第34話 豹変
バエルと共に来た道を慎重に引き返していく。
何故バエルを連れてきたのかというと、おっさん戦士の他にもう一人戦士の男がいたから。
仮にやり合うと決めた場合、その戦士の男の足止めをバエルにお願いしたいと思っている。
一度人間を前に理性を飛ばしてはいるが、言葉を理解し始めてからは本能を理性で抑制できるようになっているし、他の三匹よりかは確立が高い。
そして何よりも言葉で意思疎通が取れるのが大きい。
逃げる判断をしたときに、バエル以外はワンテンポ遅れるからな。
「バエル、お前が死なないためにも俺の指示には絶対に従ってくれ。俺の言ったことを覚えているよな?」
「ハイ! ゼッタイにシナないようにして、シるヴァさんをマモります!」
「ああ。それが分かっているのなら大丈夫だな」
しっかりと確認を取りつつ、音を立てないように来た道を戻って行く。
既に半分は通り過ぎたのだが、未だにおっさん戦士の姿はなく、このことから二人は追ってきていていないことが分かる。
危険だから追わなかったのか、それともフルプレートのアーマーが邪魔で追えなかったのか、はたまた【毒針】が刺さって身動きが取れない状態なのか。
詳しい理由については分からないが、【毒針】が刺さっている可能性がある時点で見に行く価値はある。
バエルと距離をなるべく空けて進み、俺が見張りに使っていた木が見えてきた。
ここまでおっさんの戦士がいなかったことを考えると、一切追ってきていなかったということが分かる。
思い返せば痛がっていたような様子も見せていたようにも思えるし、俺が発射させた【毒針】が命中していた可能性が高まった。
流石に死に至らしめることはできていないだろうが、シルバーランク以上でも無事でいられるような毒ではない。
ここからは更に慎重に行動し、足音を立てないように覗き込むように確認すると、地面に横たわっているおっさん戦士と手当てしているさっきの二人の仲間が見えた。
汗が滲んでいて顔色が悪いことからも、やはり【毒針】が突き刺さっていたらしい。
息はあるようだが、まともに立てないぐらいに弱っているのが分かる。
これは……流石に戦わない選択はないだろう。
「スティーブさん! 俺はどうしたらいいんすか? あいつらも全然戻ってこないですし、街に戻って助けを呼びに行った方がいいんすかね?」
「街に着くころには夜になっちまう。その前に俺は回復するだろうから、ここでジッと待っているのが一番安全だ。二人は心配だが、無暗にやたらに動いて合流できなくなったらそれこそ終わりだぞ」
「でも、こんなに戻りが遅いって大丈夫なんすか!? 薬草採取の依頼でこんなことになっちまうなんて」
「弱気になるな。チンピラみたいな生活から抜け出して、まともな冒険者になりたいんだろ? それに二人も心配いらねぇ。追ったのはゴブリンだし、二人の実力ならまず負けない」
隠れながら二人の会話を盗み聞きし、まずは少しでも情報を集める。
分かったのはこの森の近くに人が住む街があるが、街に着く頃には夜になるという発言からそれなりの距離があるということ。
夜までには回復するという発言から、今は【毒針】によって動けなくなっているということ。
薬草採取の依頼、チンピラから脱出、このワードからやはり駆け出し冒険者だったということ。
おっさん戦士はやはり格上の冒険者みたいだが、動けないとなれば勝ち目は十分にある。
ぐだぐだしていると回復されてしまうため、待機するのもこれぐらいにして襲うとしよう。
まずはもう一発【毒針】を撃ち込み、刺さったら一気に襲い掛かる。
離れた位置で待機させていたバエルを近くまで呼んでから、俺はまだ【毒針】のついている右手の人指し指で狙いを定め、フルプレートのおっさん戦士目掛けて撃った。
素肌が晒されている顔面目掛けて飛んでいき、狙い通りぶっ刺さった――と思ったのだが、フルプレートのおっさんは弟子であるはずの冒険者の腕を引き、盾のように使って自分の身を守った。
俺の放った【毒針】は、この場に残っていた三人目の駆け出し冒険者の首元にぶっ刺さり、当の本人は突然のことに動揺を隠せていない様子。
「い、いたい。首が熱い。首が熱いっす!」
「うるせぇ。黙ってろや」
さっきまでの優しい口調から一変させ、ドスの効いた声でそう告げると、間髪入れずに泣き喚き始めた冒険者を裏拳でぶん殴った。
俺は二人を殺しに来たのだが、そんな俺でも思わず引くぐらいの豹変っぷり。
思わず同一人物か疑ってしまうが、二重人格とかではない限りはさっきのおっさん戦士で間違いない。
こうなってくると、街に戻らせなかったのは囮として使おうとしていて、二人を追ってこなかったのは自分が危険な目に合う可能性があるからって感じか?
言葉の意図が分かってくると、めちゃくちゃ怖い人間に見えてきた。
【毒針】が刺さっているってのも演技であり、嘘なのかもとも一瞬考えたが、【毒針】が刺さっていなかったら早々にこの森から撤収しているだろうし、【毒針】は本当に刺さったのだと考えるのが普通。
「おーい、隠れてねぇで出てこいや。攻撃してきた場所が分かってるから、もうてめぇのいる位置は割れてんぜ? っつても言葉は分からねぇか?」
裏拳によって顎が外れ、地面に倒れた状態で泣いている駆け出し冒険者は無視し、俺に話しかけているおっさん戦士。
正確な位置までは分かっていないはずだが、俺がいる方向を向いて話しかけていることから、言っている通りある程度の位置はバレているのだろう。
ここから逃げるなら別として、殺すと決めた以上は隠れていても無駄。
俺は大人しく姿を見せることにした。
「やっぱさっきのゴブリンだったか。ってことは、他の二人は殺されているんだな」
返事をしようかどうか迷うが、言葉は分からないと思わせていた方が舐めてくれる可能性が高い。
でも、さっきの【毒針】を防がれたということは、俺のことは一定の警戒をしているということ。
このおっさん戦士について、殺す前に色々と聞きたいし話しかけてみるか。
「ああ、もう既に死んでいる」
「――っ! こりゃ驚いたな。本当に人の言葉を話せるのかよ。毒も扱えるし、レアなゴブリンに違いねぇな。お前は生け捕りにして闇市で高値で売り飛ばしてやるよ」
「随分と余裕な態度だな。【毒針】は刺さっているんだろ?」
「刺さったが……動けねぇことはないんだわ」
そういうと、おっさん兵士はニヤリと笑いながら立ち上がった。
動けるとなったら大分話が違うが、額から汗が滲んでいるし力の入れ具合いも相当なもの。
無理して立っていることには違いないため、まだこっちの勝機の方が高い。
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