第56話 NPC、卵の存在を知る

 チェリーが社畜に転職すると、俺は再びゆったりとした時間を過ごしていた。


 以前のようにデイリークエストのクリア数が縛られているわけでもないため、社畜となったチェリーを俺は手伝うことはない。


 あれでも立派な一人前の社畜だ。


 今日も必死に冒険者ギルドに朝から行っていた。


 朝活は社畜にとってボーナスタイムみたいなものだからな。


 寝る時間を削って、朝早く起きればさらに時間がたくさんある。


「なぁ、ヴァイト?」


「どうしました?」


 ボーッと外を眺めている俺にバビットが声をかけてきた。


「最近勇者達が卵を持っているが何かわかるか?」


 少しずつ隣町に行っていた勇者達が帰ってきた。


 その手には何か大きな卵を持っている。


「目玉焼きでも作るんですかね?」


「さすがに……いや、あれだけ大きいとうまいのか?」


 俺達はあの卵をどうやって調理するか考えていた。


 それだけ仕込みが終わったら暇になってしまう。


 そんな中、店の扉が開いた。


「ヴァイト! 帰ってきたぜー!」


 そこにはユーマ達の姿があった。


 隣町に出かけて、二週間程度しか経っていないが、どこか強くなったように感じる。


「そんなに急いでどこに……あっ……」


「二人とも歩くのが――」


「アルはこっち!」


 続いてラブとアルも帰ってきていたが、ラブはアルの手を取り店の外に隠れた。


 側から見てたら、店の中を隠れて覗く怪しい奴らにしか見えないだろう。


「おお、おかえり!」


「なっ、俺が帰ってきたのに反応薄っ!?」


 反応が薄いって言われても、ついこの間離れたばかりだしな。


 俺は弟子兼妹であるチェリーの転職クエストのクリアのことで頭いっぱいになっていた。


 ユーマ達の存在自体、頭の片隅にもなかったのが本音だ。


「この間はあんなにうえんうえんしていたのに――」


「それ以上言ったら怒るぞ?」


 俺はすぐにユーマの口を手で塞ぐ。


「きゃああああ! そこは唇で塞ぐのが鉄板でしょ!」


「ラブ……さすがにそれは運営が許さないよ? BLゲームじゃないからね?」


「もうこの際力づくでBLにしちぇばいいのよ!」


 ラブとアルは外で楽しくはしゃいでいるようだ。


 それにしてもBLってなんだ?


 また勇者達しか知らない言葉だろうか。


 俺が二人の会話を聞いていると、ユーマが俺の腕を何回も叩いていた。


 どこか顔色がおかしい気がする。


 手を離すと、ユーマは大きく息を吸った。


「俺を殺す気か!?」


 どうやら口を塞いだときに、一緒に鼻も押さえて息ができなかったようだ。だが、その目はどこかキラキラとしていた。


 ああ、これがドMってやつだろう。


 苦しいことを喜ぶ奴が一定数いるって聞いたことがある。


 看護師同士の話を聞いている時に、ドMの彼氏に困っているという相談話を聞いたことがある。


「なあなあ、この間よりも強くなってないか? 近づいてくるところ見えなかったぞ!」


 ああ、こいつはドMじゃなくて、ただのバカだった。


 きっと戦うことしか考えてないのだろう。


「そういえば、お前達も卵をもらったのか?」


「卵……? ああ、これのことだろ?」


 ユーマはインベントリから卵を取り出した。


 赤色の卵で、どことなくユーマっぽい色をしている。


「ラブとアルももらったの?」


 外にいたラブとアルも店に入ってきて、卵を見せてくれた。


 ラブは紫色、アルは黄色の卵だ。


 人によって色の違いがあるのだろうか。


「俺達のパートナーになる精霊が生まれる卵なんだ」


「精霊?」


「ああ、隣町でもらえたんだ」


 隣町で精霊の卵が貰える。


 その情報は俺にとって有益だった。


 卵から生まれてくることも不思議だが、そんな特売みたいな感じで手に入るものなんだろうか。


 それなら俺も卵が欲しいな。


 俺はバビットの方を見ると頷いていた。


 これはもらいに行っても良いってことだろう。


「ちょっと出かけてくる!」


 俺は急いで隣町に行くことにした。


 このままだと俺だけ仲間はずれになっちゃうからな。


「あっ、精霊の卵は勇者にしか……」


「行っちゃったね」


「せっかく帰ってきたのに、ヴァイトがいなかったら撮影できないじゃん」


「ラブは何のためにゲームをやってるの?」


「推し活!」


 急いで店を出た俺は、何を話していたのか聞いていなかった。



 門に向かっていると、ちょうど生産街から帰ってきたチェリーがいた。


「あっ、お兄ちゃん……」


「隣町で精霊の卵が貰えるらしいぞ!」


「精霊の卵……? あっ、イベントのやつですか?」


「イベントなんてやっているのか? それならすぐに行かないともらえなくなっちゃうな」


 チェリーはどこでやっているのか知っているらしい。


 俺はチェリーをその場で抱える。


 せっかくなら二人で行って、二つもらってきた方が良いからな。


「私、前より足が速くなったんだけど……」


「俺よりは遅いだろ?」


「あっ……はい」


 チェリーは諦めがついたのか、俺にそのまま運ばれる形で隣町に行くことになった。


 まだ見ぬ精霊に俺はウキウキとしていた。


──────────

【あとがき】


「なぁなぁ、そこの人ちょっと良いか? 最近あいつらが働きすぎだから止めてくれないか?」


 どうやらNPCのバビットが話しかけてきたようだ。


 そこには有名なヴァイトと謎の女性プレイヤー。


「あのままだとあいつら死んじまうからさ。★★★とコメントレビューをあげるときっと休むはずなんだ」


 二人を止めるようには★評価とコメントレビューが必要なようだ。


「よし、次のデイリークエストに行こうか!」


「じゃあ、競走ね」


 謎NPCと謎プレイヤー競うように走っていった。


「あいつらを止めてくれえェェェェ!」


 バビットの願いは虚しく散り、その場で崩れ落ちていた。


「早くレビューしないとNPCの好感度が下がっちゃうわ……」


 どこまでも超リアルなゲームであった。

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