第18話
翌朝、朝礼の時間になってもまだ僕の隣の席の生徒は姿を現さなかった。
どうやら、神場はまだ学校に来ていないようだ。
遅刻か何かだろうとたかをくくっていたのだが、昼休みになってもまだ神場は登校してこなかった。
体調を崩したんだろうか。
そういえば蒔苗が作ったあの魔道具、体に相当な負荷がかかるみたいなことを言っていた気がする。その影響で体調を崩したというのは十分ありえるだろう。
お見舞いに行くべきだろうか。
体調が崩れている時、食欲が無くても何か食べたほうが良いという言葉もある。
神場は僕の血しか食べれないわけだし、栄養を届けるという意味でも行った方がいいかもしれない。
その時にこのお手製のテスト対策資料も渡すことにしよう。
そんなことを考えていると、携帯が振動する。
最近よく鳴るななんて思いつつ、携帯を取り出すと画面には蒔苗と表示されていた。
「もしもし」
「今すぐ来てほしい」
そう言うだけ言って、電話は切れた。
さて一体どんな用だろうかと疑問に思いながら、工作室に入ると壁を見てブツブツと呟いている神場の姿があった。
「……これ、どうしたの?」
「うん? まあ限界が来たってところだね」
蒔苗は平然と言ってのけるが、どう見ても神場の様子は普通ではない。
相当な事があったに違いない。
「とりあえず、吸血されてきてくれ。魔力が殆ど切れていてね、これでは初級魔法も唱えれない。色々ドーピングしていたんだが、これ以上は流石に危険だ」
おそらくだが、神場は昨夜からずっとあの魔道具を使っていたのだろう。
それなら、ああいった状態になるのもまあ納得は出来る。
「分かったよ」
吸血鬼は血液から魔力も食べる。
だから吸血すれば、魔力補給にもなるのだろう。さしずめ今の僕は魔力タンクといったところだろうか。
「おーい、神場。僕の事分かるか?」
吸血してもらうにしても、こちらに意識を向けてもらわないといけない。
声を掛けると、想像に反して彼女はスムーズにこちらを振り向いた。
そして振り向いた神場の顔を見て、異変に気付く。
普段青色の眼が真っ赤に染まっているのだ。
「宮地、ああ、来たのね。そこに座って、血を吸わせなさい、すぐに。いや、吸わせてちょうだい、吸わせてください。吸わせて、お願いだから、吸わせて、苦しいの、おねがい、吸わせろ、吸わせて、吸わせろ」
支離滅裂な言葉を吐きながら、しかしその目だけは真っすぐこちらを見つめ続けている。
絵面が軽くホラーなんだけど……。
「分かったよ」
とりあえず吸血をさせないと、神場が正気に戻ることはないだろう。
こうなるより前に連絡して欲しかったなと思いつつも、吸いやすい様に屈んでから彼女を抱えるような体制を取る。
昨日からずっと魔道具に使われているせいか、若干酸っぱい匂いが神場の体からしていた気がするが、そこには気づかなかった事にしておいた方が後々のためになるだろう。
こちらに声を掛ける事もなく、神場はすぐに僕の首元に噛みついた。
そしてすぐに意識が遠くなる。
これは以前も経験した感覚だ。多分神場が血を吸いすぎているんだろう。
こんな状況の神場が加減なんて出来ないことぐらい、誰が見ても明らかだ。
蒔苗が頼む以上、死ぬまで吸血されるということは無いと思っていたが、気絶するぐらいはもう甘んじて受け入れるしかない。
次に目を覚ましたのは、再び布団の中だった。
あの時と違うことと言えば、何やら管のようなものが僕の腕に数本刺されている事だろう。おそらくこの管で、足りなくなった分の血を輸血してくれていたのだろう。
「今日は随分と早かったね。まだ昼休み中だよ」
「それはよかった、神場は?」
あたりを見渡してみるが、神場の姿が見当たらない。
「彼女はあの奥さ」
いつの間にあったのか、工作室に作られた扉を蒔苗は指さす。
「魔力が回復したからね、またあの魔道具を使ってもらっている」
「それはまあ、ご愁傷様」
この短期間で魔法を憶えるためとはいえ、随分なハードワークだ。
既に昨日から十八時間も一度使えば体に悪影響がある魔道具を使いっぱなしで、更にそれが続くのだから。
「放課後になったら、またここに来てくれ。おそらく放課後にはまた魔力が切れる」
「ああ、もう切れる事前提なんだね」
どうやら後三時間は最低でも神場の苦難は続くらしい。
「まあ、私としてもこのような扱いは心が痛むがね。これしか方法がないのだから、仕方があるまい」
一見悲痛そうな口ぶりで蒔苗は言うが、その実、表情はにっこりと笑っている。
どちらが本心なのかは、もはや語るまでもない。
「そうだ、これを渡しておいてくれないかな」
近くにあった僕の鞄から、昨夜完成したばかりの資料を手渡す。
「これは?」
「テスト対策用の資料だよ。これを憶えさえすれば、最低限点数が取れるように作ってみたんだ」
神場でも点数が取れるよう、極力内容を少なくしてそれでいて理解しやすくしてある自信作だ。
「ああ、なるほど、座学の対策か。分かったよ、帰るときに渡しておこう。ふむ、確かによくできているね」
果たして神場が寮に戻ることが出来るのはいったいいつになるのだろうか。
今日中には帰れたらいいのだけど、その真相を知っているのは蒔苗だけなのかもしれない。
「そろそろ昼休みが終わる。君はもう戻った方がいいだろう」
そう言いながら慣れた手つきで、蒔苗は僕の腕に刺さっていた管を抜きガーゼを貼ってくれる。
「そうだね、また放課後に来るよ」
これ以上、ここに残っていても何かできるわけでも無いしな。
心の奥底で、扉の先で今苦しんでいるであろう神場にエールを送りながら僕は教室へと戻っていった。
教室に戻ると、妙な視線が僕に突き刺さるのを感じた。
大方昨日、和加奈がコンビニ強盗を捕まえたという話が出回ってきたのだろう。
和加奈は自分自身がやったことを言いふらすようなタイプではない。だから噂が出回るのに時間が掛り、僕のクラスでは昼休みになりようやく噂がまわってきたというところか。
妹が功績を立てると、兄である自分にも注目が集まる。
それは和加奈を見る際の称賛や羨望の眼とは、真逆で憐れみや侮るようなものではあるのだが。
あたりで何やらヒソヒソと会話をしているのを視界の端でとらえつつ、何事もなかったかのように席に着く。
流石にこの年にもなると直接言ってくるような連中がいなくなったのは喜ぶべきことなのかもしれない。そんなことを思いながら、次の科目の教科書を取り出し、先生が来るのを待つ。
居心地の悪さを感じつつも、何かできるわけでもない。
僕に出来ることと言えば、放課後になるまでただ耐えることぐらいだ。
帰りのホームルームが終わると同時に席を立ち、工作室へと急ぐ。
少しでも早く、他の生徒がいない場所に行きたかったのだ。
「血を、血を下さい。ほんの少しで良いんです、お願いします。血を下さい」
工作室に入るなり、神場がこちらに駆け寄り縋るようにして言う。
目はいつもの澄んだ青色に戻っており、昼休みの時よりは平静を保っているように見える。
「まあ、そういうことだ。吸血させてあげてくれ」
肩を竦めながら蒔苗は言った。
「分かったよ」
いつもの吸血の体制を取る。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
いつもよりしおらしい様子で、お礼を言ってから神場は僕の首筋に噛みついた。
さて、今回はどうかな。
昼休みよりはましとはいえ、様子は明らかにおかしい。
気絶するまで血を吸われてもおかしくはないだろう。
……なんてことを考えていると、途端に意識が遠くなっていくのを感じる。
やっぱり駄目だったか、ただでさえ今日二回目の吸血だ。血が足りなくてもしかたない。
「おや、加減できなかったか。それでは、おやすみ」
こちらを見て事態を察した蒔苗が笑顔で手を振る様子を見ながら、僕は意識を失った。
次に目を覚ましたとき、僕の眼に入ってきたのはボロボロな様子で扉に叩きつけられ足をばたつかせている蒔苗と、彼女の首を片手で絞めながら扉に叩きつけている和加奈の姿だった。
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