第75話 NPC、ユーマが取られる

 家族旅行が終わり自宅に戻ると、周りの勇者達が忙しく世話をしていた。


「トラちゃん可愛いでちゅね」


「ユーマ気持ち悪い」


「なっ、お前にはこの可愛さがわからないのか」


「ふん!」


 勇者達の精霊の卵が少しずつ孵化し始めた。


 その結果、町の中が動物園のようになっている。


 精霊は動物をベースにした見た目が多く、色も様々なため、若干目がチカチカもする。


 ユーマは赤色のトラ。


 アルは黄色のアルマジロ。


 ラブは紫色のゾウ。


 ナコは緑色のハムスター。


 ベースの色と動物の種類は、与えた経験値と職業、性格に似ているらしい。


「まぁ、ユーマのトラは脳筋だってことだな」


「なっ、お前ー!」


 そんな俺の顔にトラを押さえつけるユーマ。


 ああ、小さなトラが可愛くないはずがないだろ。


 無邪気にスリスリされたら、俺だって可愛がりたいぞ。


 なぜ、俺だけ精霊の卵が貰えなかったんだ!


「ああ、ヴァイトがユーマを取られて嫉妬してるわ」


「いい加減幼馴染をカップリングするのはやめた方が……」


「もう子どもに大事な受けを取られたヴァイトにしか見えないわ」


「あっ、ついにユーマが受けになったんだね……」


 相変わらずラブとアルは俺の知らない勇者語を話している。


 勇者だけにしかわからない独特の言葉が、この世界には存在している。


 それを俺は勇者語と呼ぶことにした。


「お前達帰らないならこの網で捕まえるぞ!」


 精霊を捕獲するためにもらった網を持ってくると、精霊達はソワソワとしていた。


「お前それはダメだって――」


「うりゃー!」


 なぜかこの網を持って鬼ごっこすると、精霊達が楽しそうにバタバタと逃げ回る。


 精霊とも鬼ごっこできることを俺は知った。


「あああ、スタミナがー」


 精霊達には動ける時間が決まっており、体力がなくなると勇者達の体に戻っていく。


 もちろん追いかけ回した三人の友達勇者の精霊は体に戻っていった。


「せっかく精霊強化のイベントなのに、戻ったら意味がないだろ!」


「ここに見せつけに来たお前が悪い」


「くっ! また明日来るから覚えておけよ!」


「はいはーい」


 俺は手を振ってあいつらを追い返す。


 営業前に来られてもめんどくさいからな。


「ただいま!」


「チェリーとヴァイルもおかえり!」


 朝活を終えたチェリーとヴァイルが帰ってきた。


 最近はチェリーに付いてヴァイルも職業体験という名のお手伝いを始めた。


 初めは俺が教えていたが、効率重視でドンドン教えるためヴァイルが混乱して怒られてしまった。


 それからはチェリーが教えている。


 チェリーも弟が欲しかったのと、教えれば経験値になるから問題ないと言っていた。


 勇者達は経験を値としてHUDシステムで見ることができるらしい。


 俺はステータスとデイリークエストしか見えないからな。


「それにしてもチェリーの精霊はずっと寝ているね」


「ネコだから仕方ないんじゃない?」


 ヴァイルの頭の上でチェリーの精霊は寝ている。


 白くて羽の生えたネコ。


 極端に手足が短く、かっこいいという言葉より可愛いが似合う姿をしている。


 いつも寝ているため、触れようとしたらスリスリとしてくる。


「わちゃあめばかりずるい!」


 チェリーの精霊はみんなから〝わたあめ〟と呼ばれている。


 どこかもふもふしているからな。


 ヴァイルはそう言ってチェリーの精霊を頭の上から下ろすと、俺の手を自分の頭の上に置く。


 きっと頭を撫でて欲しいのだろう。


「朝の勉強頑張ったな」


「にひひ」


 俺がヴァイルを撫でると嬉しそうに笑っていた。


 精霊がいなくても、俺には可愛い弟がいるからな。


「お前達昼の営業始めるぞー」


「はーい」


 以前はバビットだけでやっていたこの店もいつの間にか四人でやっている。


 ウェイターのチェリー、ウェイター兼調理師の俺、みんなのアイドルヴァイル。


 役割分担がしっかりしている。


「おっ、ヴァイル今日もお手伝いか」


「うん! ちぇいどもおちゅかれ!」


「ぬああああああ!」


 みんなのアイドルってこういう存在のことを言うのだろう。


 みんなご飯を食べにきているのか、ヴァイルに癒されに来ているのかわからない。


 当の本人も撫でられて嬉しそうにしているから、問題はないのだろう。


「そういえば、ヴァイトは精霊を捕まえに行かなくても良いのか?」


「捕まえに行く? 精霊はいないよ?」


 以前精霊を捕まえに行っても、魔物ばかりで中々見つけられなかったからな。


 すでに俺は諦めている。


「今日は満月の日だから森に精霊が現れるぞ?」


「へっ!?」


 俺は精霊が出る日が決まっているとは知らなかった。


「半年に一回の満月になったタイミングしか、精霊は現れないからな」


 どうやら単純に俺が精霊を捕まえられる日を知らなかったようだ。


 俺は早速網を手に持った。


「おいおい、満月は夜だぞ? 今は昼だからな?」


 バビットに止められて気づいた。


 まだ昼間だし、営業も終わっていなかったな。


 今日の夜を楽しみにしながら、俺は昼の営業を続けた。

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