第7話 縦社会


 俺は気持ちを新たに朽ち木から掘り出した幼虫を食べていると、巣の外から一匹のゴブリンが中に入って来た。

 体にはいくつもの傷があり、短命が多いゴブリンの中で長年生きてきたことが分かる体。


 このゴブリンは俺も何度も見たことがある――というよりも、俺を生んだゴブリンである。

 れっきとした親なんだろうが世話なんて一切してもらった覚えがないし、俺がまだ立ち上がることもできない時期、他のゴブリンに攻撃されているところを冷たい目で傍観していたようなゴブリン。


 俺はこのゴブリンを親として思ったことは一度もないし、このゴブリンも俺を子供として見ていない。

 血縁関係があるってだけで、驚くほどにドライな関係だ。


 そんな母ゴブリンが何をしにきたのかは一切分からないが、俺達に外を出るように命じている。

 命令に対して渋っているゴブリンの一匹の耳を掴み、引きちぎる勢いで外へと連れ出そうとしていることから、かなり重要なことがこれから行われるということが分かった。


 巣から出た俺達はそのまま母ゴブリンの後を追い、とにかく森の中を歩き続ける。

 魔物や獣に襲われてもすぐに逃げられるよう、周囲には十分気をつけながら歩を進めていると、とある開けた場所で足を止めた。


 そこには他のところからも集められたであろうゴブリン達がたくさんおり、人間の視点なら地獄絵図のような光景。

 俺も含めた集められたゴブリン達を見下ろすように、崖のような場所で立っていたのは赤い体をしたオーガ。


 ゴブリンソルジャーの爺さんから聞いていたが、あのオーガがこの一帯のゴブリンを統治しているオーガなのだろう。

 オーガはダンジョンの八階層に多く出現しており、俺が人間だった頃ですら大分苦戦を強いられた魔物。


 力と耐久力が高く、生半可な攻撃が通らない上に状態異常の耐性もある。

 真正面からねじ伏せるというのが正攻法であり、“ルーキー冒険者の壁”と言われていたほど、オーガに殺された冒険者は腐るほどいた。


 人間の時ですら身体能力が劣っていたのに、ゴブリン視点だとただの化け物にしか見えない。

 俺がゴブリンにしても小さいと言うのもあるが、三倍以上の体格のオーガが更に高い場所から見下ろしているんだから、そう見えてしまうのも仕方がない。


 オーガの圧に気圧されていると、上にいるオーガの一匹が一歩前に出て何やら叫び出した。

 聞いている限り、話している言語は片言ではあるが人間と同じ言語。

 オーガが話すなんて聞いたことがなかったが、ゴブリンソルジャーも話せていた訳だしあり得はするのか。


「これカラ、クミワケをオコなう! ゴブリンドモは、シジにシタガッテうごけ!」


 俺は聞き取れているが、俺以外のゴブリンは何も理解できていない様子。

 そんなことは関係なしに、下に降りてきたオーガたちによってどんどんと組み分けが行われていった。


 オーガも決して知能が高い魔物ではないようで、組み分けはかなり適当。

 実力を考えて組むといったことはなく近くにいた同士で組まされたため、結局俺は同じ巣にいた奴らと組まされることになった。


 同じ巣にて一番最初に生まれたゴブリン、二番目に生まれたゴブリン、三番目に生まれたゴブリン。

 そして俺の後をついてきていたゴブリンと、俺の計五匹が同じ班。


 この三匹は徒党のようなもの組んでいたし、体の小さな俺を見下していたことから、明確な対立関係が生まれることが予想できる。

 知らないゴブリンなら比較的簡単に手懐けることができると思っていたが、この三匹となると少々時間がかかりそうだ。


 不幸中の幸いなのは、俺の後をついてきていたゴブリンも同じ班なこと。

 四対一の構図は避けることができ、三対二の構図ならやりようはいくらでもある。


「クミワケはしっかりオコナエタナ! そのクミでのノルマはイッカゲツでヒャクキロのしょくりょう!」


 一ヶ月で百キロ分の食料か。

 何から何まで食料と認定されるのか分からないが、基本的に何でもいいのであれば比較的楽なノルマ。


 イノシシ一頭で平均七十キロぐらいなため、一ヶ月で二頭狩ることができればノルマを達成することができる上に、自分達で食べる量も確保することができる。

 ……ただ、それは俺が人間だった時の知識が残っているからそう思えるだけで、普通のゴブリンならイノシシ一頭狩るのも難しいと思う。


 ゴブリンでも簡単に狩れる小動物では重さの足しにもならないし、危険を避けて植物を集めるとなった場合は毎日死ぬ気で動かないと、百キロ分の食べられる植物なんて集められる訳がない。

 そんな無理難題を押し付けられているのにも関わらず、言葉が理解できないためポカーンと口を開けたままオーガの声に頷いているゴブリン達。


「ただし、コドモをイッピキそだてるゴトにノルマを五キロへらしてヤル! ゴブリンどもはすきなホウをえらぶンだな!!」


 そう言い残すと、崖の上から見下ろして声を張り上げていたオーガ達はどこかへ消えていった。

 ここから徐々にオーガ達の出した難題に気づき始め、自分のノルマを減らすために子供を増やすことに奔走するのだろう。


 俺を生んだ親から一切愛というものを感じなかったのはこういうことか。

 自分に課せられたノルマを減らすために生んだだけ。


 ゴブリンの異常な繁殖力の秘密も分かったし、知らなかっただけで魔物も魔物で人間以上にエゲつないことをやっている。

 本当に奴隷のような扱いを受けており、貨幣のシステムもなければ楯突くことすらできないため、一生この奴隷のような生活を抜け出すことができない仕組み。


 強いて可能性があるとすれば、ゴブリンソルジャーの老ゴブリンのように死にかけの冒険者を見つけて捕食するくらいだろう。

 それでもゴブリンソルジャー程度じゃ、序列的には低いままなんだけどな。

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