おちる
#73
アツシ
大きな体でゆのしのしと歩く。そうゆう人に私は惹かれる。
プロレスラーやシュワルツェネッガー、それこそバスケットマンも堪らない。
街中では到底すれ違わないビッグマンが、コート内でうようよしているのは眼福でしかないのだ。
見た目の好みの全てがそこに凝縮されている。いや、自分にないものを単純に求めている?
まぁ何にしろ、大きな人に視線を奪われるだけでなく、心も強く惹かれるのだ。
だがバスケットに関しては、何故か中でも飛び抜けて小柄な富樫勇樹選手を好んでいる。身長は私ともあまり変わらない167センチの体重65キロ。
体重ならウェルター級かな、身長だとフェザー級くらいだろうか。
Bリーグはポジションによっては小柄な選手も多く活躍している。
格闘技のように階級を分けず、2mを超えるスーパーヘビー級の選手ともコート上で相見え、各々のスキルで戦う様がバスケットの爽快さで魅力ではあるが、私の好みはビッグマン!
なのに、なかなかどうして彼に視線を奪われる。
ざわざわざわ。
理由を追うように観戦に赴き、体格の良い他の選手に目を奪われることしばしば。
頭一つ下がる彼の体格は、街中とは逆にとても目を引く。
いや、これは見た目では無い。
何か胸の騒めきがあって富樫選手を追っている。
コートを駆け回り、仲間を鼓舞し、満員の観客席に目を細める姿を見ながら、無意識に胸に手を当てる。
トントントン。
例えば、思い出を詰め込むだけ詰め込んで忘れていた地下室があって、その扉を内側からノックされたみたいな不思議な感覚があった。
その夜私は、忘れていた高校時代のクラスメイトの夢を見る。
その人の名前は「アツシ」としておく。
私の進学した高校は元工業高校で、私の代から総合化の学校になった。新入生の人数も増え、1学年で6クラスあり、私は5組でアツシは4組。
出会いは、高校に入学してすぐの合同体育の時間だった。
「こうやって見ると大人数やな」
「殆ど知らん人ばっかやけどな」
「うちらかて、1週間前は知らん人やったやん」
真新しいジャージに袖を通した私は、入学式に仲良くなった友人達と更衣室を出た。
近くにある学食の前で立ち止まり、私が紙パックのいちご牛乳を購入すると、運動場の手前の石段に座って、生徒でごった返す運動場を眺めた。
ストローから甘いピンクの液体を吸い込む。生まれつきアトピー性皮膚炎があった私は、幼い頃からジュース類を禁止されていた。
だから、学校でこっそり飲むたった1本のジュースはかけがえの無いもので、その中でも、このいちご牛乳の体に悪そうな着色料や香料の反抗心が好きだった。
「体に悪いぜ」と正面切った思い切りの良さと、1本なら体に対してセーフティラインと言う絶妙さも良かったが、単純に見た目の可愛さに負けた。
「学校のイメージカラーが緑やからって、このジャージの色はないわ」
「エメラルドグリーンてな」
「男子も一緒の色やからなんか変な感じ」
連んではいるが、よそよそしさがまだ抜けず、会話はすぐに途切れる。話しているより運動場を眺めて話題を探している時間の方が圧倒的に長い。
春の日差しに手を翳し、目に煩いエメラルドグリーンの団体を一周すると、ある一人に目が止まった。
「うわ、美少女おる」
身長は160センチほどの私と変わらず、肩にかかるボブヘアが日光に照らされ茶色く透けていた。大きな目がくりりとしていて、エメラルドグリーンのジャージも相まって、ディズニーのティンカーベルのようだった。
周りにまだ馴染めていないのか、1人暇そうに体を揺すって春先の肌寒さを誤魔化している。目が合うと柔らかに目を細めてくれたが、細めても私の目より遥かに大きく愛らしい。
よし!私は徐に立ち上がった。
「声かけてこよ」
「え?ナンパかよ」
笑い声を背に一直線に走り寄りながら声をかけた。
「なぁなぁ、何組?」
目は合ったままだったが、一応肩をポンっと叩くと、さらりと髪が揺れてシトラスの整髪料のにおいがした。
隣に立つと肌が合うような居心地の良さがある。
「俺?4組やで?君は?」
声が、低い?俺?
今の時代だと性別を特定するような行為は咎められるが、当時はそんな風潮も無かったので、私は純粋に「美少女」ではなく「美少年」であった事に驚いた。
実際はそこまで低い声ではないが、見た目がティンカーベルで口を開くとピーターパンの声がしたくらいの衝撃だった。
よく見ると、手持ち無沙汰にファスナーを上げ下げしているジャージの襟元から覗く白い喉元には立派な喉仏があり、ぽってりと厚みのある唇の上には薄っすらと朝剃った髭の跡がある。
「あたしは5組」
「隣やったんや!でも体育は5組は6組とやんな?一緒にならんな」
「そうやね」
人見知りをしない私と変わらぬテンポで返してくれた。なのに話す内容は初対面丸出しでなんだかおかしい。
会話の切れ間に集合の笛が割って入り、私達はそちらに視線を外した。
「整列や」
じゃ!と片手を挙げて私は飲みかけのいちご牛乳を一気に吸い込み、そこから一番近いゴミ箱に向かう。
「あ!」
急にピーターパンの声が後ろから一際響き、振り向いた。
「名前は?」
「あたし、なみ!」
大きな声で返すと、指でオーケイのマークを顔の横で作り、真っ昼間の太陽よりも眩しく白い歯を光らせた。
「俺、アツシ!」
まるで青春ドラマか少女漫画のような出会いだった。
このキラキラした私たちの絡みは、入学当初の緊張感と、早く周りと馴染みたい焦燥感の中で生まれた、過ぎ去るような出会いと別れだったように思う。
アツシは程なくして軽音部に入部し、私も友人に付き合って一緒に仮入部まではしたが、そこで特段話す機会は無かった。
私の学校は2年になると授業が単位制になり、専門学科に分かれて授業を受ける大学のようなシステムだった。
大まかに工業学科、芸術学科、環境学科、理数学科、文系学科に分かれていて、私は文系でアツシは工業だった。
晴れて同じクラスにはなれたのだが、学科が違うので、ホームルームと体育しか一緒にはならない。部活も結局、軽音部には入部しなかった。
この時私は人生で初めての彼氏が出来た。その人はバンドマンでボーカリスト。
そして「私を好きになってくれた人」だった。
初めての恋というものは、人生の基盤になるといっても過言ではない。
初恋自体は幼少期にほんのりあった気はするが、ぬいぐるみへの愛着みたいなものだった。だから、私は初めての彼氏を初恋として思い出に閉じ込めて、自分のステータスに煌めきを加えようとした。
簡単に言うと、恋をした訳でもない人を初恋に仕立て上げたのだ。
無理をしていた感も否めない。必死で彼に恋をしていたように思う。
一方、アツシは髪をバッサリと坊主に近い短髪にした。
軽音部でも自主開催でライブをしたり、学祭であちこちのバンドに呼ばれてはヘルプでギターを弾いていた。
決して前には出ないが、小柄な事もあって目を引いたし、先輩にも後輩にも分け隔てなく接するアツシは人気者だった。
そしていつも、自分が「楽しい」と思うことに素直で一直線。それを成し得る事に尽力していた。
さらにアツシは生徒会長に立候補する。
イベントを盛り上げたいことと、当時はなぜか真冬に制服の上にアウターを着て登校する事が許されたいなかったので、その許可を得ることを公約に活動し、見事当選した。
「おめでとう!会長!」
もはや、学校内でアツシを知らない人はいなくなった。
自転車で登校しているアツシが爽快に走ると、皆んなが振り向き「会長おはよう!」と声をかけ、軽音部の部室の前はいつも人だかりが出来ていた。
私は同じクラスと言えど、各々のカリキュラムにすぐに向かうので、挨拶程度しか相変わらず交わさなかったし、入学当初に話した記憶も、お互いもう無かったと思う。
そもそも彼氏の存在もあって、私は然程アツシを気にはとめていなかった。
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