第68話 NPC、ネーミングセンスがない

 俺達は昼の営業準備をしていると、朝活を終えたチェリーが帰ってきた。


「ただいま!」


「おかえ……それ邪魔じゃないのか?」


 その手には卵を持っている。


 勇者達もずっと卵を離すことなく、常に持ち歩いている。


 さすがに邪魔じゃないかと思うほどだ。


「愛情が足りないと生まれないらしいからね。ずっと持ってないといけないみたい」


 だから勇者達は何をするのにも、卵を近くに持っていたのだろう。


 しかも、魔物と戦う時も卵を背負っているからな。


 本当にいつも一緒ってことなんだろう。


「そういえば、この子がなんでいるの?」


「ああ、俺達の家族になったんだ。新しい弟だな」


「うぇー!? 私だけじゃ足りなかったの?」


 それはどういう意味なんだろうか。


 別に家族はたくさんいた方が、賑やかで良いはずだ。


 それに俺達はみんな血が繋がっていないからな。


 今更気にすることでもない。


 店主のバビット、社畜の俺、勇者のチェリー、家畜の獣人の少年。


 生まれも育ちも全く違うが、お互いに家族だと思ったら、もうそれは家族になる。


「ちゃちく! いまきゃらなにしゅるの?」


「今からはお店をやるんだ」


「おみしぇ?」


「ああ、一緒に手伝ってくれるか?」


「うん!」


 獣人の少年も一緒に手伝ってくれることになった。


 それにしても、いまだに名前がわからないのも困るな。


「名前はなんて言うのかな?」


「きゃちく!」


 さすがに人前で家畜とは言えないしな。


 チェリーも戸惑ってどうしようか迷ってる。


 きっとそんなこと言ったら、俺が睨まれるだろうし、鬼畜と言われそうな気がする。


 なんとなく鬼畜の使い方もわかってきたしな。


「さすがにそれはダメだと思うんだ」


「ちゃちくといっちょなのに?」


 家畜と社畜だと、社畜と鬼畜ぐらい全く別だ。


 それに俺の名前を社畜だと思っていそう。


「俺はヴァイトという名前があるんだ」


「じぇんじぇんちがゆ……」


 俺の名前がヴァイトだと伝えたら、落ち込んでしまった。


「はぁー、お兄ちゃん泣かしたらダメだよ?」


「まだ泣かしてはないぞ! それで名前をつけてあげるのはどうだ?」


「にゃまえくれりゅの?」


 名前をつけるだけで、こんなに目を輝かせるなら、良い名前をつけてあげないといけないな。


 見た目の動物っぽさも影響しているのだろうか。


「んー、ポッチンとかどうだ?」


「やっ!」


 せっかくキラキラしていた目は、急に輝きを失って霞んだ目をしている。


 どことなく犬に似ているからポチみたいな名前に……。


 おいおい、チェリーとバビットもそんな哀れなやつを見るような目で見るなよ。


「もっと良い名前にしてあげなよ」


 そう言ってチェリーはHUDシステムを触り出した。


「ねーねはなにやってるの?」


「今聞いた!? ねーねだって!」


 チェリーは姉と呼ばれて嬉しそうにしていた。


 俺なんて兄ちゃんでもなく社畜だからな。


 きっと社畜は俺のニックネームのようなものだろう。


 ただ、俺もチェリーが何をやっているのか気になる。


「何をしているんだ?」


「今AIチャットボットに確認しているの」


 AI……?


 チャットボット……?


 お湯を沸かすやつだろうか。


 また勇者にしかわからない言葉を使っている。


 俺のHUDシステムには、そんな機能がない。


ヴァイル・・・・って名前はどうかや? お兄ちゃんの名前と似ているしね」


「ばいりゅ……ばえりゅ……ばえる!」


「んー、映えるじゃないよ?」


「ばえる……むちゅかちい」


 少し言いにくそうだが、本人が気に入っているなら良さそうだ。


「ヴァイルっていう名前の神様がいるらしいよ。殺された兄弟に復讐する神様になんだけどね」


 うん。


 その神様って中々物騒じゃないか。


 本当にその名前で良いのかと考えてしまう。


「でも、それだけ家族を愛して正義や栄光を象徴としているんだ」


 その神様にも色々あったのだろう。


 生きていたら世の中色々あるからな。


 毎日元気に生きていられるだけで、頑張っているとつくづく思う。


「うん! オラがちゃちくとねーねをまもりゅ!」


 すでに家族愛に溢れた良い子に育ちそうな気がする。


 名前も〝ヴァイル〟で良いだろう。


「俺は守ってくれないのか?」


 バビットは自分の名前がなかったのが気になったのだろう。


「んーんー」


 ヴァイルは首を横に振っていた。


 守るって言ってもらえなかったからか、どこか落ち込んでいた。


「おとちゃはちゃちくがまもるもん!」


「ああ、そうか。家族みんなで守るってことだな」


「うん!」


「それにおとちゃか……」


 バビットに頭を撫でられて、ヴァイルは嬉しそうにしていた。


「ねぇ、外にお客さん並んでるけど大丈夫?」


 どこかほのぼのする空気感に俺とバビットは営業準備の手を止めていた。


「チェリーはテーブルを拭いて、俺は調理場バビットさんの手伝いをする」


「ちゃちく、オラは?」


「んー、みんなとお話ししてて!」


「いっちぇくる!」


 俺達家族はみんなで支え合って、生きていけそうだ。

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