目撃!ブンゴウ学園

鳥尾巻

ネガティブ対決

 誰かがボソボソ話す声で目が覚めた。等間隔に孔の空いた白い石膏ボードの天井をぼんやり見上げる。


 僕の部屋じゃない。ああ、そうだ。今日はなんだか熱っぽくて頭が痛いから、保健室で休ませてもらってたんだ。少しすっきりしたから起き上がって声の方をうかがう。

 四方にめぐらされたカーテンの隙間から外を覗けば、他に2床あるベッドに誰かが寝ているのが見えた。


「……ダカラ……弱さで言ったら、ボクの方が弱いネ。誰もかなわないヨ」


「何言ってるんだ、俺の方が業が深くて弱いに決まっている。君など大したことはないよ」


 ベッドに寝たまま、2人の男子生徒が消え入りそうな声で言い争っている。2人とも蒼白い顔をして、カサカサの唇を力なく動かしているのが、僕のところから見える。

 

 僕、可部野かべの 紙魚緒しみおが通う「私立・ブンゴウ学園」は、ちょっと変わった生徒が多い気がする。

 僕は存在感が薄くて、集合写真に写ると心霊写真が撮れたと騒がれるくらいだし、ちょっと黙っていると壁のシミと間違われることも多い。だから、2人は僕の存在に気付かず、言い争いを続けている。


 1人はチェコからの留学生、フランツ・カフカ君。すごく大人しい性格らしく、初日の自己紹介で緊張のあまり倒れて、倒れたまま自分の名前だけ言ってたのは記憶に新しい。運動は得意みたいで、よくテニスしてるのを見かけた。

 もう1人は文芸部の石川啄木いしかわたくぼく君。ちょっと陰のある感じが女子に受けるみたいで、モテているのが少し羨ましい。だからといって彼も決して人と言い争うような人じゃない。


 盗み聞きはよくない。でも僕は、そんな2人が何を話しているのか、とても気になってしまったんだ。


「ボクが一番うまくできることは、倒れたままでいることサ」


「君は背が高いからいいぢゃないか。俺など背も低いし性格も弱いし嘘つきだし、そんな自分が嫌になって、もう決して嘘はつくまいと今朝も思ったのに、またそれも噓になる」


 どうやら2人はボソボソと「自分の弱さ・ネガティブさ」を競っているらしい。なんて不毛なんだ。もうそれだけで2人とも優勝だよ。僕はハラハラしながら2人の言葉に聞き入る。


「背なんか高くたっていいことナイ。心臓が足先まで血を送るかどうか心配にナル。嘘をつく元気があるだけマシサ」


「毎朝、起きた時からもう帰りたい」


「それは……そうだな。ボクは目覚めたくないヨ。起きたら自分が毒虫になっていそうでコワイ」


「なんとなく分かるな。子どもの頃は自分がえらいような心持ちがしたものだけどね」


「もう、ベッドから落ちて怪我するのがコワイから床で寝ることにスルヨ」


「なに、俺だって、床に伏して泣き濡れてやる」


 一体なんの競技なのか、2人は億劫そうに起き上がり、ベッドの下に潜り込んだ。声は尚も聞こえてくる。


「ああ、なんだか安心だ……。幸福とは不安がないことなんだナ……」


「そうだな。床が冷たくて気持ちいい。そうだ、全くその通りだ。なんの不安もない心持ち、これこそが俺の求めていたものだ」


 2人は謎の和解に至ったらしく、ベッドの下で力ない握手をしている。良かった良かった。あれだけ同じベクトルを示している2人なら、きっと仲良くなれると思ってたよ。


 僕はひとまず安心した。同級生が喧嘩して仲たがいするのは悲しい事だからね。それにしても、2人とも体が弱いみたいなのに、怪我より風邪ひくのが心配だ。でも、そこで余計なことを言ったら、また不安に陥りそうで何も言えなかった。


 僕は足音を立てないようにそっと保健室を抜け出した。気配を消すのは得意なんだ。廊下に出ると、同じクラスの僕の幼馴染み、天上てんじょう木目子きめこちゃんが、僕の鞄を持って来てくれていた。

 最初、あんまりひっそり立ってるから、存在に気付かなかった僕は、声を掛けられてちょっとびっくりした。


「もう体は平気なの?」


「わぁっ!う、うん、大丈夫だよ。気付かれなくて寝すぎちゃったかな」


「ふふ。帰ろうか」


 木目子ちゃんは、静かに笑った。僕も存在感ないけど、彼女もたいがい気配がないよな。長い髪と白い顔、派手じゃないけど素朴で可愛らしい子なんだけど。

 そういえば子どもの頃、2人で遊んでいたら、よく親に探されたっけ。


 木目子ちゃんは、時々、僕がついてきているかどうか確認しながら、ゆっくりと歩いている。僕より少し低いその背中を追いかけながら、さっきの出来事を話してみようかと思った。


(つづく……?つづかない……?)

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