第22話 NPC、初めて怒る
薬師のデイリークエストを終えると、そのまま生産街に行くことにした。
「ブギーとボギーは仕事をしなくていいの?」
「ああ、俺達はしばらく働かないからな」
ブギーとボギーは相変わらずイライラしていた。
俺が着いた時には二人で何かを話していたようだ。
「そうか……」
せっかく来たのにデイリークエストも受けられないのだろうか。
俺が帰ろうとしたら二人に止められた。
「おいおい、そんな悲しい顔をするなよ」
「工房だけはいつでも貸してあげるからな?」
そんなに俺は悲しそうな顔をしていたのだろうか。
工房が使えるなら俺としては問題ない。
今日は弓を作るつもりで工房に来ている。
「バビットに怒られないか?」
「まぁ、せっかくやる気があるのに止めたら可哀想だろう」
「そうだよな……。それなら俺達が教えてやるか」
俺は一人で作ろうとしていたが、ブギーとバギーが直接教えてくれるようだ。
久しぶりに師匠から指導してもらうような気がする。
それほどここ最近二人は忙しそうに働いていた。
「今日は何を作るんだ?」
俺は近くにある板に作りたい弓の形を書いていく。
「また変わった物を作ろうとしているな」
今回作ろうとしているのは、弓を二本くっつけてXのような形にするつもりだ。
いつも訓練場で借りている弓は縦に長くて、体が小さな俺では引っ張りにくい。
「なんで普通の弓じゃないんだ?」
「この体じゃ効率が悪いんだよ」
「効率?」
「矢をたくさん打てないからね」
STRとDEXが高いため、矢を引くことは問題なくできる。ただ、二本以上になると上手く飛ばせないのが問題だ。
デイリークエストは矢が飛ばせれば問題ない。
今まではデイリークエストのことしか考えてなかった。
しかし、また魔物が襲ってきた時のことを考えると、実用性がある武器を用意しておいた方が良いのは確実だ。
「基本的には木材は小さな弓を作る時と同じでも良さそうだが、どうやって二本をくっつける気だ?」
それが一番の問題だった。
この世界に溶接技術があるわけでもないからな。
「それならスパイダー種の魔物で出来た糸を編み込んで、巻きつけて固定するのはどうだ?」
ボギーが提案したのは皮の防具で使っている技法だった。
皮で出来た防具はスパイダー種という蜘蛛の見た目をした魔物の糸を編み込んで、皮同士を固定させている。
糸が丈夫に出来ているため、糸より皮が破れることの方が早いと言われているぐらい頑丈だ。
今日は木材の加工と糸を準備するところまでをやることにした。
木は工房にあるやつを自由に使って良いと言われているため、すぐに完成しそうだ。
「糸も持ってきたぞ」
木材を削っていると、ボギーが自分の工房から糸を持ってきた。
それにしても今日は珍しく二人が一緒の工房にいる。
「今日は何かあったんですか?」
「あー、少し酒でも飲もうと思ってな!」
仕事を休みにしたから、同郷同士で酒を飲む予定だったらしい。
そんな楽しそうな日に来てしまって申し訳ない。
「なるべく早く作業を終わらせますね!」
俺はステータス頼りのDEXとAGIで、作業のスペースを上げていく。
「いや、ゆっくりでいいぞ?」
「ワシらは隣で酒でも飲んでいるからな」
ブギーとボギーは隣で酒を飲み始めた。
隣で作業している俺を見て楽しいのだろうか。
ただ、木材を削ったり、糸を編み込んだりするだけの単純作業だ。
――バン!
そんな中、扉が勢いよく開いた。
「おい、早く武器を作ってくれよ!」
急に入ってきたのは、あまり見かけたことない人物だった。
服装からして勇者なんだろう。
冒険者なら装備が整っているが、体が皮の鎧で覆われているだけだった。
「おい、酒が不味くなるじゃねーか!」
「ワシらを舐めているのか!?」
そんな勇者にブギーとボギーが詰め寄っていく。
「うっ……」
勇者はその場で狼狽えている。
二人とも小人族だから、体は小さいが見た目だけは迫力があるからな。
そんな様子を横目に眺めながら、作業を続けていたら勇者が俺に近づいてきた。
「おいおい、ここにも職人がいたじゃねーか。早く武器を作れよ!」
きっと俺に話しかけているのだろう。ただ、俺は職人ではないからな。
職業体験をしているそこら辺の人だ。
「おい、無視するなよ! ガキのくせに!」
勇者は俺が作ったばかりの弓の木材を踏みつけてきた。
おいおい、こいつは本当に勇者なのか?
近所迷惑なやつらという認識だったが、ただのヤンキーかチンピラにしか思えない。
「てめぇ、ワシらの弟子に何してんだ!」
ブギーとボギーはさらに怒り出した。だが、俺も黙って見ているわけにはいかない。
「ねぇ、君は今までやった作業の時間をどうやって返してくれるのかな?」
「はぁん?」
「木材が折れたのが見えなかったの?」
勇者が弓を踏みつけた瞬間、真ん中から弓に使う木材が折れてしまった。
「そんなのただの木じゃねーか!」
腹の奥にある沸々とした何かが出てきそうな気がする。
デイリークエストは終わったが、弓はまた一から作り直しになってしまう。
それにせっかくの休みの日に、手伝ってくれたブギーとボギーに申し訳ない。
「そもそも勇者って何様だ? 俺らからしたらお前達の方が邪魔な存在だ。無理難題押し付けて、全ての意見が通ると思うなよ! お前達の方がマオウさんより邪悪な存在じゃないか!」
「くくく、ヴァイトのやつ魔王のことマオウさんだと思ってるぞ」
「必死に怒っているんだから笑ってやるなよ」
怒っている俺を見て二人は笑っていた。
笑ってしまうのは仕方ない。
今まで生きていた中で、人に怒ったことがないから、怒り方すらもわからないのだ。
「師匠達がせっかく休みの日にまで、時間を取ってくれたのに――」
「あっ、いや……ワシ達は勝手に休みにしただけで……」
俺は折れた木材を回収する。悔しくて木材を握ったら、粉々になってしまった。
それを見ていた勇者の顔は引き攣っていた。
「人の時間を奪ってまで邪魔をするのが楽しいのか?」
「あっ、ワシ達は暇だぞ? ほら、今と酒を飲むぐらい暇だぞ?」
二人は何かを言っているが、俺はイライラしてそれどころではない。
勇者はなぜか俺と小人族二人の顔を交互に見ている。
「お前も俺のように一緒に働いてみるか? おん?」
「いや、普通のやつがそんな働き方したら死ぬぞ?」
「社畜はワシらも嫌じゃ!」
「俺は社畜じゃない!」
バイトニストにとって時間は大事だからな。
俺が社畜と認めてなければ、それは社畜じゃない。
「ははは、もう面白くて無理だ」
「くくく、武器を作って欲しいなら態度で示すんだな」
そう言って二人は勇者を掴んで、工房の外に放り投げた。
小さい体でもハンマーを振るだけの力はあるようだ。
思っていたよりも勇者って邪魔な存在だったな。
「せっかく手伝ってもらったのに……」
俺は粉々になった木材を拾って片付ける。
視線を感じて、二人を見るとニヤニヤと笑っていた。
二人してどこか気持ち悪い笑みをしている。
「なぁ、ボギー?」
「どうしたんだ?」
「師匠って言われるの良いよな」
「ああ、ワシもそう思ったぜ」
「それにヴァイトって怒ると社畜の勧誘をするんだな」
「くくく、まさか一緒に働くか聞くとは思わなかったぞ」
その後も工房にいくたびに、二人は俺を見て笑っていた。
ひょっとしたら、勇者よりもブギーとボギーの方が作業の邪魔だったのかもしれない。
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