5 喧騒、抱擁、動揺


 城は人で賑わい活気あふれる。

 時折、怒声や罵声、泣き声といった喧騒も混じるが、明るく陽気なことに変わりない。


 しかしここに。

 陰鬱な空気纏う者が、二人。

 

(そうか。兄さんは……気分は、苛立ちはしないが──少々……複雑だな……)

(ごめん、叔父さん。でもオレは今……気分は清々しい……)


 ルキアは打ち明けたことに悪びれず、本当にしれっとしている。

 一方ジャンヌは躊躇しつつ、ルキアを抱く腕に力を入れる。


「ぷふっ! 叔父さん、オレ死ぬ!」

「ああ、すまない。ルキア」


 長いだんまりを決め込ませない少年が、声を荒げる。ジャンヌはというと、声の掛け方が分からない。

 ルキアは、そんなジャンヌの目を覗き込み瞳の色を伺う。


 ……人の極意はで──、語られる―─。


 これはルキアの、自為じい論だ。『人の考えを暴くのはその人が持つ瞳の輝きを見れば分る』という自分なりの処世術を、身につけていた。

 まあ、あんな父親の元で育った所為もあるので在ろう。人の顔色伺いには飛び級に長けているルキアはこれで更に、人を見抜く。


 本人には手慣れたもので、読唇読心魔法を行使するよりも手っ取り早くて済むらしい。


 ルキアはジャンヌが昔と変わらず、自分を心配してくれていることに安堵する。

 それと伴に、勘当されないことも確信する。

 ずるいルキアは胸を、なで下ろす。


「叔父さん」

「ルキア……」

「親父が……オレに殺されたのは因果応報? これはオレのせいだ。だからオレを責めてくれ」

「……ルキア」

「全ては、愚かな二人がわるいんだ」

「だが、兄の非道を止めていれば……」

「叔父さん。それ以上言うとオレ、目の前で死んでやるからな?!」


 訳の分からない一言を威張る、ルキア。

 でもこの言葉は子を持つ親としては、かなり響いた。

 動揺を隠せないジャンヌに、ルキアは笑う。


「ぷふ、叔父さんはかわいいな」

「な!?」

「だって辛気くさ、いやコホン。あまりにも自身を追い込む叔父さんがいるからさ」

「ルキア」


 ルキアには叔父ジャンヌの心配が堪らなく、嬉しい。

 理由を言わなくても全てを理解してくれるこの正しい導き人は、ほんとうの父親以上の父親そんざいなのだ。

 でもそんなジャンヌに、不機嫌になる時もある。


「ルキア、今度墓参りに行こう」

「……誰のだよ」

「義姉さんと別は、かわいそうだ……」


 ジャンヌのひと言にルキアは、眉をしかめる。


「……叔父さん、それはいやだ」

「……すまん、そう。だよね……」

「ごめんなさい。オレは虫がよすぎる」


 そっぽ向き、むくれるルキアがいる。


「いや、すまない」

「何度も謝るなよ、叔父さん。卑屈で子どもなオレがダメなんだ。でも今は、赦せないんだ」


 悲しむジャンヌだがルキアの口調から剥き出しの感情を読み取り、少し安心する。


「どうしたの、叔父さん」

「いや、本当は哀しむところのはずが、なぜか少し。嬉しくてね」


 初めて見せるルキアの子供っぽい仕草に、ジャンヌは嬉々な反応を示す。


「おまえが感情を剥き出しにするのは……久々だね」

「え?」

「おまえをあの時、兄のもとに帰さなければ」

「叔父さん……」

「なにかは変わっていたのかな」

「過ぎたことだよ」

「そうだもう……過去だね。でも私は」


 今、こんなことを思うのは不謹慎だと反省するジャンヌがいる。兄が殺されたことより、ルキアの方が大事でどうしようもない。


「ルキア、おかえり」

「あっうん。ただいま?」


 手を広げ、ルキアが胸に来るのを待つジャンヌの様子はルキアには少し可笑しく映える。それに何よりも、ジャンヌがリリィと重なって見えるのがルキアにはたまらない。


「叔父さん、後悔しても知らないよ?」

「するかな?」

「う〜ん、わかんないや」


 ルキアはジャンヌの胸の中で、転げ笑う。でもジャンヌにはそんなルキアが泣いているように見え、抱いた肩と背中をぽんぽんとしてやる。


「へくち!」


 ルキアはジャンヌの胸でくしゃみすると、服を鼻にあて思いっきり……。

 目の前ので念入りに鼻を擤むルキアは満足そうに顔を上げるも、ジャンヌは不満げな顔付きになる。


「ありがとう叔父さん、ずびっ」

「おい! ルキア!」


 ジャンヌは顔を引き攣らすが、ルキアは終始笑顔だ。


「フハッ、叔父さんが早く服を着せてくれないから」


 ルキアは残りの晒を胸に巻き、「うん」と納得するとクローゼットからジャンヌの服を出す。


「はい、叔父さん着替え。外じゃなくてよかったな」

「ルキア〜……」


 ルキアも、シャツを着る。そして軽く装備し直し、机に立て掛けた剣を背負う。マントも羽織ろうとするが……やめて、手に持つことにした。

 ジャンヌは呆れ顔で服を着直すと、目に飛び込むルキアの剣に驚いてしまう。


「ルキア、それは……」

「え、杖のこと? それとも……」

「そうだ。背にある剣だ」

「ああ、これね。親父の剣ってもあいつ、数回しか使ってない勿体無い品の上にこれ。魔剣じゃん。貰わないと損だよな」

「いや、そういうことではない。その原料……を知っているか?」

「え、ああ。原料はなんかの骨だったよ……ああ。そうだ」


 ルキアはわざとらしく手を打つと、人差し指を下に向ける。


「そうそう、原料の骨は銀とも鼠色ともなんとまあ、不思議な色だった」

「ああ、その剣が持つ波動。いやその覇気。それはこの城地下にある……」


 ジャンヌは、ルキアの指が差す方向に視線を向ける。


「……叔父さん、この下。ここの城の地下霊廟は龍の……」

「ああ、下には先代から受け継ぐ龍の遺骨堂がある」

「……嫌な予感がするんですが……」

「おっ。此処ぞとばかりに敬語か。まあ解らんでもないぞ……」


 口角を上げついでに、頬を引き攣らすルキアがいる。それに合わせ、ジャンヌも笑顔を引き攣らす。


包囲ホールド

風華防壁ジルフィシールド


 詠唱無しで魔法を放つジャンヌとルキアは、目を交えると微笑する。


「叔父さん、ごめん。迂闊すぎた」

「いや、それも兄の不甲斐なさと私の不始末が生じさせたことだ」


 双方が放つ魔法障壁は城をすっぽり、覆う。

 城を護る為に放たれた魔法があることを、城に居る人等が勘付くのに然程の時間は掛からなかった。異常を感じた者どもはここぞとばかりに、逃げる。

 まあ、当然のことだ。

 そんな騒ぐ人達を押し退け足速と、ある部屋に向かう人がいる。


ちち様、ルキア!」


 ライが慌てて部屋の扉を開いた。


「やあ、ライ。不覚にも父は手が離せないんだ」


 ジャンヌは空の彼方。手を──天井に向け伸ばし、魔法を放つ。


「ルキアは外か、速!!」

「すまん、ライ」

「うん、僕が出向く」


 ライは急いで部屋を飛び出そうとするが、ジャンヌに止められる。


「その前にライ!」

「何!」

「エプロンは置いて行きなさい」

「!!」


 ライは頬を赤らめエプロンを放り、そして。テラスから飛び降りた。


「ふふ、僕の子たちはかわいい」


 ジャンヌは、勇ましいライとルキアの姿を思う。張り詰めていた気が少し、緩んだ。

 とくに、エプロン姿のライはジャンヌには滑稽であった。

 おかげで、かなりの余裕を取り戻すジャンヌだったが空から来るかげりに怪訝けげんし始める。

 

「兄さん、あなたはほんとうに自分本位なのですね。呆れるよ」


 ジャンヌはを愚痴を零す。


「ルキアはまたも無詠唱……そして。大きな結界魔法を張ったままの移動。か」


(ルキアの魔力、考察、俊敏さは素晴らしい。兄さん、貴方は良い子に恵まれた。なのに……)


 術中にも拘らずルキアのことを考え、兄を羨ましがるとまた気落ちさす。


「原料の……逆鱗、に自分の子を差し出すとは……兄さん。俺はますますあなたを、疎ましく思う」


 ジャンヌの、独り言ちりは止まない。


「誰もいないから言うよルキア」


 念のため、周囲に人がいないか確認する。


「きみの父親。兄は──俺が手を汚してでも止めないといけない存在だったんだ」


 顔を伏せるジャンヌは差し込む影がだんだん大きくなり、城をすっぽり飲み込もうとして行くのに気付く。


「ふ、偉大なる龍よ。どうかお怒りをお納めください」

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