異世界行ったら『聖女』になった俺。

悠之信

選ばれたスキルは『聖女』でした

 いつも通りの金曜日。

 一週間の授業が終盤になり、教室の雰囲気に少し浮ついた気持ちがちらつく六時間目にそれは起きた。

 科学の授業だった。


「な、なんだ!?」


 やる気のない科学教諭の講義で眠っているものすら叩き起こされた。


 教室の床を埋め尽くすほどに、光り輝く魔法陣が現れたから。


「お前ら、外に……!」


 珍しく切羽詰まった様子の先生の声を遮るように、魔法陣は俺たちを飲み込み……


 俺たち、式谷学園2年3組はその時授業を担当していた科学教諭と一緒に異世界に転移した。



「おい! おい! 起きろ! 柚本!」

「……ん?」


 誰かが自分を呼ぶ声で、目が覚めた。

 目を開けると、俺の肩をゆすりながら顔を覗き込む柳生谷《やないだに》仁志ひとしのの顔があった。


「大丈夫か?」

「ん、ああ。どうした?」

「どうしたもこうしたも周りを見てみろ」

「ん? おおー」


 言われて見ると、周りは真っ白で何もない空間に俺たちはいた。


『んぅ……』

『なんだ……これ……』

『どうなってるの!?』


 クラスメイト達もいた。

 まだ眠ってる人たちもいるし、状況に気づいて絶句している人、錯乱している人など様々だ。

 かくゆう俺も結構動揺している。


『俺の時代キターーーー!!!』


 あ、オタクの末富が発狂してる。

 ふむ、つまりこれは……


 そう考える前に、突如何もない真っ白な空間に光が現れた。


 その光は直視できないほど光り輝いてから徐々に光量を落としていき、やがて人型を形成していった。

 光が収まった時、そこには一人の女性が浮かんでいた。

 金髪碧眼。白い布と羽衣を身に纏った神々しい雰囲気を醸し出す女性がそこにはいた。


『『『デッ…………』』』

『『『………』』』


 それと、どこは言わないが男子が騒いで、女子が冷ややかな目を向けるほど、大きいものをお持ちだった。


「私の名は女神エラ。皆様をここに呼び出したものです」


 神々しい雰囲気から発せられる鈴の音がなるような凛とした声に圧倒されたのか、先ほどまでざわざわと騒いでいたクラスメイトはシン……と静まりかえっていた。

 女神様はそのまま俺たちが立っているところまで降りてくると、


 そのまま膝を折り、額を地面(真っ白すぎてわからない)につけ土下座の体勢になった。


「申し訳ありませんでしたぁーーーー!!!!」


『『『『ええええぇぇぇぇぇ……』』』』


 俺含め、クラスメイト全員が困惑した。


「今回皆様を呼んでしまったのは、全て私の不手際でございましてぇ……」


 額を地面につけながら、女神様は話し始めた。


「簡単に言うと、私が管理している世界に魔王が現れてぇ……」


 初めの神々しい雰囲気が嘘のように弱々しい声音で女神は続ける。


「最初は人類側も善戦して、大丈夫そうかなって静観してたんですけどぉ……」


「徐々に魔王が生み出す無尽蔵に現れる魔物の軍団になすすべが無くなっていってぇ……」


「私も女神として下手に地上に手を出すわけにもいかず、かといって人類と魔物のパワーバランスが崩れていくのをだた見ているだけなのも心苦しくってぇ……」


「その時! 魔物に侵攻されそうな国の一つが勇者召喚の秘術を使ったんです!」


「もう藁にもすがる思いでそれに便乗して、関係各所に連絡をとってぇ……」


「やっと皆さんの世界の神様に了承をもらったんです!」


「もちろん、皆さんの了承を得られたらという条件付きで!」


「どうか! どうか! 私の世界に来てくださいませんかぁ!」


 地面にめり込むのではないかと言うほど、女神様は深く頭を下げている。

 後半に至っては、涙声になってさらに必死な様子が伝わってくる。

 流石に不憫に思ったのか、先生が前に進み出て女神に手を差し伸べた。


「えっとー、頭を上げてもらっていいすか?」

「はいぃぃ……」

「いろいろ聞きたいことがあるんすけど、いいすか?」

「はいっ! ずびっ、何なりとぉっ!」


 頭をあげた女神様の顔は酷い有様だった。

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった女神様を見て先生も引いた様子だが、質問を始める。


「俺たちって元の世界に帰れるですかね?」

「あ、はい。今ならまだ帰ることができます。異世界に行ったら、魔王を倒すまでは帰れないと思いますけど……」

「今、俺たちに断られたらどうします?」

「また別の方々に頼み込みにいきます……」


 そういう女神は悲しげだった。

 もしかしたら俺たちで最初じゃないのかもしれない。


「なるほど。ちなみに、俺たちって戦いとかと無縁なガキとおっさんなんで、役に立つこともないと思うんですけど」


 ちょっと失礼な物言いだが、それは俺たちも気になっていた。

 一般的な高校生である自分たちが、いざ戦争に駆り出されても何かできるわけがない。

 ……なんか、末富の鼻息が荒くなっている。興奮してるのか、ちょっときもい。


「もちろん、皆さんには私から加護を授けます」

「加護?」

「はい。異世界に行って言葉が通じるようになったり、剣の扱いが上手くなったり、魔法を扱えるようになったり……」


『スキルキタァァァ!!!』

『うるせぇぞ末富!! 横で騒ぐんじゃねぇ!!!』


 あ、加護の詳細を聞いた末富が、隣にいた染岡にぶっ飛ばされてる。


「私の加護があれば、皆さんも異世界に行って少し訓練するだけで戦えるようになると思います」

「なるほどなぁ……」


 話を聞き終えた後、先生は難しい顔をして黙りこくった。

 普段はクズで変態でどうしようもないクソ教師でも、いざという時は生徒思いのいい教師だ。

 どう考えても危険で怪我程度では済まない場所に、おいそれと生徒を送り込むのは気が引けるだろう。


「内迫先生」

「あん? どうした柳生谷」


 俺の隣で事態を傍観していた仁志が、先生の前に進み出た。

 ああ、またいつもの暴走だ。


「行きましょう。先生」

「お前なぁ……遠足に行くんじゃないんだぞ」

「わかってます。でも、目の前に困っている人がいて、見過ごすことなんて俺にはできません」

「俺も困ってんだけど」

「みんなはどうだ?! 異世界で困っている人たちを救いたいと思わないか?!」

「聞けよ」


 仁志に問われたクラスメイト達の反応は三者三様。

 呆れた目をするものもいれば、希望に満ちた顔をする人もいる。

 だが、概ね異世界に行くという意見には賛成のようだ。


『俺は行く! 絶対行くぅぅぅ!!』

『ウルセェ!』

『まぁ、楽しそうだし』

『我が漆黒の翼が、羽ばたく時が来た!』

『パワァァァァァァ!!!』


 ……こう見ると個性的だな。このクラス。


 クラスメイトを見て、満足した様子の仁志は続いて俺を見た。

 期待に満ちた眼差しだ。


「……はぁ。やってみれば?」


 仁志の顔がパァッと明るくなり、対照的に先生の顔が『おいぃぃぃ』とでもいいたげに俺を糾弾している。

 無茶言わないでほしい。

 暴走した仁志を俺が止められるわけないでしょ。


「どうですか先生!」

「…………いや、だめだ。教師として許可は出せな———」

「女神様! 俺たち異世界にいきます!」

「本当ですか!」

「聞けよ」


 これが暴走状態の仁志だ。

 目の前のことを自分の都合のいいように解釈し、突き進む。

 言ってもどうせ聞かない上に、持ち前のスペックで結局なんとかしてしまう。

 で、稀にうまく行かなかった時の後始末を俺がするのだ。


「ありがとうございます! ありがとうございます!」

「頑張ります!」

「はぁ……次はクビかなぁ……」


 


「で、では、加護を授けます」


 すると、女神様は両手を掬うように手をあげた。

 その手の中には色とりどりの光が乱舞しており、女神様が現れた時のように徐々にその光は強まっている。

 そして、女神様が両手を頭の上に掲げると、光は俺たちの胸の中に吸い込まれて消えていった。


「これで、加護の贈与は終わりました。胸の上に手を当てれば、どんな加護が得られたかわかると思います」


 言われるがまま、胸に手を置いてみた。


『付与? なんか、弱そうだな……いや、こうゆうものほど使い方次第で化ける!』

『聖弓……弓ね。ちょうどいいのが来たわ』

『本庄さん、どんなのになった?』

『私? 懐王だって! 壊す王様。かっこいいね!』

『え、何それ』

『調薬? へー、媚薬とか作り放題ってこと!?』

『渡っちゃいけねやつに、渡っちゃいけねぇもん渡った!?』


 クラスメイト達は口々に自分の加護について話しては、一喜一憂している。

 かくゆう俺は、胸に手を当てたまま硬直していた。

 

「柚本、さっきは賛同してくれてありがとう」

「……」

「柚本?」

「え、ああ、仁志か。いや、ちょっと加護が衝撃的で」

「そうなのか? 俺は『勇者』って言われたよ。柄にもないけど」

「仁志らしいと思うけど」


 苦笑する仁志に、少し回答がおざなりになってしまった。


「すいません。女神様」

「? はい、なんでしょう」

「なんか、加護の名前が変なんですけど、大丈夫ですかね?」

「加護の名前が変、ですか。なるほど? 失礼します」

「ふぇっ?」


 すっと近づいてきた女神様は、俺の頬に手を当て何食わぬ顔で額と額を合わせてきた。

 至近距離で女神様の人間離れした顔と胸の辺りに当たっている柔らかい感触に、顔の温度が上昇していくのがわかった。

 男達から羨ましそうな視線が突き刺さる。


「ふむ。特に問題は……ああ、なるほど」

「加護はその人の魂の性質によって決まります。その加護があなたに与えられたということは、あなたにその性質があったということ。何も間違ってませんよ?」

「え、と、いえ、俺、男なんですけど」

「? はい。そのようですね?」


 何か問題が? とでもいいたげな目線を向けてくる女神様。


「いや、だから……」

「どうしたんだ柚本。珍しく食い下がって、そんなに変な加護だったのか?」


 いつもとは違う俺の雰囲気に、心配した仁志が加護について聞いてきた。


「『聖女』って……」

「は?」

「俺の加護、『聖女』っておかしいだろ!?」


 いつの間にかクラスメイト達は俺をみていて。

 俺が叫ぶと一泊、クラスメイト達は笑い出した。


『聖女!? 聖女って、お前男だろ!」

『女装でもすんのかよ?!』

『確かに柚本くん、女っぽい名前だけど……』

『気配りがいいことあるし、あながち間違ってもないかも……?』


「むむう……」

「まぁ、別に女になるってわけじゃないだろうし、強そうなスキルならいいんじゃないか?」


 女神様に詰められた時より赤面した俺を、仁志が苦笑しながら慰めてくれる。


『フラグ立ったな』

『何言ってんだ末富……』




「それでは、皆様を異世界に転移します」


 一悶着あったものの、無事(?)に加護を授かり、ついに異世界に行くことになった。

 先ほどの喧騒が嘘のように、みんな一様に緊張が走っている。


「お願いします!」


 代表して仁志が言うと、教室であったように足元に魔法陣が出現した。


「私の世界のこと、どうかよろしく頼みます。ご武運を」


 そして、俺たちは異世界に転移した。



「ん」


 目が覚めた。

 まず目に飛び込んできたのは、現代日本はあまり目にすることがない高く広い天井、そしてそこから釣り下がる赤い旗。


 体を起こすと、自分が寝ていた赤いカーペットの上だったようだ。

 辺りを見回すと、豪華に装飾された神殿ような造りに奥にある金ピカの椅子。

 ゲームやアニメで見たことがある、玉座の間で俺は寝ていたようだ。


『『『おぉ……』』』

「?」


 カーペット横に整列した鎧を着た騎士たちが、俺を声を上げた。

 それを不思議に思っていると、俺が寝ていた周りにクラスメイト達もいた。

 ……なんか、記憶にある姿形と似ても似つかないような気がするが。


 疑問に思っているうちにクラスメイト達は続々と起き出していた。


『う、なんかデジャヴ』

『すげー、玉座の間だ』

『騎士がいる! ファンタジーって感じ』

『ん? 誰お前?』

『お前こそ誰だよ』


 ざわざわと広がる騒ぎ出すクラスメイト達を見て、違和感が増していく。

 そんな中俺に声をかけてくる人がいた。


「な、なあ、もしかして柚本か?」


 恐る恐るといった様子で聞いてきたのは、金髪に碧眼のどこか浮世離れした男性。

 日本人っぽい顔立ちなのが、少しアンバランスな感じがする。

 どことなく見覚えがある顔だ。


「そうだけど、誰?」

「俺、仁志なんだけど」


 ん?


「本当に柚本なんだな?」

「そうだと言って……ん?」


 なんか声が高い。

 驚いて手を見下ろしてみれば、俺のものとは到底思えない白魚のような白くて細長い指と小さい手のひら。

 同時に、本来俺にはないはずの豊かな山が二つある。

 はらりと視界の隅に短髪で黒いはずの俺の髪にはあるまじき、長い銀色の髪が見えた。


「何じゃこれぇーーーー!!!!」


 透き通るような声が、広い広い玉座の間にこだました。

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