プロローグ

 あまねく生きとし生けるもののすべて。

 そのそれぞれが、ちがう血の色をしていればいいのに。人も、けものも、神も──そして、人ならざる者共も。



 空は、れつのごとく燃えている。足元には、人ならざる者共──〝ぎよう〟たちの血の海が広がっていた。夕焼けの赤と、殺した異形共の血がけ合って、空と大地の境界線すらもわからなくなる。

 血の海の中心で、たったひとり。しずみゆく赤い太陽をぼうっと見ているスーツの男は、ぽつりとそんなことを考えていた。

「あ、うあ……ああああああ!」

「こ、こんなの……か、かいぶつだ……」

 血の海の中でおうし、こしかしていた〝ぎようごろし〟のどうりようたちの悲鳴で、男はようやくわれに返った。

 血にまみれた同僚たちを、返り血の一つも浴びていない男はり返る。色素のうすい灰色のに、夕焼けと血の色がく映り込んで、真っ赤な眼光がきらめいた。

 その赤い視線にすらもおびえきった同僚たちは、バシャバシャと音をたてていつくばり、男からげ出した。男は、とつじよおそわれた同僚たちを守り、敵である異形共をたった一人で全て殺しくした、人間であるはずだというのに。

流石さすが。この世が焼けただれる〝おうが時〟には敵無し、か」

 ふと、笑いをふくんだ低い男の声が横から飛んでくる。声のする方に視線だけを動かして見ると、レンズにあわいカラーが入ったまる眼鏡めがねけた男が、血の海の外にたたずんでいた。

 眼鏡の男は、もとから赤みがかったくろかみについたぐせを、片手で気だるげにでつけている。

「とうとう、暴れすぎてきんしんくらったんだって? 今逃げていったやつらが、そのつかいか」

 眼鏡の男は、のどの奥でくつくつとけいはくに笑いながら、まんだ煙草たばこけむりをふかした。

「なあ、おまえ。ウチに来いよ」

 男はおのれのネクタイを長い指でゆるめ、怪訝な顔で眼鏡の男へとまゆをひそめて見せる。夕焼けの濃い光を反射する眼鏡の男の眼は、レンズが赤に染まりきっていて、うかがえない。

如月きさらぎ──異形どもと盟を結び、共存を目指す。世にもめずらしい鹿つどう、はら。それがウチだ」

 煙草を深く吸い込み、煙と共にき出す眼鏡の男の言葉に、男は灰と赤が混ざった目を細めた。

「死ぬほどムカつくだろ? おまえ。だから、来いよ」

 男は、しばらくちんもくを置く。そして、眼鏡の男に背を向けて歩き出しながら、口を開いた。

 男の返事を聞いた眼鏡の男は、ニイっとあやしく口角をり上げ、小さく笑い声をこぼす。そのまま、男のどこかがらんとした背中を、にもおもしろそうな様子で見送った。

かんげいする──きようけんの殺し屋殿どの

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