第32話 身代わりの人形

「私はかつての“再現”に賭けている」



 そう言って『光の盾』は人形を一つ懐から取り出し、剣士に差し出した。


 剣士はそれをよく見つめたが、特に何の変哲のない木製の人形であった。


 手足に胴体、首、人間を模したであろうそれであるが、本当に普通の人形だ。



「これは?」



「これは『身代わり人形スケープゴート』と呼ばれる人形です。これを持っていると、持ち主がダメージを受けると、それを肩代わりしてくれます」



「それは凄い! 回復手段が限られている身としては、受けたダメージの肩代わりは助かる」



 魔法薬ポーションも数に限りがあるので、戦闘が長引くほど不利になる。


 ならば最初から全力で行くのが一番だが、『雷鳴剣アブラ・カタブラ』は消耗が激しすぎるという欠点がある。


 その分のダメージを肩代わりしてくれるなら、想定よりも長い時間を使用することができると考えた。



「では、失礼します」



 『光の盾』はピッと剣士から毛髪を一本抜き取り、それを人形に巻き付けた。


 そして、魔力を込めると、一瞬パッと眩い光を発したかと思うと、それもすぐに収まった。



「これでこの人形はあなたの身代わりとなります。試してみてください」



「では、そうしてみよう」



 剣士は鞘に納めていた剣を少しだけ抜き、顔を出した刃に親指を押し当てた。


 本来なら皮膚が裂け、赤い血が滴るであろうが、痛みは一切感じなかった。


 切り傷も、出血もなく、指は無傷だ。


 代わりに、先程の人形の手の部分に、少しばかり亀裂が走っていた。



「おお、本当だ! 傷が人形の方にいったぞ!」



「これで大丈夫ですね。あとはあなたの腕前次第です」



「任されたぜ! 安んじてお任せあれ、とでも言っておこうかな」



 剣士は嬉しそうに人形を懐にしまった。


 その時、ふとした不安がよぎった。



「そう言えば、領主からは手にした物品は申告しろって言われているんだが、どうしよう? 申告すれば、当然取り上げられるだろう。嘘をつけば、二つ目の禁令に違反してしまう。三つ目の禁令がある以上、申告しない訳にもいかない」



「そうでもありませんわ。あなたは少しばかり真っ直ぐすぎる。相手の言葉を鵜呑みにするのは危険過ぎます。裏の裏も読まなくては」



「まあ、普段、頭脳労働は旅仲間に任せていたからな」



「いない人をあてにする事はできませんわ」



「仰る通りで」



 剣士は気恥ずかしそうに頭をかきむしった。


 相変わらず頭の悪さは如何ともし難く、物事を深く考えるのは苦手であった。


 幼馴染みの武闘家よりはマシとは言え、神官や魔術師に頼りきりであった事は反省すべき点であった。



「それで、どうやって禁令の件をスルーするんだ?」



「そもそも、“申告”は禁令ではありません。都合よく解釈させて、余計なアイテムを吐き出させるための魔族側が考えた“嘘”ですから」



「そうなのか!?」



「ええ。以前から私や『影法師』がこの地に干渉していましたが、それを察した魔族側が“勝手に設けた規則”なのですから。あくまで持ち出して広めてならないのは、この聖域の情報であって、それに抵触しなければいいのですからね」



「あ、そっか! 話す事や書き記す事は禁止されている。物品の持ち出しも禁止。なら、何かを得たとしても、最終的に聖域から出るときに置いて行けばいいだけだ!」



 それなら禁令に抵触せずに、物品を一時的に隠匿できると考えた。



「物品は情報の塊ですので、持ち出すのは厳禁です。なら、出るときに捨てればいいのです」



「この人形なら消耗して無くなる事もあるし、残ったら捨てればいいって事だよな。なるほど、それなら相手を欺ける!」



「ですが、それでは不十分です。もし、今から屋敷に戻り、『何か得た物はあるか?』と尋ねられたらどうなさいますか?」



「あ~、嘘はつけないから、申告せざるを得ないか」



「ですので、第二の防壁。こちらをお持ちください」



 再び差し出してきたのは、“斧”だ。


 あの木こりの老人が使っていた斧であり、先程投擲されて木に刺さったままになっていたそれだ。



「屋敷に帰るのは、山に向かう直前。日が沈むギリギリにしましょうか。そこで手に入れた物品として、これを差し出してください。何かを手に入れた、という問いかけにもこれを差し出せば嘘にはなりません」



「なるほどな。それと、時間ギリギリにするのは時間稼ぎの意味もあるな」



「はい。斧を差し出した後、“勇者”について、あれこれ語ってください。そうすればすぐに日が沈み、『試練の山』への道が開かれる。隠し玉の人形を抱えたまま、山に入る事が出来ます」



「で、後は俺の腕次第か」



 条件は厳しいままだが、手にした人形の有無でかなり難易度が変わるとも言えた。



「私も『影法師』も山に何らかの秘密があると睨んでいますが、踏み込めないでいます。普段は立ち込める雷雲に阻まれ、晴れた日であろうとも勇者になる事を志す者以外は立ち入れない」



「条件に合致するのは俺だけって事だよな。責任重大だぜ」



「これが私と『影法師』が用意した“かつての再現”です。二十年前、私が逃げ出すきっかけになった状況、勇者候補が山に踏み込む、というね」



「でも、その時は失敗した。だが、結界に歪みが生じた」



「それがあったからこそ、私が逃げる事が出来ました。なので、今回はさらにその上を目指します。あなたの実力に加え、私の助力も加われば、更なる状況の変化が望めます」



「よっしゃ! そうと分かれば話は早い! 任せとけや!」



 剣士は自信満々に叫び、ドンと胸元を叩いた。


 全部自分がまとめて解決してやるぜと言わんばかりの堂々たる態度であった。



「……ああ、やはり勇者とはかくあるべきですね。あの人もそうでした」



「まだ俺は勇者じゃない。なるつもりではあるがな」



「そうですね。無事の御帰還をお祈りしています」



「神は死んだんじゃなかったのか?」



「何かの事情で、死んだふりをしていたと言う事にしましょう」



「随分とまあ、現金な巫女だな!」



 豪快な笑い声が雑木林の中に響いた。


 それはさながら開戦の狼煙でもあった。


 五十年の長きにわたり聖域で繰り広げられた勇者と魔族の戦い、その最終局面を告げる鬨の声だ。


 その戦いに終止符を打ち、真に勇者の後継となる。剣士の意気はますます上がるのであった。

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