第2話 ふるいの森

 鬱蒼と生い茂る森林。肌にまとわりつくひんやりとした空気は、剣士の神経を研ぎ澄ませ、不意な攻撃への警鐘を鳴らしていた。


 森の中を蛇行する道は視界が悪く、いつ物陰から危険な獣や、あるいはモンスターが襲ってくるとも知れず、少年の手は腰にある剣を無意識に確認していた。


 剣の腕前には自信がある。なにしろ、齢十七にして大きな町の闘技場コロッセオで開催された剣闘大会グラディエイトで優勝経験すらあるほどだ。


 天稟の才というものが付いていたらしい。


 おまけに幸運にも恵まれた。


 三人の仲間達だ。


 頭の方はからっきしだが、腕っぷしだけは強い幼馴染の武闘家とは、いつも競って怪物達を倒して回った。


 旅先で知り合ったとある教団の教祖の娘である神官は、優れた魔術や学識のみならず、上流階級への人脈コネクションもあり、仕事の幅が大いに広がった。


 とある事情で隠棲していたエルフの魔術師は、住処に迷い込んだ三人に気まぐれで旅仲間に加わった。


 以降、人間では及びもしない長い時の中で培った知識や技術が助けとなった。


 今やこのパーティーは近隣に名を轟かせる最強のパーティーであり、復活の噂もちらほら耳にする魔王を討伐するのではとも噂されてきた。



「でも、今は一人なんだよな~」



 森を進む剣士は唯一人だ。静寂しじま揺蕩たゆたう樹海を、孤独を友としてぼやいた。


 いつもなら武闘家がうるさいくらいに話しかけてきて、神官と魔術師のツッコミが入るのがお約束だ。


 だが、今は一人。周囲に誰もいない。


 それどころか、獣の鳴き声も気配もない。


 一応、道らしきものはあるが、朝方歩いていた街道とは違い、一切の整備がなされていない。


 ほとんど獣道のような道だ。


 実のところ、この森に踏み込んだのは“二度目”であったりする。


 そもそもの目的は、この森の先にあると言う“勇者の試練”を受けるためだ。


 その試練とやらを乗り越えられれば、勇者の証を授かれるのだと言う。


 古の歴史を紐解けば、その試練とやらに挑み、長じて勇者、英雄になった話はいくつも転がっている。


 剣士は自分もその列に加わるべく、仲間を誘い、この森に踏み込んだ。


 そして、失敗した。



「この森にはワシの住処と同じく、道に迷うような結界が張り巡らされておるようじゃ。条件を満たさぬ限り、決して中へは通してくれぬようじゃのう」



 これが魔術師の弁だ。


 実際、この森に四人で踏み込んで少し進むと、いつの間にか入ってきた場所に戻されていた。


 何度か入っては見たものの、結果は同じ。入口に戻されてしまうのだ。


 ならば仕切り直しだと、都の大図書館まで足を運び、“勇者の試練”について調べてみる事にした。


 だが、大した収穫はなかった。


 試練を乗り越え、長じて勇者、英雄となった者の話はいくつもの文献に書かれてはいるものの、肝心の試練の中身については記載がなかった。


 ただ、試練に失敗してか、二度と戻ってこなかった者、廃人同然で森の入口で発見された者など、そうした物騒な話もいくつかあった。


 そして、最大と言うか、唯一の収穫は試練への到達方法だ。



「試練に挑むためには、一人で森に入れ、だもんな。その時点でやべぇわ」



 剣士がパーティーの解散を宣言したのも、それが理由だ。


 頼もしい仲間達の助力が一切なし。自分の実力のみで突破せよ。


 それが試練に挑むための、最低限の条件と言うわけだ。



「まあ、“勇者”になるための試練なんだし、最低でも“勇気”は示しておけって事なんだろうけどな」



 怪しげな結界が張られた森に一人で挑む。普通なら願い下げな状況だ。


 だが、勇者になるための試練ともなると、色々と試されるんだと剣士は自分に言い聞かせた。



「勇気はもちろんの事、武芸、知恵、精神、試されるものは五万とあるわな」



 仲間達がいれば、互いの得意分野で補い合い、連携の取れた行動で危機を乗り越えられる。


 だが、今はいない。


 すべては自分の実力次第だ。


 しかし、行方知れずや廃人同然になるような、危険なんのであるのは疑いようもない。



「そう、試練はもう始まっているんだ。まずは勇気と覚悟。この森は生半可な覚悟の者を“ふるい”にかける。そういう場所なんだな」



 剣士は状況からそう判断した。


 だが、その程度では“温い”のだ。


 剣士の覚悟はとうの昔に固まっているし、この程度の“ふるい”など問題にすらならない。


 案の定、森の方があっさり敗北を認めた。


 森を抜け、広い草原地帯に出た。


 しばらく木漏れ日しか見ていなかったので、思いの外に眩しく感じたが、すぐに目も慣れた。



「あれがそうなのか……?」



 一際目立つ山が目の前に現れた。


 山の上半分には雲がかかっていて全容は分からないが、漂ってくる気配は威圧されているような、そんな印象を与えていた。


 そして、目が良い剣士はその麓に屋敷が建っているのも視認した。



「ひとまずはあそこに行ってみるか」



 剣士は警戒しながら森を出て、遠くに見える屋敷に向かって歩き始めた。

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