第2話 エルフ、接客する

「ってな感じだ」

「ふむ。粗方は理解したぞえ!」


 研修ルームに設置してある指導用のパチンコ台とデータランプを使って、ホールスタッフの接客の基礎を突貫工事でラピスに仕込む。


「おう!」

「飯にするか」


 ぐぎゅるるる、とちょっとだけ派手な鳴き声がラピスのお腹から聞こえた。

 備え付けの冷蔵庫から、二人分の弁当を取り出す。


 さすがに冷めたままより温かい方がいいだろう。っていう独断で、ラピスの分もレンジに放り込む。


「できたぞ。食え」

「ふーむ、これもまた奇っ怪な装置よのう」


 じろじろとレンジを見つめるラピスを見て、箸よりスプーンとかフォークのが馴染み深いか、と今更なことに思い至った。

 

「あ、八雲野さんとラピスちゃんもお昼!?」

「菜々女も休憩か。真っ当な時間にお前と俺が昼休憩取れるなんて、平日様々だな」

「それに年休支給日前だし、余計にね!」


 閑散とした店内を思い出すと、笑えてくる。いや、実際全然笑えないけど。


「むむ、こうか」


 おずおずとした様子で、ラピスは俺と菜々女の動きをトレースして、弁当の封を切る。


「お、ハンバーグじゃん」

「でも、おろしソースだあ!」

「デミグラス派か?」

「ちゃきちゃきの洋食っ子だもん!」

「和を尊ぶ日本人にあるまじき発言だな」


 いただきます。ラピスも見様見真似で手を合わせる。


「なんぞ、狩猟を終えた狩人みたいな儀式じゃのう」

「まー、似たようなもんだろ」


 殺した肉を食う前にする儀礼的な意味では。


「じゃが、味の方は……こちらの世界の方が断然上じゃな! 美味いぞぉ!」


 まるで銛で魚をぶっ刺すみたいにハンバーグにフォークを突き立てて口に運ぶ。

 フォーク用意してよかったな。


「ねえ、八雲野さん。最初は冗談かと思ったけど、ラピスちゃんってほんとに」

「異世界人だ。……っと、おい菜々女、ちょっとこっち来い」

「ふぇ!? き、ききき、急にどうしたの八雲野さん!? ま、まだ勤務中だよ!?」

「何をテンパってるんだお前は……」


 まるでパチ屋に入る瞬間を目撃された生活保護の不正受給者みたいにキョドる菜々女に、俺は思わず首を傾げた。


「このことは、一旦俺とお前だけの秘密だからな」

「え、なんで?」

「だってよー」

「ふむ。ちとぬるいのう。こんなもんでどうじゃ?」


 指先から携帯ライター規模の炎を出すラピス。


「あんなんが存在するって公になったら、色々面倒だろ?」

「た、確かに」


 エルフです。異世界からの来訪者です。魔法使えます。

 第一発見者の俺ごと政府直轄の特殊機関とかに捕まる案件だろ。

 そんな機関が実際にあるかどうかは知らんけど。


「な? だから当面は、俺とお前――念のため店長にだけは話し通しておくけど――の秘密な?」

「そ、そっかあ。私と八雲野さんだけの、秘密、かぁ……う、うへへへ♪」

「なんかお前、気持ち悪いな」

「失礼な!」

「顔が」

「失礼の重ねがけ!」


 わいわいと、いつもの調子でコンビニの配達弁当(費用半額会社負担)を喰らっていると。


「お主らは本当に番いではないのか?」

「つ、つつつつつつつ」

「落ち着け」

「番いって何?」

「知らずに焦ってたのかよ」


 これにはさしものラピスも華奢な肩を落とした。


「言い換えれば、夫婦のことじゃな」

「そんな大層な関係じゃねーよ。俺はこいつの上司で、こいつは俺の部下だ」

「そ、そそ、そう、だよ?」


 何故疑問形。


「それ以上でもそれ以下でもねーさ。それに」

「ん?」


 口の周りに大根おろしを付けた間抜け顔を眺める。

 身体つきこそ平坦――スレンダーだが、余分な脂肪がついていない身体は、スラッとしていて綺麗だ。血色の良い肌を薄化粧で彩った顔は整っていて、初めて入った飲食店で目にすれば彼女目当てで週三程度でリピートするくらいには、魅力的ではある。


「こいつには俺なんかじゃ、もったいねーよ」

「は、はいぃ!?」


 ま、朝が弱いせいで時折寝癖が立ってるのが玉に瑕だけどな。

 俺は、素っ頓狂な声を上げる菜々女の頭を撫でる振りをしながら、アホ毛みたいに立った寝癖を矯正する。


「意外じゃな。お主、そういうことは口にせんタイプかと思うたわ」

「いや、結構言うぞ? 今入ってきた客めっちゃエロいな、とか」

「さいってい! 男の人ってみんなそうだよね!」


 菜々女がネットミームみたいな台詞を叫んだところで、昼食が終わった。

 時計を見ると残り三十分で仕事がまた始まる。


「さて、実践だな」

「ほんとにホール出すんだ」

「お前最初は乗り気だったろ」


 一式揃えてやってくれ。

 菜々女に準備は任せて、俺は一人モニタールームに戻る。


「データは問題なし、と」


 稼働台のデータチェックを終えたタイミングで、どたどたと騒がしい足音が二つ、近づいてくるのが聞こえた。


「どうじゃー!」

「おー、馬子にも衣装」

「どういうことじゃー!」

「あ、ことわざ通じるんだ」


 ブラウスにスカート、ベスト。そしてスニーカー。

 いたって普通のパチ屋レディだが、本人がエルフなせいで違和感が凄まじい。


「ま、仕事内容はさっき教えたとおりだ。わからないことはその都度聞け」

「八雲野さん、新人トレーニングいっつも適当だよね」


 うるせー、ほっとけ。

 俺のモットーは習うより慣れろだからな。


「働くのじゃー!」

「ああ。精々食い散らかした端玉景品分くらい、頑張れよ」

「おー! なのじゃー!」

「微笑ましいねぇ」

「二万円分」

「想定外過ぎる金額にドン引きだよ~!」


 いったいその身体のどこに入るの!?

 一人慌てふためく菜々女を従えながら、俺とラピスはホールに出た。

 いよいよ、異世界人エルフと俺の、共同作業が始まるのだった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



「は? さっさとしろ? 貴様、誰に物申しておる」

「HE……? なんじゃこの文字は」

「おー、三色の灯りが綺麗じゃのう」


 十四時になって迎える昼のピークタイム。

 さすがに午前中とは打って変わって、客対応が増加する。


「1コース流し入っていいよー! 佐倉さんと内鼓くんはフォローねー!」


 インカム越しに軽快な指示を飛ばす菜々女の声が聞こえる。

 まるで流れるように仕事をする彼女とは対照的に、ラピスの方は予想通りというか、悪い意味で絶好調だった。


『おい、連よ』

「……インカム使えって言ったろ」


 脳内に唐突に響くラピスの声。……また思念魔法か。


「おお、そうであったそうであった」

「それでいい。で、どうした?」

「この、メダルを計測する機械じゃが」

「詰まったか。……ああ、やっぱり」


 メダル計数器絡みのトラブルで初心者がやりがちな物に当たりをつけて、俺はスロットコーナーまで走った。

 そこには、案の定25パイ専用の計数器の前で、30パイ用の空になったドル箱を抱えて立ち尽くすラピスの姿があった。


「説明したろ? こっちは25パイ――この小さなメダル専用だって」

「うぬ、わかりづらいのじゃ」

「ま、そうだな。一度言われてできるようになるんなら、世の中もっと生きるのが楽だ。次気をつければいいわ」


 しゅんとするラピスの頭に手をやって、俺は待たせている客に頭を下げて対応を引き継いだ。


「……すまぬのじゃ」

「あー、気にすんなよ。誰だって通る道だ」


 責任を感じているのか、ラピスは自慢の尖った耳をしょげた馬の耳みたいに畳んで、客対応を終えた俺に謝罪した。


「怒らぬのか?」

「怒って解決するなら怒るけど、そうじゃねーだろ? 無駄なことはやらない主義なんだよ、面倒だから」

「そうか」


 ぺしぺしと、何故かラピスは無意味に俺の背中を叩いた。


「一個注文付けるなら、不安に思った段階で俺か菜々女に声かけろよ。そのためのインカムだ」


 思念魔法は極力使うなよ、と念を押す。

 きゅぴぴぴぴぴいん! と、どこかから確定音が鳴る音がする。

 ああ、いいなこれ。まるで自分が打ってるみたいに、テンション上がるんだよな。


「お主は、統率者としての適性があるやもしれぬな」

「軍隊長とかそういうのか? 勘弁してくれよ」


 神妙に頷くラピスを前に、俺はおどける。

 その後は、細々としたトラブルはありつつも、ホールワークを乗り切った。

 俺と菜々女とついでにラピスは十六時でホール業務を遅番の連中にバトンタッチして、残務処理だったり引き継ぎを行う。


「大きなトラブルはなかったっす。打ち変えただけのAT機が暴発してて、設定使ってるピエロとハイビスカスが軒並み不調。パチンコは大体予定通り」


「そう。ありがとうね、後はこっちでやっておくね。ところで、その」


 ちらちらと、俺の横に立つラピスに視線が注がれる。

 そしてラピスはラピスで、俺の目の前でゆさゆさと揺れるデカメロン×2に非常に強い関心を示していた。


「こいつがさっき連絡した、エルフです」

「ラピズラズリじゃ! よろしくのう、牛乳娘!」

「う、牛乳!?」

「ごふっ、げふっふげふっ!」


 ラピスのド直球な発言に、思わず咳き込んだ。

 一緒に働く人間誰しもが思っていて、でも口にできなかったことを、こいつ……。


 ゆるりウェーブのかかった黒髪と、泣きぼくろのついた顔は、初対面の相手に容姿を弄られるとりんごみたいに朱に染まった。


 それ以外も健康的に肉付きが良い身体が、なんともいえない大人の色気を醸し出している。

 当店テラドリームの女性店長こと、那賀押 梨好瑠(なかおし りいる)さん――32歳、32歳、32歳!!!――は、今日もハスキーがかった声を出しながらあわあわしていた。


「なんじゃ、何がおかしいんじゃ?」

「ラピス。いいか、この世にはな、思ってても言っちゃならないことがあってだな」

「こら、八雲野くんっ!」

「容姿の特徴的な部分を抜き出して指摘する行為は相手を辱めることに繋がる場合があるから礼儀として触らないというのが一般的なんだよ(キリッ)」


 ひっそりと那賀押さんの後ろのほうで自分の物と比べて、怪訝そうな顔をしている菜々女については、何も言わないことにしよう。


「ま、まあ、いいわ。八雲野くんのセクハラは今に始まったことはないし……べ、別に、八雲野くんにならそれくらい言われても」

「はい? なんすか、那賀押さん?」

「な、な、なんでもないわよ!」

「なんぞ、菜々女のような雰囲気を感じるのう」


 そうか? 月とスッポンだろ?

 とは口にしない。


「ええっと、それで、ラピスさん。身分証とかって、あるかしら?」

「遠い昔にギルドで発行した冒険者証ならあるが」


 めちゃくちゃ薄い銀の板みたいな物を取り出す。


「うーん……これじゃあ、玩具にしか見えないわねえ……」

「しかも文字読めないし。何だこれ、象形文字か何かか?」


 みみずがのたくったようなというか、子供の落書きというか。

 どこぞのお偉い学者さんに見せたら喜びそうではあるが、残念ながら今欲しいのはラピスの身分を証明するものだ。


「この世界の身分証とやらはどういった形なのじゃ?」

「えっと、例えばこういう」


 言いながら、那賀押さんは財布から免許証を取り出した。


「若い頃の那賀押さんっすか。今とあんま変わらないっすね」

「ほんとだー! おっぱいもこの頃からデカかったんですねー!」

「二人ともー!」


 この、弄ると可愛らしく怒る姿が面白くて、ついやってしまう。

 俺も菜々女も確信犯だった。


「ふむ。なるほどの。わかった」


 ぶつぶつと、またしても念仏みたいに何かを唱え始めるラピス。


「こんなんでどうじゃ?」

「うおっ!」


 両手の人差し指と親指を合わせて三角形を作ると、その先から免許証みたいなカードが浮かび上がるみたいに現れた。


「すげぇ! 本物の免許証みてーだ!」

「この程度の物なら創造魔法でなんとかなるわい」


 自慢気に薄い胸を張るラピス。

 張らずとも張りまくっている那賀押のおっぱい。

 ううん、世の中って不思議だ。


「また変なこと考えてるでしょう!」

「変なことじゃないです! 那賀押さんのおっぱいのことですから!」

「それを変って言うのよお馬鹿さん!」

「お馬鹿さんっていい方も店長らしくてかわいーですねー!」

「里市芽さんまでからかってー!」


 目をつぶって地団駄を踏む那賀押さんも無邪気で可愛い。

 と、あまりやり過ぎて鬼のようなシフトを組まれるのはまずいので、ひとまず話を戻すことにした。


「厳密にはICチップが機能しないとまずいんだけど、何かあった時に見せるくらいだろうし、とりあえずこれで大丈夫だろ」

「念のため、三年に一回更新しとけばいいよねー!」


 とまあ、ひとまず就業上の問題は解決したわけだが。


「このまま本雇用しようと思うんですけど、何か問題ありますか?」

「大ありよ! エルフよエルフ! ファンタジーじゃない!」

「ですけど、今こうして存在してるわけですし、ノンフィクションですよ」


 言葉の壁も年齢の制限もクリアしてるし、どこに不都合があるんだろうか。


「それに店長、若い女性スタッフ欲しいって言ってたじゃないですかー! 待望の好条件応募ですよー!」

「いや若すぎるわよ! それに実年齢……え……嘘でしょ……」

「あ、ラピス。地球人の寿命軽々と超えてるから、20歳くらいに設定し直してくれ」

「おお、了承したわい」


 実年齢を知って愕然とする那賀押さんの前で、再度情報改ざんを実施する。


「お願いです那賀押さん。今この店舗にはラピスの力が必要なんです」

「お願いです店長! もう土日のピークタイムに三人分働くのは嫌なんです!」

「お願いです那賀押さん。毎日休憩くらい一時間どっしり取りたいんです」

「お願いです店長! どれだけ求人出しても全然応募者来ないのに我慢するのも疲れたんです!」

「わかった、わかったから! それ以上こっちの痛い腹を探るのはよしてよ!」


 よし、勝った!

 俺と菜々女は目を合わせて、ほくそ笑んだ。


「……こほん。改めて。ラピスさん、うちで働くことに抵抗感などはないのかしら?」

「いや、特にはないぞ。我が盗む形になってしまった物品への補填はしたいし、ひとまずこの世界で生きていく上で路銀も必要だしのう」

「……そう。なら、とりあえず、仮雇用という形で、働いてもらおうかしら」


 この数分で数年分の労働に勤しんだみたいに疲れた顔で、那賀押さんはため息をついた。


「時給は研修期間中は1300円。能力が一定に達したと判断できれば1400円になります」

「それってどれくらいなのじゃ?」

「一時間働ければ昼に食った弁当三つ買えるくらいだな」

「ほほう! 悪くなさそうじゃのう」

「ああ、でも……」


 ふと、那賀押さんが悩むようにつぶやく。


「お給料の振込とかどうすればいいかしら。さすがに口座がないと、無理よねえ」

「だったら俺にラピスの分もまとめてつけてください。那賀押さん、確か総務部に同期いましたよね? 上手いこと細工してもらえるよう頼んでくださいよ」

「えー……またそんな無茶を……」


 とはいえ手渡しで対応できるわけでもなく。

 那賀押さんは『わかったわ』と疲弊した様子で、俺の提案を受け入れた。


 二人分の所得を俺が一手に引き受けることで、所得税が多めに徴収されそうだが、そこは諦めよう。それ以上に、ラピスから得るものはありそうだしな。


「話はまとまったのかえ?」

「おう。とりあえず、明日からもよろしくな」

「わかったのじゃ!」


 かくして、長きに渡った異世界エルフとのパチンコ店勤務初日は、終了したのだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


【あとがき】


 こんにちは、はじめまして。

 拙作をお読みくださりありがとうございます。


 毎日19時に1話更新していきます(短い場合は2話まとめて更新)。

 ※今日は初日のため、3話纏めて更新です※

 執筆自体は完了しており、全21話となっています。

 よろしければ最後までお付き合いくださいm(_ _)m



※※※フォロー、☆☆☆レビュー、コメントなどいただけると超絶嬉しいです※※※

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