第32話 焦燥感


 冒険者を狩ると決めた日から四日が経過した。

 逃走ルートも完璧に覚えることができ、罠も完璧に設置し終わり準備は万端。


 バエル、イチ、ニコ、サブを罠を設置した開けた場所で待たせており、俺は例の木の上で待機している状態だ。

 朝からずっと木の上におり、既に時間は昼過ぎ。

 

 話し相手もいなければ、いつ冒険者や魔物が出ても大丈夫なように集中しているため、予想以上に精神的疲労が溜まっている。

 木の上という不安定な場所にいるのも、疲労を助長させている気がするな。


 これで一人でも冒険者が来てくれたらいいのだが、今のところは人が来る気配がない。

 もしこの森にやってきたとしたら、確実にこの木の近くを通るはずなため、単純にこの森に訪れる人が少ないのだと思う。


 まぁわざわざ森に来ることなんて植物採取の依頼か、森にしか生息しない魔物を狩りに来るくらいしかない。

 前者の場合はルーキーランク冒険者の可能性も高まってくるため、俺としては力のない冒険者パーティが来るのを願っていたのだが……そう上手く事が進むことはない。


 それから夕方になっても誰一人として現れず、木の上で無駄な時間を過ごして一日が終わってしまった。

 簡単ではないとは思っていなかったが、まさか誰一人も通らないのは流石に心にくるものがある。


 罠を張り巡らせてルートも叩き込んでいた中、いざって感じだったためその分の落胆も大きい。

 ただ、まだまだ時間はあるため、丁度良い冒険者が来るまで気長に待つとしよう。



 本当に何もなく一日が終わった翌日。

 今日も今日とて、例の木の上に座って冒険者が来るのを待つ。


 バエル達もただ待っているだけで一日が終わったことに困惑気味ではあったが、俺の言うことには従順に聞いてくれるため、今日もしっかりと待機の命令に従ってくれた。

 今日こそ誰でもいいから人間が来てほしいと願っていたのだが、そんな願いも空しくあっという間に半日が過ぎ、またしても何も起きないまま辺りは橙色に染まり始めてきた。


 腰も痛いし、何より暇すぎて不安になってくるほど。

 泉近くの洞窟で魔物を狩っていた方が、何倍も有意義に過ごせるのではと思い始めたその時――。

 森の入口の方から、人らしきものの話し声がするのを俺の耳が聞き取った。


 まだ遠いからか何を言っているのか全く分からないが、確実に何か会話をしており、その話し声は徐々に俺の方に近づいてくる。

 鼓動が速くなっていくの分かるが、冷静にまずは冒険者の力量を見極めることに集中。


 森の入口の方から歩いてきたのは、合計四人の冒険者たち。

 男四人で構成されているようで、装備品からして戦士二人に狩人一人。

 それからタンクが一人といった感じだろうか。


 この中で一番危険そうなのはおっさんの戦士。

 気配で力量を見極められないため装備品を見て判断しているのだが、明らかにおっさんの戦士だけ質の高いものを装備している。


 他の冒険者たちが皮の鎧や鉄の剣、普通の木の弓なのに対し、このタンクだけ金属のフルアーマーで、背中に背負っている大剣も間違いなく鋼で作られたもの。

 兜は身に着けていないため顔も見えているが、他が二十歳前後なのに対し、この戦士だけ四十歳近い見た目をしている。


 このおっさん戦士は師匠的なアレだろうか。

 このパーティを襲うか非常に判断に困り、焦りもあって嫌な汗が全身から噴き出てくる。


 三人は俺が狙っていた駆け出し冒険者。それに見た目も如何にも冒険者って感じのため、心情的な部分で狙いやすくもある。

 ただちゃんとした護衛役がいるため、危険といえば危険。


 近づいてきていた四人の冒険者たちは俺のことに気づかないまま、真下を通り過ぎた。

 襲うならこのタイミングであり、一番後方にいる狩人のアイテムも盗むのが最適。


 どうするか悩みに悩み、次第に焦りが生じ始めてきた。

 焦っている時は静観するということを頭では分かっているのだが、約二日間待って通った人間がこの冒険者達ということがあったせいで――俺は本能に赴くまま、木から飛び降りてしまった。


 このタイミングで飛び降りてしまったら、作戦を決行するしかない。

 焦りでぐちゃぐちゃになっている思考の中、俺は大きく深呼吸をしてから勇者のことを思い浮かべる。


 あの時の勇者のことはいつでもどこでも思い出すことができ、思い出すと同時に怒りで他の感情が一時的に忘れることができる。

 本来怒りの感情も良いこととは言えないのだが、焦りよりかは何倍もマシだ。


 勇者やその一行、ジークとティアを思い出したことで、過度な緊張は消え去った。

 ここからは練習した通り、まずは【四足歩行】で狩人に一気に近づく。


「うおっ! って、何かが上から落ちてきたぜ!」

「落ちてきただけじゃねぇぞ。ゴブリンだから大丈夫だとは思うが……攻撃しに来ているからな。大丈夫だろうが無茶な対応するなよ」

「無問題っすね! ゴブリンの攻撃なら、躱して一発で仕留めてみせるっすわ!」


 狩人とおっさん戦士がそんな会話をした。

 まさかゴブリンが人間の言葉を理解しているなんて夢にも思っていないようで、全ての作戦を俺に伝えてくれる。


 ゴブリンということで舐めてかかってきてくれているし、一番危険だと思っていたおっさん戦士も静観している様子。

 これなら恐らく作戦は成功するだろう。


 低い姿勢から一気に近づいて適当な呻き声をあげながら、この冒険者たちの要望に沿って殴るフリをする。

 ゴブリンごときがフェイントなんて仕掛けてくると微塵も思っていない狩人は、半身の姿勢を取って攻撃を躱しにきてくれた。


 躱そうとしたことで、腰につけていたホルダーが俺の方に向いたところを狙い、ホルダーに腕を伸ばして無理やり引きちぎるように奪った。

 よしっ、ここまでは作戦通りだ。


 後は念のため、おっさん戦士の顔に何気なく指を向けて【毒針】を発射させる。

 発射させた【毒針】が当たったかまでは確認せず、俺は急いで体に叩き込んだルートを走って逃亡を開始。


「うっそだろ! アイテム袋が盗まれたっすわ!! ゴブリンの癖に攻撃しないで盗んできたとかふざけやがたことしやがって! ぜってぇに許さねぇからな!」

「急いで捕まえよう! ゴブリン相手なら、追いかければ捕まえられるはずだぜ!」

「――いってッ、ちょっと待て! お前ら、森の中で勝手な行動を取るなッ!」


 おっさん戦士は追いかけだした狩人とタンクに大声で待ったをかけたが、俺がわざとゆっくり走っているということもあり、二人は止まらず俺を追いかけて来ている。

 全てが作戦通りであり、後は分断させることができれば仕留めることができるはずだ。

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