第103話 NPC、転職クエストを知る

 まずはじめは味が濃くない寿司からだ。


 目の前には赤身魚、白身魚、イクラのような魚卵からたまご焼きやかっぱ巻きが置かれている。


「うっ……」


「ちゃちく?」


「ああ、ごめんな」


 すでに食べる前から涙の止まらない俺は震える手を押さえながら寿司を掴む。


 寿司を手で直接掴んだのはいつぶりだろうか。


 まだ手も動かせて、飲み込みもできる時だったからな……。


 ゆっくりと口元に運んでいく。


「うっ……」


 和食の料理人も俺の反応が気になって近寄ってくる。


「ちゃちく、おいちい?」


「ああ、最高にうまい」


 俺はその後も止まらぬ速さで、寿司を口の中に入れていく。


 今までステータスを上げていたのは、このためだったのかと思うほどだ。


 全力で走っているより、速く口と手が動いている気がする。


 そんな姿を見てヴァイルもマネしようとしていた。


「子どもはゆっくり食べないと危ないぞ」


「はーい」


 俺に注意されてヴァイルはゆっくり食べていた。


「これは和食の勝ちだな」


「いや、次は中華だな」


 目の前には真っ赤に染まる麻婆豆腐。


 あまり辛いものを食べることはなかった。


 刺激があるものを控えていたし、お腹を下したらトイレに間に合わないと介助量も増えてしまうからな。


 レンゲに赤く染まるひき肉と豆腐を乗せて食べてみる。


「辛味ってこんな感じなのか」


 あまり感じたことのない、ピリピリとした痛みが舌を刺激する。


 俺はこれで少し大人になっただろうか。


 子どもは辛いものが食べられないからな。


「まずかったか?」


「こんな変わった食べ物を好むのはお前か魔族だけだろ!」


 どうやらこの世界では大人でも、あまり辛味があるものは好まないらしい。


「いや、美味しいですよ」


 正直に言ったら、今のこの状況では何を食べても美味しいだろう。


 それだけ食べられなかったものが並んでいるからな。


「最後はハンバーグだ。今回はデミグラスソースをかけてあるぞ」


 ハンバーグは比較的馴染みのある料理だ。


 見様見真似で作って、バビットがオリジナルレシピにしてあるからな。


「デミグラスソースってこんな味なんだね」


「洋食には欠かせないソースだからな」


 家でハンバーグを食べていた時はケチャップをかけていた。


 それが我が家の味だったし、小さい頃から食べ慣れている。


 こんなに美味しいものが食べられるならバビットやチェリーも連れてきたらよかったな。


「さぁ、この中でどれが一番よかったんだ?」


「もちろん泣くほど美味かった和食だよな?」

「いやいや、初めて食べた中華だろ?」

「それを言ったら、デミグラスソースなんて多彩なアレンジに今後も使える・・・だろ?」


「使える?」


「「「兄ちゃんは俺の弟子になるんだろ?」」」


 俺の言葉に反応して突然目の前にHUDシステムが出現した。

 


【転職クエスト】

 

 職業 薬膳料理人

 和食のレシピを覚える10品覚える 0/10

 合成 料理+薬師 どちらも50レベル必要

 報酬 薬膳料理人に転職


 職業 炎匠えんしょう

 中華のレシピを覚える10品覚える 0/10

 合成 料理人+魔法使い どちらも50レベル必要

 報酬 炎匠に転職


 職業 洋食技匠ようしょくぎしょう

 洋食のレシピを覚える10品覚える 0/10

 合成 料理人+魔法工匠 どちらも50レベル必要

 報酬 洋食技匠に転職


 ※転職すると元の職業が初期化されます。


「転職クエスト?」


 どうやら俺はこの三人の弟子になるらしい。


 ただ、問題なのはどの職業にも料理人が含まれていることだった。


 仮に薬膳料理人に天職すると料理人と薬師はレベルが0になるってことだろう。


 目の前に出てきたこの三種類の中から選択できるはずがない。


「全部学ぶのは……?」


「兄ちゃんにはまだ早いな! せめてマスターしてからだな」


 やっぱり一つからしか選択できないようだ。


 ひょっとしたら今は彼らの弟子になるために出てきた選択肢で、他にもたくさんあるのかもしれない。


 デイリークエストをクリアして、レベルを50上げるには50日間もかかるからな。


 ちゃんと考えて転職先を考えないといけないだろう。


 テレビでも転職活動についての話もよくやっていたからな。


 転職エージェントという仕事もあったぐらいだ。


 それだけ重要な選択になる。


 ただ、今回は転職するためにここに来たわけではない。


「今は弟子になれないですよ。そもそも食事を食べに来ただけですからね」


 俺の言葉に三人は静かになった。


「ははは、そうだったな! 美味しそうに食べているのを見たら、つい教えたくなったよ」

「俺達はいつでも弟子を待っているからな」

「また何かあったら声をかけてくれ」


 それだけ伝えて彼らは調理場に戻って行く。


 結局、彼らは何で争っていたのか覚えていないのだろう。


「じゃあ、俺達もギルドに行ってみようか」


「れっちゅらごぉー!」


 お金を払った俺達は早速ギルドに向かった。


 ギルドには俺の知らない職業がまだまだありそうだ。


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【あとがき】


「ねえねえ、オラにもあれほちい」


 ヴァイルが話しかけてきた。

 指をさしているのは画面下の関連情報のところのようだ。


「おほちちゃまとれびー!」


「ん? それって★とレビューってことか?」


「うん! オラにもちょーだい!」


 どうやらヴァイルは★★★とレビューが欲しいようだ。


 ぜひ、ヴァイルにプレゼントしてあげよう!

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