第96話 課長、ヴァイトに振り回されてる

「課長今いいですか?」


「よくない! もう俺に話しかけてくるなああああ!」


 俺はデスクに顔を伏せる。


 ゲームのリリースが始まってから散々な日々を過ごしている。


 ずっと家には帰れていないし、この間妻に離婚届を突きつけられた。


 ほぼほぼ子育てはワンオペ状態になっているもんな。


「俺だって帰りたいぞおおおお!」


「帰れますよ?」


「えっ?」


「妖精イベントの設定が無事に済みました」


 部下からの報告に俺はすぐに鞄に荷物を入れる。


 枕も持って帰って……いや、カバーだけにしておこう。


 またいつ帰れなくなるかわからないからな。


「お前達もすぐに帰るんだぞ! 特に長谷川!」


「はい!」


 俺は問題児の社員に声をかける。


 最近、長谷川がコソコソと何かをやっている時は嫌な予感しかしないからな。


 チラッと覗いて帰ろうか。


「ってこれなんだ……」


――公式ヴァイト×ユーマのドキドキカップリング


「あっ……えーっと、ヴァユマのイベントですね!」


 長谷川は開き直ったのか、笑顔で俺にパソコンの画面を見せつけてきた。


「実は公式でイベントをやろうかと――」


「たわけええええええ!」


 俺はすぐにパソコンの電源を落とした。


 こんな姿を見られたらパワハラだと訴えられるかもしれない。


 だが、ここで止めないと公式がNPCとのBLカップリングを認めていることになる。


「ほら長谷川さん言ったじゃないですか? さすがに無理がありますよ?」


「だってあのコミケに参加している半数以上のサークルがヴァユマの二次創作を作っているんですよ!」


「あっ……そうか」


 正直言って俺はコミケと呼ばれている、〝コミックマーケット〟に参加したことがないからな。


 どれぐらいすごいのかがわからない。


 ただ、本当に発酵している方達にヴァユマが売れているのは確かだ。


 何が良いのか俺にはわからない。


 そもそも手のかかるヴァイトが売れている理由を知りたい。


 あいつは俺の離婚を死神のように引きずりこんだ男だ。


 そんな男をチヤホヤするなんてできねーぞ。


「それでもダメなものはダメだ。それにそういうのは匂わせが良いんだろ?」


「はぁ!? 課長もついに発酵したんですか?」


「お前と一緒にするな!」


 俺はそれだけ言って会社を後にする。


 久しぶりに家に帰れるんだ。


 これでやっと仕事から解放される。


 俺はあまりにも嬉しくてスキップしながら帰っていた。



「ただいまー!」


 俺が家に入ると、ドタバタと子どもが玄関までやってきた。


「あっ、ちゃちくー!」


「おいおい、父親に社畜はないだろ?」


「ならATMはどうかしら?」


「くっ……」


 奥で妻が笑ってはいるが、この間までは声をかけても無言で無視されていた。


 それだけ俺が帰らずにワンオペさせていたのが問題だった。


 妻も専業主婦ではなく、家で仕事をしているからね。


 むしろゲームが売れた影響で給料が3倍になったから繋がれた命だ。


 だからATMと言われても仕方ない。


 そして、一番の問題はここにも存在していた。


「公式でヴァユマコラボとかしないのかしら?」


「ヴァイルもおねがいね!」


 妻と娘共々あいつらのファンだった。


 さっきは長谷川にあんなことを言ったが、俺の妻はすでにコミケに参加しているイラストレーターだ。


 俺と出会った時から彼女は発酵しきっていたからな。


 仮にここでヴァイトをNPCとして削除するなんて話をしたら、即離婚になるだろう。


「いや、さすがに一般プレイヤーを大体的に使うことはできない。そもそもなんでヴァユマなんだ? 他にもジェイドやエリック、ボギーやバギーもいる――」


「はあああああん!?」


「ヒイイィィィ!」


 あまりにも奈落の底から引きずり込まれそうな声に俺はびっくりしてしまった。


「あなた何もわかっていないわね! そんなんだから結婚するまで売れないゲームばかり作っていたのよ!」


「くっ……」


 その言葉に俺のHPは0になっただろう。


 今まで俺の関わったゲームは全く売れなかったからな。


 今の時代は、ただ男性向けや女性向けで発売しても大ヒットしない。


 そこに彼女らが妄想して楽しめる要素が存在しないと売れないのだ。


 市場が男性、女性、発酵人で分かれているくらいだからな。


 ただ、ヴァイトに関しては、予想とは反して勝手にこんなことになっているけどな……。


――トゥルルル!


「わぁ!?」


 妻にビクビクしていると、突然のスマホの音に俺はドキッとした。


 画面には部下の名前が表示されている。


 また何か問題が起きたのだろうか。


「早く出てあげなさいよ」


「わかった」


 俺は覚悟して電話に出る。


「かちょおおおおおお! 問題が起きましたあああああ!」


 あまりにも大きな声にスマホを耳元から離す。


「またヴァイトか?」


 俺の言葉に妻はニヤニヤして耳を傾けている。


 社内の情報だから聞かせられないが、きっとヴァイトのファンである妻にとっては良い情報なんだろう。


 あいつの活躍が今では妻の元気の源だ。


 一方、娘はヴァイルと遊びたいのかゲームを強請ってくることが増えた。


 さすがに園児にあのゲームをやらせるのはね……。


「はい……。ダンジョンボスの予定にしていたクロムスカロがヴァイトに倒されました」


「なっ!?」


 ダンジョンボスといえば、この後行うイベントに出てくるボスだ。


 難易度も高めで、パーティーで協力してダンジョンをクリアするシナリオになっている予定だ。


 今はその準備で各地に強めの魔物を作成して、ダンジョンに戻るようにプログラムしてあったはず。


 それが倒されたと……?


「他のクロムスカロの幼体もビクビクしてダンジョンに入らず、森で怯えています。それに一体はヴァイトが手懐けていました」


 俺はそれを聞いた瞬間に、このゲームが終わったと思った。


 確実に人族だけゲームバランスが崩れているからな。


 レイドボス、妖精イベントに続いてダンジョンまで邪魔をされるとは。


「やっぱりヴァイトを削除――」


「おい、今なんて言った?」


「あっ、すみません」


 俺はその場で頭を下げる。


 もう妻が怖すぎて顔を見れないぞ。


「課長が対応してくれるんですか?」


「へっ?」


「ダンジョンボスどうするか迷っていたんですよね。明日からお願いしまーす」


 そう言って部下は電話を切った。


 通話終了音が俺の耳に残る。


 まるで今後の忙しさを知らせる地獄の鐘のように聞こえた。


 そして、俺の視界の縁には大好きなマミちゃんのフィギュアが全てすね毛ボーボーになっていた。


──────────

【あとがき】


「ねえねえ、オラにもあれほちい」


 ヴァイルが話しかけてきた。

 指をさしているのは画面下の関連情報のところのようだ。


「おほちちゃまとれびー!」


「ん? それって★とレビューってことか?」


「うん! オラにもちょーだい!」


 どうやらヴァイルは★★★とレビューが欲しいようだ。


 ぜひ、ヴァイルにプレゼントしてあげよう!


 ここで第二章が終了です!


 引き続きひっそりと更新していきます。

 コンテストのために、作品をいくつか用意しないといけないからねー(T ^ T)

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