒さんにはそれぞれレベルにあったハンデが付いており、講師は一律ハンデなしとなっているため、生徒さんが優勝する可能性はかなりある。
参加者の方々からは次々に賛同の声が上がった。
弊社はボーナスが、特に冬のボーナスの額が、なかなか大きいため、査定アップ確約は自分以外の講師にとってもかなり嬉しいだろう。
生徒さんからしても、うちのレッスン代はなかなかに高額なので嬉しいと思う。
うちのレッスンで1か月通い放題コースは設けていないが、もし1か月通い放題で通学した場合とんでもない金額になるのは間違いない。
バイト講師の自分でも一応はちゃんとした社員であり、夏は寸志が支給されたので、是非とも頑張りたいところだ。
参加者のみんなが集まったところで
第一ホール。
開会式のようなものを行う。
「それでは、ゴルフコンペをスタートします!!」
叔父さんの開会宣言でコンペがスタートした。
そして時は過ぎ、最終ホール。
自分は10番ホールからスタートしたので、この9番ホールがラストだ。
この9番ホールが鬼門で、おそらく今日のコースの中で一番難しい。
距離も500ヤード越えで、グリーンは池に三方を囲まれており、コース自体が大きく左方向にうねっているため攻め方に悩む。
飛距離とコントロールに自信がある人は、コースの真ん中にある、グリーン周りまでつながっている大きな池の、さらに真ん中にポツンと浮かぶ小島に落として、そこからグリーンを狙う人もいる。
自分はもちろん真ん中の小島狙いだ。
講師としてそこは譲らない。
魅せるゴルフをやっていきたい。
ここまで2アンダーペースで回ってきているため、ここでイーグルが取れればおそらくトップだ。
聞いてみると、今日はまだこのホールでイーグルはでていない。
「藤原さん第一打でーす。」
キャディさんが声をかけて、同じ組の人に注意を促す。
構えて、集中力を上げていく。
中の小島に向かってドライバーのフルショット。
向かい風なので315ヤードくらいを狙って丁度良い。
カキン!という小気味良い音をドライバーがあげる。手に嫌な感触は残っていない。
いつも通りのフィニッシュを取る。
「ナイッショ!」
「ナイスショットでーす!!!」
「おぉー!!!」
同じ組の人が簡単な声を上げて初めて集中が切れた。
「いや、島に乗りそうで良かったです。」
おそらく乗るどころか島を通りすぎる心配をした方が良かったほど飛んだ。
「さすがは藤原先生!」
「いいもの見せてもらいました!」
口々に、お褒めの言葉をいただく。
「やっぱりお上手ですね!」
とキャディーさんが言ってくれたが
「でしょう!」
と、同行メンバーの人が胸を張っており、まるで自分のことを褒められたかのように誇らしげだ。
ボールは島の端っこのフェアウェイにしっかりと残っていた。
レーザーサイトでピンまでの距離を測ってみるとちょうど190ヤード。
「藤原さん!狙ってください!」
「いやいや、まだ190ありますから。」
「いや、もしかしたらもしかするんじゃ…」
「藤原さんならありえるな!」
「是非お願いします!」
同じ組の人は無責任にそんなことを言うが、自分としてもここでカップに入ったら最高にかっこいいよなと思いつつ、いつもより念入りに風を読み、距離を図り、クラブを選ぶ。
「190ジャストなら、転がるのも合わせて7番か8番アイアンかな…。
今日は向かい風…7で行こう。」
ピンまで190ヤードで、方向をドンピシャで合わせられればあとは神のみぞ知る領域だ。
もちろん入れるつもりで打つ。
練習通りに、いつも通りに。
呼吸を整えて、構えて、打つ。
会心の一打だったと思う。
あれほど綺麗に狙い通りに打てたのは久しぶりかもしれない。
コースもピンに向かって一直線。
「これは!!」
「もしかするともしかするんじゃないか!?!?」
「今の動画撮りました!」
「おぉっ!」
キャディーさんも含めて5人で見てみると、確かに素晴らしい一打だった。
「藤原さん、先確認しに行きます?」
「いや、多分乗ってるだけだと思うんで大丈夫です。」
「流石だな…。」
「俺たちなら絶対行くよな。」
「行く行く。」
そして、みんなもグリーン周りまで寄ってきたので、ボールを確認しにいく。
するとグリーンにボールが落ちた跡はあるのだが、ボールはグリーン上にない。
「あー、ちょっとオーバーしたのかも知れませんね。」
ちょっと残念だが、それは仕方がない。
それくらい打感が良かった。
飛びすぎてしまったようだ。
池もすぐ近くにあるのでそういうこともある。
「まさか!」
「そんなはずはないですよ!」
「ちゃんと確認しましたか?」
「だってほら、グリーンにありませんし。」
「「「あっ!!!!」」」
自分とは違って真っ先にカップの中身を確認しに行った3人。
「入ってます!
入ってますよ藤原さん!!!!」
「すごい!さすが藤原先生だ!!!」
「チップインアルバトロスですね!!!!」
「えぇ!!!!!
そんなことが!!!!」
たしかに、会心の一打だった。
「まるでサラゼンですね!」
「おぉっ!」
そうだ、このゴルフコースを監修した、伝説の世界的プロゴルファー、故ジーンサラゼンはマスターズトーナメントでアルバトロスを出し、大逆転優勝を飾ったことで有名だ。
このチップインアルバトロスのおかげで、本日のスコアは-5、ファイブアンダーで、ホールアウトすることができた。
同組のメンバーたちとはその話題で持ちきりだったが、いよいよ閉会式だ。
「それでは、結果発表です。
まず3位!生徒さんです!2アンダー、藤田幸宏さん!」
おぉー!というどよめきと、大きな拍手が送られる。
藤田さんは恵比寿店の生徒さんで、ここに来るまでゴルフに触ったこともなかった人だ。
今では立派なゴルフ好きに育ってしまった。
奥さんも娘さんもピクニック気分で見にきているので、楽しんでくれたのなら嬉しい。
「そして第2位!こちらも生徒さんです!
講師陣どうした!
3アンダー、井上由美さん!」
井上さんは田園調布店の生徒さんで、旦那さんと通ってくれている。レディースハンデ+生徒ハンデの力は大きく今回2位につけた。奥さんと同じ組で回った旦那さんは生徒さんの中でもかなり上手い方なのでハンデが少なく、今回惜しくも5位だった。
「栄光の第1位は!!!!!
5アンダー!銀座店!藤原吉弘先生!!!!
相変わらず大人気ないほどのゴルフ!
ちなみに最終ホールではアルバトロス出してます。」
ひときわ大きい歓声に包まれる。
おじさんがシャレで作った優勝者ジャケットを羽織って、表彰台の頂点に立つ。
叔父さんから優勝カップが手渡され、同時にマイクを渡される。
なにか一言ということなのだろう。
「えー、優勝いたしました、銀座店の藤原でございます。
最終ホールまではなかなか振るわず、2アンダーでしたが、
同組のメンバー様生徒様に恵まれまして、ジーンサラゼン様のプレゼントのようなアルバトロスで、三打分スコアを伸ばせました。
練習して、ゴルフを続けていれば、いつかこういうことがあります。
これからもゴルフを楽しみましょう!」
万雷の拍手で賞賛の声を受ける。
なんとも気恥ずかしいが、これはこれで悪くない。
「それでは、銀座店の方で、ささやかではございますが、お食事をご用意しておりますので、ご予定よろしい方は是非ご参加ください。」
叔父さんがそう声をかけて会を締めると、みんな解散していった。
「お前手加減しろよ。」
「いや。最終まではそれなりに加減してたよ。」
「最終ホールアルバトロスって。」
「狙いたくなっちゃって。」
「まぁしょうがねえか。」
「あざーす。」
そのあと銀座店で美味しいご飯を食べて帰宅した。
~~~~~~ゴルフについての補足~~~~~~
ゴルフとは、全18コースを、一つのボールで、できるだけ少ない打数で回るスポーツです。
基準として、全部合わせて72打で回ると、±0。
長い飛距離を飛ばすのもパターで短い距離をこつんと打つのも同じ一打。
ハンデっていうのは実際のボールを打ったからいくつか引いてあげるということです。
吉弘が出した、アルバトロスというのは、そのコースに定められている規定打数から三打少ないということを示しています。
ちなみに、規定打数通りだとパー、一打少ないとバーディー、二打少ないとイーグルです。
一打多いのはボギー、二打多いのはダブルボギーです。
吉弘の出したアルバトロスは、英語圏だとダブルイーグルとか言ったりします。
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