小早川 かおり 様
前略
先日は、いらぬ一言を書いてしまい、ご気分害されましたこと、誠に申し訳ございません。
この書き出しにするかどうか、とても悩みました。しかし、悠長に悩んでいられる立場ではないと、あなたの手紙を読んでから、終日この返信のことばかりを考える日々でした。遅ればせながら、あなたを振り回してしまったこと、改めてお詫びします。申し訳ございませんでした。
以下、長くなりますが言い訳を書き綴ります。お目汚しになるので、読み飛ばしていただいても構いません。
僕は、先輩もご存知の通り、人と接するのが苦手です。そんな僕にしつこく構ってきたのが、秋道と、小早川先輩でした。秋道は同性だったから、友達以上になることはないとわかっていましたが、小早川先輩は女性です。僕が、あなたに好意を持ってしまったのは不可抗力と言って過言ではありません。
我慢しようと思いました。あなたへの思いを押し殺して、普段通り過ごしていこうと。もし、告白をして先輩にふられてしまったらと、考えるだけで身震いする程に恐ろしいことでした。先輩が、そんな僕の理性を打ち砕いたのが、僕が二回生の時の文化祭の打ち上げコンパの時でした。
絶対に酒を飲まないと宣言していた僕に、面白がって酒を飲ませようとする同輩を、先輩がずっと、追い払ってくれたあの時です。秋道はあれで、薄情な男ですから、遠くのグループで盛り上がっていました。僕の最後の砦はあなた一人で、そんなあなたがとうとう僕に、一滴も飲ませなかったあの日、僕は押さえきれなくなった気持ちをあなたに告げました。きっと酔っているから、忘れてしまうだろうと期待して。
残念ながら、先輩はしっかり覚えていて、先輩が「酔っているからもう一回言って」と僕に七回もリテイクを要求したことも、しっかり覚えていましたね。あんなに真っ赤な顔で、千鳥足で、何度もトイレに駆け込んでいたのに。さすが、酒好きを豪語するだけあるなと感心したものです。
僕は、本当にあなたが好きでした。こんなこっ恥ずかしい内容を、今でも鮮明に覚えているくらいに。
僕があなたに酒を飲んでほしくないと言ったのは単純な嫉妬です。あの日見た、酔った先輩の姿を誰にも見せたくなかった。それだけです。
それを、そんなことすら素直に言えないくらいに、僕は拗らせていました。あなたはすぐに僕の理不尽な言い分に従って、本当に一滴も酒を飲まなくなりましたね。初めは満足でした。これで先輩を誰かに、僕と違って先輩だけでなく酒も好きな誰かにとられる心配がなくなったと。
でも、ふと思ったんです。このまま、僕があなたの好きなもの、延いては魅力や個性を奪いとってしまったのではないか。そんな罪悪感と、あなたを、変えてしまったという恐怖に押し潰されそうになったんです。
僕が好きなのは無邪気に酒が好きで、馬鹿だなあと思うくらい優しくて、軽やかなあなただったのに。このままでは、僕の好きな先輩の姿でなくしてしまうのではないか。その元凶が、他でもない自分ではないか。
僕はいつも、僕のことばかり考えていました。先輩や秋道が、僕のことを考えてくれているというのに、僕は二人のことを全然考えていなかった。だから、あなたに別れを告げました。結局僕は、変わっていくあなたを愛し続ける自信がなかったんです。あなたを変える張本人の癖に。
その点、秋道は違います。いつもあなたと、そして僕のことを考えてくれていました。思えば、あんな酷い別れ方をしたのに、先輩が在学中にまだ三人でご飯に行けたのは、卒業後もこうしてあなたが僕のことを気にかけて連絡をくれたのは、ひとえに秋道のおかげです。あいつなら、きっとあなたを幸せにしてくれると思います。
僕がこんなことを書いて、驚きましたか。でも、先輩はご存じだったではありませんか。あいつは、うちの部活きってのお喋り男だったと。
奴から聞きました。結婚相手は、秋道だったんですね。こんなことを言えた義理ではありませんが、やはりどこか悔しいです。でも安心もしています。今度こそ、先輩が幸せになれる選択をできたんだと、心底安心したんですよ。
僕は、もう二度とあなたの前に現れるつもりはありません。どうか、どうか幸せになってください。
草々
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