第6話 成長
ゴブリンとして新たに生を受けてから二ヵ月が経過した。
最初は全てにおいて苦痛でしかなかったが、こんな場所でも二ヵ月も経てば完全に慣れてしまっている。
既に体の成長は止まり、恐らくだがゴブリンにとってはこれが成体なのだと思う。
二週間で幼体から成体に変わるなんて人間からしたらあり得ないことだが、ゴブリンの圧倒的な繁殖力を考えると不思議なことではない。
俺は生まれた時から小さかったからか、成体となっても他のゴブリン達よりも一回りは体が小さいまま。
ただでさえ一メートル二十センチほどしかないゴブリンなのに、俺は一メートルほどと人間の四、五歳ぐらいのサイズ感。
ちなみにだが、俺と同時期に生まれた十一匹の中で生き残ったのは七匹だけで、腐肉をありつけていた五匹と俺の一つ前に生まれた一匹が生き残った。
ちなみに俺に蹴りを入れて腐肉を食べるのを邪魔してきたゴブリンは、結局食べる量が少なく餓死してしまった。
動けるようになったらやり返してやろうと思っていただけに、少しだけ残念な気持ちが強い。
そして、腐肉にありつけないながらも生き残った俺の一つ前に生まれたゴブリンはだが、俺が蛆虫や蠅を食べているのを真似をして生き残った個体。
同じゴブリンから生まれたのであれば、一応俺の兄という位置付けになると思うのだが、そんなことは関係なしに俺の後をずっとついてくる。
他の六匹は体の小さい俺をずっと見下しくるのに対し、このゴブリンだけは俺に媚び諂っていることからも、他のゴブリンと比べて少しだけ知識が高いような感じがする。
俺としても一匹よりかは二匹の方がやれることが多いため、特に疑問も抱かずに指示を出しているが、当たり前のことながら言葉は理解できないため朽ち木集めしかさせていない。
なぜ朽ち木集めをさせていたのかというと、自力では獣を狩れないため蛆虫から始まって様々な虫を食べていた結果、一番美味しい虫がガムルという木の朽ち木から取れる幼虫だったから。
俺とそのゴブリンとで手分けして、巣となる洞窟付近に落ちている朽ち木を拾い集めては幼虫を掘り出して食べていた。
腐肉を食べていた奴らでも餓死する者がいた中、幼虫は栄養価が高いようで特に困ることなく生活できていたため、本当に幼虫様々といった感じ。
それに味も悪くなかったどころか、ナッツのような香ばしい味わいでほのかに甘く、腐肉よりも絶対に美味しかったと言える。
欠点は見た目だけだったが、木の棒で突き刺して火で炙ることで見た目すらも気にならない仕上げにできた。
そんなこともあり、俺とそのゴブリンだけは他よりも随分と恵まれた幼少期を過ごせたと思う。
ちなみに俺は虫を食べるために動いていただけではなく、ゴブリンについても色々と調べていた。
まだまだ分からないことの方が多いが、この二ヵ月で分かったこともたくさんある。
まずゴブリンという種族は、魔物の観点から見てもやはり最弱の存在ということ。
魔物には魔物同士で争わないということが本能に刻まれており、その本能のせいで自分の種族よりも上の種族には攻撃すること自体できないのだ。
俺は人間の記憶をそのまま引き継いでいるため関係ないのだが、俺を生んだであろうゴブリンがそのような行動を取っていた。
獣の死体は見境なく取ってくるが、魔物となると死体であろうが触れもしない。
死体ぐらいなら良いのではないかと思ってしまうが、死体に触れたことで争いに発展する可能性もあるからということなのだろう。
逆に上位種ならば攻撃することも可能であることから、この辺り一帯のゴブリンを統制しているのはオーガなのだ。
この二ヵ月の間にゴブリンを容赦なくぶん殴っているのも見たし、何ならオーガに殺されているゴブリンも何匹かいた。
魔物の世界は弱者が手を出すことすらできないという、逆転不可能な圧倒的弱肉強食の世界。
冒険者として魔物とは密に関わっていたつもりだったが、こんな世界だったとは思ってもみなかった。
この圧倒的な弱肉強食の世界で、搾取され続けるゴブリンが強くなる方法はないと思っていたのだが、実はゴブリンには唯一にして強力なスキルが備わっている。
そのスキルというのは、自らの手で倒した相手を捕食した場合にその相手の持つスキルを奪うというもの。
ゴブリンの身では能力判別を行えないため正式なスキル名は分からないが、俺はこのスキルを【魔喰】と名付けた。
俺はまだ幼虫しか食べていないためこのスキルの恩恵は得られていないが、この集落には老体ではあるが一匹だけゴブリンソルジャーがいる。
ゴブリンという魔物は、今の俺のような一般的なゴブリンが大多数を占めてはいるが、職業持ちのゴブリンや上位種であるホブゴブリンなど多種多様なゴブリンが存在する魔物。
捕食した相手が強かった場合に上位種へと姿まで変化する珍しい魔物でもあり、弱さ故に隠れているが無限の可能性を秘めている魔物といっても過言ではない。
ちなみにこの集落にいるゴブリンソルジャーは、虫の息の状態で倒れていた駆け出し冒険者を殺し、捕食したことで変化した個体。
変化したことで言葉を扱えるようになったようで、前世の記憶があるお陰で言葉を喋れる俺は、このソルジャーゴブリンから色々と話を聞くことができた。
色々と経験してきた老体だけに様々な情報を持っていて、このゴブリンソルジャーの一生を本にできるくらい面白いくらいの内容で、前世と合わせても一番タメになることを聞けた気がする。
無駄な話も多いため割愛するが、捕食した人間が剣士だったからゴブリンソルジャーとなったようで、魔法使いならゴブリンメイジ、騎士ならゴブリンナイト。
ゴブリンアーチャーやゴブリンシーフなんかもダンジョンでは見たことがあるため、本当に捕食した人間によって姿を変化できる魔物だということが分かる。
ゴブリンの生態を調べていけばいくほど俺が思っていたよりも何十倍も深く、強くなる方法が無数にあるように思えるが……。
最初に言った通り、元のゴブリンが驚くほどに弱い上に知能も圧倒的に低い。
更に上位種の魔物には手出しできないという縛りのせいで、滅多なことがない限り一生をただのゴブリンとして終える個体が九割九分以上という異常な状態。
もし仮にこの一帯にいるゴブリン全員をゴブリンソルジャー以上にし率いることができれば、勇者であろうが倒すことができるのではと淡い夢を描いているが……まず俺自身が強くならなければ話にならない。
幸いにも、俺には上位種の魔物に手出しできないという謎の制限がないため、まずは倒せそうな魔物から狩っていき、少しずつスキルを奪って強くなっていくつもりだ。
ただ、ここまでは幼体であり育つ側だったため自分だけの餌だけを集めていればよかったが、成体となったことでここからは、餌集め要因として俺も本格的に一匹のゴブリンとしてオーガのために動き出すこととなる。
自分たち以外の餌も集めなくてはいけない枷がかかるものの、その分行動できる範囲は大幅に増える。
それにゴブリンは、最弱故に五匹一組で動くのが鉄則となっている。
既に意のままに動いてくれるゴブリンが一匹いるが、俺と同じ組になった他のゴブリン達もどうにか手懐け、五匹で狩りを行えるようにしたい。
狩りの対象が魔物の場合は、俺以外が手出しできないことも含めて動かなくてはいけないが……立ち回りについては既に色々と考えている。
まずは同じ組の奴らを手懐けるところからだが、集団で動くことに今からワクワクが止まらない。
ゴブリンになった時は絶望でしかなかったが、情報を集めていく内に希望も見えてきた。
俺の最終目標は変わらず、あの勇者一行を皆殺しにすること。
その目標に向け、新たに授かったこのゴブリンとしての一生を全て捧げる覚悟はできている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます