第10話 自作の罠


「バエル、いいか? ここに深い穴を掘ってくれ。魔物や獣が来たら逃げるんだぞ」

「うが! うがが」


 身振り手振りで指示を飛ばして実際に穴を掘ってみせたことで、バエルにやってほしいことは伝えられたはず。

 獣が通りそうな場所を選んだため巣からは離れており、襲われる危険が高いが……木登りが得意なバエルなら一時的な逃走は図れるはず。


 様々な幼虫を採取するため、バエルにも色んな木を登らせた経験がここで生きた。

 大抵の獣や魔物は高い場所に逃げれば追ってこれないからな。


 心配がないといえば嘘になるが、一緒に行動する余裕はないから別行動を行う。

 バエルの肩を叩いて労ってから、俺は俺で森の入口を目指して歩を進めた。


 どちらが森の入口なのか分からないが、巣やオークに集められたあの開けた場所から反対方向を目指して進んでいる。

 やはり頑丈な紐を手に入れるには、人が訪れやすい場所を目指すのがいいと考えての判断。

 

 獣を捕まえるなら森の奥、人と出くわしたいなら森の入口だろう。

 まぁ今の俺はゴブリンなため、冒険者と出くわしたら狩られる対象なんだがな。


 それに冒険者だけでなく、森を歩くということは獣や魔物にも襲われる可能性も高いため、バエルの心配をしていたが一番危険なのは間違いなく俺。

 鍛えたと言っても所詮はゴブリンの域を超えていないし、欲は出さずに逃げることを第一に考える。

 しっかりと索敵を行いながら慎重に進み、その上で丈夫な紐探しを行っていった。

 

 そしてバエルと別れてから約四時間。

 ひたすら歩いているが、紐らしきものがありそうな気配がない。


 獣らしき生物とは何度かニアミスしているが、気づかれる前に隠れているため見つかってはいないが……。

 すれ違う回数が増えてきているから、成果がなかったとしてもそろそろ引き返したいところ。


 獣の多さから逆に森の深くに来ている可能性もある――あまりにも手掛かりがなく弱気になり始めたその時。

 俺は目の端で、不法投棄されたゴミの山があるのを捉えた。


 人間だった時は避けるぐらいのものだが、今の俺からしたら宝の山にしか見えない。

 ダンジョンで宝箱を見つけた時以上に喜びの感情が爆発している。


 すぐに駆け寄り、あのゴミ山を調べ尽くしたい衝動に駆られたが、まずは近くに生き物の気配がないかの確認が最優先。

 全ての生物が敵であり、自分が最弱の存在というのを決して忘れず、命を最優先で慎重に動く。


 入念に周囲を確認した後、近くに誰もいないことを確認してから、俺は不法投棄されたゴミ山に近づいた。

 置かれているのは、馬車の歯車や足の折れたソファチェア。


 もはや服と呼べないくらいのボロボロの服や、割れた食器なんかもあり……。

 あとは使い終えた魔法玉や、折れた剣なんかも捨ててある。

 

 同じ人間がまとめて捨てたのか、それとも捨ててあったから自分も捨てていいと思い、多くの人間によって積み重ねられたゴミ山なのか。

 ゴミの種類も千差万別なため判断はつかない。


 森を汚す人間に若干イラッとしながらもそれ以上の嬉しさに身を任せるように、俺はゴミ山から使えそうなゴミを選別していった。

 森に放棄されるだけあって本当のゴミしか残っていないが、これでも今の俺にとっては使えるものばかり。


 そして――足が折れてしまって椅子としては使用できないソファチェアから、錆びてはいるが細くて長いワイヤーを入手することができた。

 ボロボロの服を上手く使えば縄のようにもできるだろうし、目的である長い紐のようなものの入手は達成。


 目的のものではないものまで手に入れることができたし、今回の探索は最高の成果を上げることができた。

 未だに穴を掘っているであろうバエルの手を止めさせるためにも、すぐに戻るとしよう。


 そう思い、大量の荷物を服に包んで抱えたところで、何かが俺の下へ高速で近づいてきているのが、草木を掻き分ける音で分かった。

 数は恐らく二匹。体はそこまで大きくないと思うが、俺の全速力よりは確実に速い。


 ここまで近づかれていたら、抱えている荷物を諦めて逃げ出したところで追いつかれるだろう。

 バエルに指示した通り、俺も木に登ってやり過ごすことも頭に浮かんだが、この足音には聞き馴染みがあった。


 多分ではあるが、ゴブリンと同じ最弱の魔物に位置しているコボルトだろう。

 コボルトは犬とゴブリンのハーフのような魔物で、ゴブリンのように様々な種類がいないため非常に影の薄い魔物。


 戦闘面ではゴブリンよりも足が速く、四足歩行で低い位置から攻撃を繰り出してくるということもあり、通常のゴブリンよりも強いとはされている。

 ただ……向かってきているのがコボルト二匹であれば、俺一人でも殺すことは可能だ。


 抱えていた荷物を一度地面に置き、先ほど拾った折れた剣を構えて迎え討つ覚悟を決めた。

 剣を構えてから十数秒後、茂みから飛び出してきたのは想像通りコボルト二匹だった。


 現れた二匹のコボルトは痩せ細っており如何にも満身創痍な感じ。

 そしてゴブリンとコボルトでは、やはり序列はゴブリンの方が低いようで、コボルトが俺を見ても戦闘態勢を解く気配が一切ない。


 向こうがやる気なのであれば、俺も本気で殺しにいかせてもらう。

 折れた剣を構えて二匹のコボルトに向けているが、相手がゴブリン一匹だけということに気づいたのか、一瞬にして下卑た笑みのような表情に変わった。


 俺が普通のゴブリンと比べて体が小さいということも関係しているのか、茂みから飛び出てきた二匹のコボルトからは余裕すら垣間見える。

 痩せ細っていて満身創痍なはずなのに、格下と判断するや否や即座に舐める。


 やはりコボルトもゴブリンと同様に知能が低い魔物。

 行動の一つ一つから、なぜ瘦せ細っているほど食にありつけていないのかが分かるな。


 警戒は解かずにそんなことを考えていると、早速コボルトの一匹が俺に向かって噛みつきにかかってきた。

 せっかく数的有利を取れているのに、同じ方向から攻めてくる二匹のコボルト。


 動きに緩急もなければ、一切の怖さを感じない単調な攻撃。

 コボルトのあまりにもな行動に、俺も油断しかけてしまうが気を引き締めて殺すことだけを考える。


 知能が低いといっても、身体能力では恐らく今の俺よりも上。

 その上二匹いることから、一発でも攻撃を食らってしまったら危険を招くこととなる。


 口を大きく開き、一直線に突っ込んでくるコボルトを引きつけつつ――間合いに入った瞬間に攻撃を躱しながら剣を振り下ろす。

 突っ込んできた相手の力を利用して斬ったこともあり、首元を深々と斬り裂くことに成功。

 折れているとはいえ、剣としての役割は十分に果たしてくれている。


 首元を深く斬られたコボルトは悲痛に近い叫び声を上げて倒れ、もう一匹のコボルトは一撃でやられた仲間を見て固まっている。

 思考が完全に停止している上に動いてくる気配もないため、今度はこっちから攻撃を仕掛けよう。


 止まっているコボルトに向かって走り、今出せる全力の雄叫びを上げる。

 そんな俺の声にビビったのか、反転すると仲間を置き去りにして逃げ出した。


 仲間のコボルトが一撃で倒されたのを見たいうのもあるだろうが、背を向けて逃げた奴を殺すことほど簡単なものはない。

 足も思うように動いていないコボルトに一瞬で追いつき、心臓部目掛けて背中から折れた剣を突き立てる。


 剣が折れているため想像以上に深くは刺さらなかったが、コボルトが倒れたところに全体重を乗っけたことで心臓部までは到達し、逃げ出そうとしたコボルトを殺すことができた。

 首を斬られたことで倒れているコボルトの下にも近づき、同じように心臓に剣を突き立てたことで二匹のコボルトは完全に動かなくなった。


 大量の血を流して地面に転がっている二匹のコボルトを見下ろし、ようやく警戒を解いて深く息を吐く。

 個人的には余裕だったつもりだが、ゴブリンの身体能力を考えるとかなり危険な戦闘。


 力も俺が思っていた以上になかったし、折れた剣を拾ってなかったらギリギリの戦いになっていたはず。

 コボルトの心臓に突き刺してある剣を引き抜き、近くの葉をもぎ取って丁寧に拭きとる。


 そこまで重要視していなかったが、武器も持っておらず入手する術も持たない今の俺にとっては、この折れた剣は相当重要なものになる。

 すでに錆びついていたこともあり、今の一戦だけでかなり刃こぼれしてしまったが、研いで大事に使わせてもらおう。


 柄の部分も加工して、短剣のように加工するのもありかもしれない。

 血を拭き取った折れた剣を再び抱えていた荷物の中に紛らわせ、バエルのところに戻ろうとした時――殺したコボルトをどうするかが頭を過った。


 荷物はすでに手一杯だし、コボルトは瘦せ細っている上に不味そうなため、このまま放置して帰るつもりだった。

 だが、自分の手で殺した生物を食すことでゴブリンは強くなるということを思い出したのだ。


 もし仮に食べるとしたら、この場で食べなくては色々と面倒くさい。

 上位の魔物を食う行為は魔物内のルールに反する行動な訳で、見られたら巣から追い出されかねないからな。


 コボルトに襲われたことからもあまり長居はしたくないから、食べるとするならこの場で生食。

 あまり気乗りはしないが……強くなるためならどんなことでもする。

 俺は自分自身にそう言い聞かせてから、コボルトの生肉を食すことに決めた。


 二匹の死体に近づき、汚い皮を剥いでから肉の部分を向き出させる。

 それから関節から綺麗へし折り、食べやすい大きさにした。


 肉の色は若干黄ばみがかっているが、巣の前に置かれていた腐肉や蛆と比べたらちゃんとした食料といえる。

 軽く手を合わせてから、俺はコボルトの肉にかぶりついた。


 非常に臭いし肉質も最低だが――想像以上に美味い。

 ゴブリンになってから虫しか食していなかった俺にとっては、あまりにも美味すぎる食材。


 願わくばしっかりと火を通してから食べたかったが、そんな余裕はないため俺は腹に詰め込むようにコボルトを食べていく。

 内臓部分も食べられる部分は綺麗に食べていき、胃や腸などは流石に食べずに土に還す。


 一匹で十分すぎるほどの量だったが、二匹食えば二匹分だけ強くなると信じ、俺は既にパンパンな腹に二匹目のコボルトも入れていく。

 一匹目はあれだけ美味しく感じたのに、二匹目は腹がいっぱいということもあって臭みしか感じない地獄の時間を耐え凌ぎながら、なんとか二匹目も綺麗に食べることができた。


 腹は自分でもびっくりするほど膨れていて、破けるんじゃないかと心配になるほど。

 これほどまでの満腹は久しく味わっていなかったこともあり、なんだか人間だった時を思い出してしまった。


 あまりにも恵まれていない環境から目を背けたくなるが、頬を思い切り叩いて気合いを入れ直す。

 ゴミ山から拾った荷物を再び抱え直し、俺はバアルのところを目指して戻ったのだった。



 パンパンな腹に大量の荷物。

 ゴブリンになってから初めての戦闘を行ったこともあり、行きよりも重い足取りでなんとかバエルの下まで戻ってこれた。


 バエルはというと、俺が指示してからずっと穴を掘り続けていたようでかなり深い穴ができていた。

 ワイヤーが取れた以上、この穴を使うことがなくなったのがちょっとだけ申し訳ない。


「戻ってきたぞ。バエルも作業を止めていい」


 言葉は発しつつ身振り手振りでも伝えながら、バエルの作業を止める。

 この後は巣に戻り、くくり罠作りに没頭する。


 バエルには朽ち木集めを行ってもらい、自分の分の飯の調達をしてもらうつもりだ。

 腹の感じからして、俺は二日ぐらいは何も食べずに過ごすことができるだろうからな。

 どのタイミングで強くなるのか分からないが、体の変化には逐一気をつけつつ生活を行っていく。


 バエルと共に巣に戻ってきた俺は、これからの予定を簡単に説明した。

 地面に絵として描くことで、バエルにも大まかにだが伝わるはずだ。


「まずは今日から二日かけてくくり罠の制作に入る。それから一日は罠を試すのに費やし、残りの三日でイノシシを捕まえる」

「うが!」

「バエルには朽ち木集めと、この石を集めてきてほしい」


 俺は道中で拾った石をバエルに渡し、石集めを行ってもらうことを伝えた。

 この森の小川には硬度の高い石が稀に落ちており、複数個に入れば武器にすることができる。


 バエルが石の判別ができるのであれば、並行して戦力強化も行えるって寸法。

 本当は砥石も手に入れたいところだが、森の中に砥石なんて落ちていないからな。


 そもそも砥石の判別は難しいし、川に行って自分で探してくるのがベスト。

 とりあえずバエルには硬度の高い石を拾ってもらい、その間に俺はくくり罠を作る。


「うが? うがが!」

「ああ、そうだ。朽ち木を集めて自分の食材を確保しつつ、その石を大量に集めてきてくれ」


 俺の言っていることを理解できたようで、バエルは首を何度も縦に振ってから急いで巣から出て行った。

 巣に一人残った俺は、早速くくり罠制作に入る。


 この材料だけで作成できるか怪しいところではあるが、実際に見たことがあるし頭の中でイメージはできている。

 頬を思い切り叩いて気合いを入れてから、俺は集めてきた材料を使っての罠制作を開始した。



 罠を作り始め、あっという間に一日が経過。

 作業に没頭していたこともあって、気が付いたら一日が経っていたような感じ。


 ただ目はシパシパとするし、脳も疲労していて睡魔が半端ではない。

 肩や腰、指の先まで気がつけば痛くなっているが、丸一日という時間を費やしたお陰でくくり罠が完成した。


 自作した丸い板の上を踏み抜いた瞬間に、ワイヤーが足を締め付けるという簡単な仕組みで、威力は肉に食い込み骨をガッシリと捕らえられるぐらいの強さ。

 ワイヤーを使っただけあり、自ら足を切断しない限りは抜け出ることができないと断言できる。


 この罠があればイノシシだけでなく他の獣や、板のサイズに収まる足の魔物なら捕まえることができる。

 捕らえた後は遠くから石などで攻撃することで、安全に狩ることができるという便利な罠。


 今の俺に作れる最高の罠な訳だが、材料や時間的に罠は一つしか作成することができなかったのが非常に痛い。

 予定では五つくらい制作し、様々な場所に設置したかったがそう上手くはいかなかった。


 ちゃんと作動するまでの調整にかなり時間がかかったし、材料にも限りがある。

 材料があったとしても後一個作れるかどうかって感じなため、とりあえずはこの一個のくくり罠に頼るしかない状態。


 狩り勝負は余裕で勝てると思っていたが、中々厳しい戦いになりそうになってきた。

 結局、初日にバエルに掘らせていた穴も使うことにし、落とし穴とくくり罠の二つのトラップを仕掛けつつ、明日からは俺達も足で獲物を狩ることにしよう。


 一日目は材料集め。

 二日目はくくり罠の制作に全てを捧げてしまったため、残る期間は五日。

 

 三日目の動きとしては、作った罠を仕掛けに行ってから睡眠を取る。

 睡眠を少しでも削りたいところではあるが、残り五日間ということを考えると不眠で動くことは返って効率が悪くなるからな。


 爆睡だけはしないように気をつけ、少しでも多くの獲物を取れるように動けるようにする。

 ここからの大まかな予定を決めた俺は、目星をつけていた場所に罠を仕掛けに向かうことにした。


 巣からも比較的近い場所にあり、イノシシの糞や足跡を複数確認できた場所。

 ここにくくり罠を設置し、毎日一回だけ見に来ることにする。


 まずは絶対に逃げられないよう、太い木にワイヤーが外れないようにくくりつける。

 それから罠を踏みやすい位置に設置し、軽く土と木の葉を被せて完成だ。

 罠自体もコンパクトなため、落とし穴と違って違和感をほとんど覚えないはず。


 獣が罠にかかるよう、両手を合わせてお祈りしてから巣へと戻る。

 あとは軽く睡眠を取ってから、罠に獣がかかるまで作業をしながら時間を潰すだけだ。


 ゴブリンの生活は何もかも手探り状態で本当に大変だが、目的がはっきりとしているからか楽しさを感じ始めている。

 まずはこの最底辺の生活から抜け出し、絶対に強くなって勇者を殺してやる。

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