第118話 NPC、この世界の過酷さを知る

「少し店を頼む」


 俺はアルとラブに店を頼み、放り投げた二人の兄の元へ向かう。


 ベンとルーも心配そうに付いてきた。


 今頃になってやり過ぎたと実感している。


 ダメなブラック企業のパワハラ上司だな。


「痛てて……」


「少しは冷静になったか?」


 汚れた体をスキルで綺麗にする。


 ぼーっとしているため、頭を打ったのかと心配になった。


 だが、よく見ると心地良さそうな顔をしているから問題ないだろう。


 きっとスキルの影響だしな。


 それに落ち着けば冷静になれる。


 俺に気づいたのか手を差し出した。


「迷惑かけてすまない。アランだ」


「俺はヴァイトだ」


 アランの手を掴み立たせると、腹の音が大きく響いた。


 冷静になったら、お腹が空いているのだろう。


 本当に兄弟揃って似ているな。


 アランは申し訳なさそうに頭を掻いていた。


「せっかくだから食べていけよ」


「いや、そんな金は――」


「俺が奢るから気にするな」


 アランは俺よりも年上だろうが、立たせた時に簡単に持ち上がった。


 俺の力も強い方だが、それだけではないだろう。


 見た目も筋肉があっても全体的には細身だ。


 簡単に言えば細マッチョってやつだろう。


 妹が好きだった男性アイドルのような体型をしている。


 二人と同様にあまりご飯を食べていないのがすぐにわかった。


「そんな迷惑をかけるわけには――」


「ベンとルーも先に休憩すると良い。兄さんと話したいことがあるだろ?」


「ありがとうございます」

「うん!」


 ベンは覚悟を決めたのか、しっかりとアランの顔を見ていた。


 まずは働けるように兄の説得が必要だもんな。


「腹が減ってたら頭は働かないからな。それに二人は賄いだから金はかからない。ついでにアランも働けば無料で食べられるぞ。」


 どうせ急に働くってなっても皿洗いからになる。


 お客さんがたくさん来る前に済ませておけば、食べ終わった皿がタイミングよく集まっているだろう。


 それに従業員がまた一人増えるかもしれないって思うと笑みが止まらない。


「ヴァイトは良いやつだな」


「あっ、そそそそうだな!」


 急に褒められると動揺してしまう。


 少し胸が苦しいが、ブラック企業のパワハラ上司には必要なことなのかもしれない。


 店に戻るとみんな心配そうな顔をしていた。


 ただ、従業員が増えるかもしれないと言ったら問題なかった。


 従業員候補がいなくなるのは困るからな。


 俺は店主に言われた通りに、料理をテーブルに運んでいく。


「こんなに食べてもいいんですか?」

「俺なんて迷惑かけたばかりだが……」


 次々と運ばれる料理にベンとアランは戸惑っていた。


「ぼくはまたこれがたべたいな。おほしさまきらきらしてるね」


 そんな二人とは正反対にルーはオムライスを指さしていた。


 今回はラブがケチャップで絵を描いているから、興味津々のようだ。


「従業員は味がわからないと説明できないからな。たくさん食べた分働けば良いさ」


 それだけ伝えると俺は仕事に戻る。


「おっ、大丈夫そうだったか?」


「何か理由はありそうですが、ここの美味しいご飯を食べたら元気が出ますよ」


「ははは、さすがこの店のファン一号だな」


 三人の姿を見ていると、どこか微笑ましいと思える反面、この世界の現実を目の当たりにしているようだ。


 前世ではお金がなくて、ご飯を食べられない人を見る機会がなかった。


 実際はいるのかもしれないが、国がしっかりと保護していたのもあるのだろう。


 前の俺みたいな孤児が普通にいるなんて考えられなかったからな。


 そんな人達を救えるような活動ができたらと、三人を見てて感じた。


 それまでに俺もしっかりと生活できる基盤を作らないといけないけどな。


 俺もバビットの家に住み込みをしている一人なのを忘れていた。



「ヴァイト、アランのやつは来たか?」


「今あそこでご飯を食べてますよ」


 しばらくすると、ギルドマスターがいつものようにやってきた。


 この人も夜は店に寄ってから家に帰っていく。


「最後まで話を聞かずに店に向かったから、ちょっと心配だったぞ」


「あー、外に放り投げて冷静にさせたんで大丈夫です」


「ははは、さすがだな。あいつらにも事情があるからな……」


「両親がいないとかですか?」


 俺の言葉にギルドマスターは驚いていた。


 ひょっとしたらと思っていたが、あの表情を見る限りあっているようだ。


「それに他にも理由がありますよね。外に出ると厄介ごとに巻き込まれるとか……」


「はぁー、やっぱりブラック企業のパワハラ上司ってやつは違うな」 


 どうやら俺の考えていたことは正解だったようだ。


 アランの勝手に家から出るなという言葉がどこか引っかかっていた。


 ただ、心配なだけならそこまでは言わないだろう。


 ベンぐらいの子どもなら普通に町の中を歩いているからな。


「あいつらは親の借金を背負っているからな」


「借金ですか? 親の借金なら死んだ時になくなったりしないんですか?」


「そんなことあるはずないだろ。資産や借金は子どもが継ぐのが当たり前だからな」


 思ったよりもこの世界は生きるのに厳しいようだ。


 資産なら問題ないが、小さな子どもに借金を背負わされたらやっていけない。


 ヴァイルを助けた時に、裏で人身売買が行われていると聞いたことがあった。


 そういう何かしらの理由がある人も対象になってるのだろう。


「外にいたら部下達に暴力を振るわれるって中々外に出してもらえないんだ」


 思ったよりも大変そうな家庭の事情を俺はただ聞いていることしかできなかった。

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