嘘つき

金峯蓮華

第1話 嘘つき


 ティーチャールームの窓からピンク色の花びらが風に舞う様子が見える。


 貴族学校初等科、最後の学年の新学期がはじまったばかりの放課後、マリアリリー・ゾイゼ辺境伯令嬢はエイミー・グラーツ伯爵令嬢と一緒に職員室に呼ばれていた。担任はエイミーに向かって言った。


「ゾイゼ嬢はグラーツ嬢にどんな嘘をついたの?」


 エイミーはそっぽを向いた。


 クラスのリーダー格のエイミーが「マリアリリーは嘘つきだから喋っちゃダメ」とずっと、みんなにマリアリリーを無視するように言っていた。


 初めは無視だけだったが、段々エスカレートし、教科書を破られたり、机に嘘つきと落書きされるなど、貴族学校初等科の今までの5年間、マリアリリーは色んな嫌がらせを受けていた。


 辺境伯家の令嬢であるマリアリリーは、両親と離れ、祖父母が住む王都のタウンハウスから貴族学校に通っていた。


 両親は辺境の地の守りが忙しく、なかなか王都に来ることはない。魔道具で毎日、連絡は取ってはいたが、リリアーナはエイミー達からイジメを受けていることは両親にも、祖父母にも話さなかった。

 もしも父の耳に入ったら、グラーツ伯爵家など一族郎党ひとひねりに潰されてしまうだろう。元はと言えば自分が不用意な発言をしてしまったことが原因だとわかっている。初等科を卒業すれば領地に戻る。それまでグラーツ伯爵家のために我慢しようと思っていたのだ。


 この国は7歳から12歳までの6年間、大抵の貴族の子供は王都の貴族学校で基礎を学ばなければならない。そこを卒業すると、地方の学校や、色々な専門科、または他国へ留学することが許される。


 マリアリリーは卒業後は辺境にある学校に通うつもりでいた。6年間、自分も皆を無視すればそれでいい。自分の未来は幸せだと先見で分かっているから、我慢することはやぶさかではない、

 今までの担任は貴族の揉め事に巻き込まれたくないため、見て見ぬふりをしていた。それなのに今年の担任はちゃんと問題を解決しようとしてくれていた。味方を得たようでマリアリリーはうれしかった。


 エイミーがマリアリリーを睨みながら口を開いた。


「小さい頃の王家のお茶会の時に、マリアリリーは自分がジークハルト殿下と結婚する、エイミーはザッハー伯爵令息と結婚するって、みんながいる前で嘘を言ったんです」


 エイミーはマリアリリーを指差し、感情的に声を荒げた。


「マリアリリーのせいよ! 私がルーカスなんかと結婚するわけない。それにジークハルト殿下は私のことが好きだったの。マリアリリーはそれを妬んで嘘をついたのよ!」


 担任はエイミーを見て小さくため息をついた。


「でも、それは4〜5歳の頃の話でしょう。そんな小さな頃にゾイゼ嬢がグラーツ嬢を妬む気持ちは無かったと思うわ。5年はやりすぎよ。これ以上こんなことをしていたら、あなたにとっても良いことはないわ。もう許してあげてはどうかしら」


 担任の言葉にエイミーは不満そうにしている。


「わかりました。でも、本当にマリアリリーは嘘つきなんです」


 エイミーはティチャールームから出ていった。担任はまだ残っているマリアリリーを見た。


「どうしてそんな事を言ったの?」

「あの時、グラーツ嬢が隣に座っていて、話していたらルーカス様との結婚式の様子が見えたんです。それで話してしまいました。そのあと、母に見えたことは家族以外の誰にでも話してはいけないと言われたので、今は何が見えても他人には言わない事にしています」


 担任はマリアリリーを見て、異能を授かるのも大変だなぁと思った。


 ゾイゼ辺境伯家は女神の守護を受け、神託が降りる者や先見ができる者など異能の者が生まれる家系だ。マリアリリーはきっと嘘はついていない。ただエイミーがマリアリリーの家のことを知らなかっただけだ。


 エイミーは勉強が嫌いだ。特にマナーや淑女教育の授業、歴史や貴族の家の特徴を学ぶ授業が苦手な様だ。普通は学校に来る前に家で親や家庭教師がある程度、教えるはずなのに、なぜちゃんと辺境伯家の異能について教えていなかったのか? 


 確かに不用意に口を滑らせたマリアリリーにも非はあるが、ちゃんとマリアリリーの異能を分かっていれば、嘘つき呼ばわりすることはなく、ルーカス・ザッハーとの結婚を避ける様に努力すればいい。だって見えた未来はいくらでも変えられるのだから。


 担任はグラーツ伯爵家の教育方針が気になったが、一介の教師が差入るべきではない。自分の仕事は学校内で生徒を守ることだと思い、それ以上のことについては何もしなかった。

 それからの1年間は、担任が目を光らせていたせいか、マリアリリーがいじめを受けることはなくなった。




 マリアリリーは卒業後、領地に戻り、エイミーとはそれっきりになった。




 それから数年経ち、マリアリリーは予言通り第二王子だったジークハルトと結婚した。

 貴族学校初等科卒業後少ししてから王家と辺境伯家の間で婚約が整い、ジークハルトが辺境伯家に婿入りすることになった。


 マリアリリーより6歳年上のジークハルトはマリアリリーと入れ替わりに貴族学校を卒業していた。卒業後は見聞を広げるために、他国に留学していたため、マリアリリーがエイミーから嘘つきと汚名を着せられ、イジメを受けていたことは、結婚式の来賓として招いた、あの担任から昔話として聞くまで全く知らなかった。「私が留学などしていなければリリを守ってやれたのに」と悔やんでいた。


◆◆ ◆


 社交のシーズンになり、マリアリリーとジークハルトも、その間は王都に滞在し、いくつかの夜会に参加していた。


 マリアリリーとエイミーは、とある夜会で偶然再会した。


 お花摘みに行くため、ジークハルトと離れた時に、マリアリリーの前にエイミーが現れたのだ。お花摘みに行くマリアリリーの後を追ってきたのだろう。


「謝っても許してもらえないと思うけど、あの時はごめんなさいね」


 きちんとした挨拶もしないで、後ろから肩をぽんと叩かれた。エイミーの謝罪の言葉に反省の色など全く感じない。未だにマナーがなっていないエイミーの態度がマリアリリーは不快だった。


 エイミーはそんなマリアリリーを気にする様子もなく話を続ける。


「でも、あの時、第二王子はあなたじゃなく私を好きだったのよ」


 エイミーはリリアーナを上目遣いに見た。マウントを取りたいようだ。


「ねぇ、マリアリリー、私の未来を見てよ。あなた、異能持ちなんでしょう? 今、かっこよくてお金持ちの令息との婚約を打診されているのだけれど、これからどうなるか教えて欲しいの」

「結婚相手の名前はルーカス・ザッハー伯爵令息。あなたはザッハー卿と結婚するわ。その後の事は今は見えないの。ごめんなさいね」


 マリアリリーの答えを聞き、エイミーは笑いだした。


「当たり〜。そうなの、あの時、あなたが言っていたルーカス・ザッハーなのよ。あなたは嘘ついてなかったのね。凄いわ。あの時、異能持ちだって言ってくれれば良かったのに。隠すあなたが悪いのよ」


 どの口が言ってるんだ。まだ子供なのに自分が異能持ちだとわかったら、誘拐され、悪事に加担させられるかもしれない。口を滑らせただけでも親に叱られた。迂闊に異能持ちだと言わないことにしていた。

 貴族達の間では暗黙の了解事項だが、エイミーは知らない様だ。マリアリリーはいい歳をして何も分かっていないエイミーに呆れ果ててしまった。


 エイミーは調子に乗って馴れ馴れしく腕を触ってきた。


「友達に、マリアリリーと知り合いだから先見の力で見てもらえるかもしれないって言っちゃったの。お願いできないかな」


 マリアリリーは両手を合わすエイミーの姿に呆然としてしまう。


「私はすぐに辺境の地に戻らないといけないの。それに、先見は本来は国王陛下の許可がいるの。どうしてもと言うなら、陛下の許可を取ってきてね」


 マリアリリーが作り笑顔で答えると、エイミーはちぇっと舌打ちをした。


「国王の許可なんて面倒だわ。融通が利かないわね。出し惜しみしないで教えてあげればいいじゃない。つまんない女ね」


 そう言いながら、夜会の会場である大広場に戻っていった。


 夜会が終わり、タウンハウスに戻ったマリアリリーはジークハルトにエイミーと会った事を話した。、ついでに、子供の頃のお茶会で、ジークハルトがエイミーの事を好きだったとエイミーが言っていた事も話した。それを聞いたジークハルトは大きなため息をついた。


「リリを虐めていた奴など、家ごと潰してやりたいよ。私は子供の頃からリリだけを愛している。そんな奴に会った覚えもない。嘘つきはそいつじゃないか。リリが望むなら今すぐ潰す。いや、望まなくても潰す」


 マリアリリーは果実酒を手に取り、グラスに注ぎながらジークハルトに微笑んだ。


「エイミー嬢が結婚するルーカス・ザッハー様は、女癖が悪く、愛人が何人もいるわ。それに浪費家で、酷い暴力も振るう人なの。ルーカス様のご両親もちょっと残念なエイミー嬢のことが気に入らないようで、エイミー嬢は冷遇されているわ。ザッハー家にエイミー嬢の居場所はないみたい。実家もお兄様に代替わりしている。お兄様は愛する妻に対するエイミー嬢の態度に怒り狂っていて、ザッハー卿がそんな人だと知っていて、エイミー嬢を嫁がせたのだから、実家にも帰れない。先見でエイミー嬢が苦しみ、病んでいく。そんな姿が見えたの」

「それを教えたのか?」


 ジークハルトがマリアリリーの顔を覗き込んできた。


「何も見えないって嘘をついたわ。せっかくだからエイミー嬢の言う通り、嘘つきになってみたの」


 マリアリリーはグラスの果実酒をひと口飲んでふふふと笑いながら、ジークハルトに促されるまま彼の膝の上に座った。


                    了

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嘘つき 金峯蓮華 @lehua327

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