第21話 制圧のための兵器

「【ウインドフロー】」


 創り出した筒状のものを風魔法で浮かして、そのまま突撃を開始する虫どもの方へと放っていく。


「アンモニアの製造も、石油の精製も、本当は人々を幸せにする技術のはずだったんだ。でも――」


 飛ばしたそれが弾けたと思ったら、中から大量の野球ボール大の金属球が飛び出した。

 それが次の瞬間には、けたたましい破裂音へと変わり。

 体液の雨が降り注ぐ音と大量の転倒音がこだまする。


「あと二発かな」


 創造魔法で再び創り出し、飛ばして破裂。

 土壁の向こうにいる彼らには何が起きているのかわからないことであろう。

 顔を少しでも出そうものなら彼らとて被害を受けるかもしれない。


 ただただ感じ取れるのは、連続的に起こる地揺れと、爆破によって発生した風圧と、そして、幾重にも重なる魔物たちの断末魔であった。


 煙が晴れていき、途端に周囲が静かになる。

 それまで聞こえていた虫特有のカサカサ音も、巨大な奴らが踏みしめる土の音も、もはや聞こえてくることはない。


 土壁の向こうから全員が出て来て、大部屋の有り様に愕然としてしまった。


「馬鹿……な……。魔物たち、は?」


 死体が消えたわけでもなし。

 そこに転がるは、惨たらしい死態である。

 どの者も体中に無数の風穴が空いており、未だにそこから体液が流れ出ていた。

 だが、一匹として生き残っているものはいない。

 おぞましい虐殺の光景に、今まで死を覚悟していた彼らの顔には憐憫さすら浮かんでいる。


「クラスター爆弾。爆弾の中に爆弾を敷き詰めたこの兵器を差し置いて、面制圧に優れる兵器は存在しない」


 たった三発しか放っていない爆弾で部屋中を埋め尽くしていた魔物たちは全滅していた。


「通常、爆弾の殺傷範囲を二倍にするためには八倍の爆薬が必要となる。ゆえに、爆弾は大型化するほど、使用爆薬に対する殺傷面積効率が低下する。だがこのクラスター爆弾に関してはその限りでない」


 ナパーム弾のように高温で焼いたわけでも、砲で体を拭き飛ばしたわけでもない。

 魔物たちはただ、多数の金属片をその身に浴びて身体機能を失っていた。


「第二次世界大戦において、この原型となる収束焼夷弾が開発されて、日本の大地を多いに焼いた。けどクラスター爆弾がもっとも使用されたのは中東だ。湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争、イスラエル紛争。この兵器による犠牲者の多くは民間人で、とくに子どもを殺す兵器だと言われていた」


 死体となった虫の魔物たちに語り掛ける。


「確かに人類を最も殺している生き物は人間ではなく蚊――昆虫だ。マラリアによって数多くの子どもたちが命を失っているのもまた事実。でも所詮は虫だよ」


 奴らを踏みつけながら、その瞳に語り掛ける。


「人類は人類を殺すことに躍起になっている。でも、彼らが本気になれば、お前たち虫なんてすぐさま根絶やしにされるだろうさ。今は目の前の凶悪な人間を殺すことに夢中になっているだけで、ただ優先順位が低いだけなんだよ。覚えておけ」


 リューナがすぐそばにまでやってきて、こちらに跪いてくる。


「……アサヒよ。わらわも……根絶やしに、されるのかえ?」


 胸元に手を当てながら、媚びるように聞いてきたものだから、俺はしまったなと思ってしまう。


「すまんすまん。お前のことを虫の類だなんて思ってないよ。リューナのことを傷つけたりはしない。大事な村民だからさ」

「そう、かの。……わらわは時々、おぬしを恐ろしく感じることがある。仲間じゃと思おておるが、時としてそうではないような一面もあるように見えてしまって……ふっ、いかんの」


 震える手で自らの体を抱きながらそんなことを言ってきた。

 たぶんそれは、正常な反応だ。


「こいつぁおったまげたっ。あんた化け物みたいなやつだな。あれほどの魔物を一瞬で倒しちまうなんて!」

「すごいすごい! 私たち、もうダメかと思ってたのに!」

「ええ、助かりました。あなたがいなかったらどうなっていたことか」


 リゲルのパーティが賛辞を述べていってくれる。


「いや、こっちこそすまんね。せっかくの覚悟と想いに水を注しちゃって。まあでもミシェルさんはよかったな」

「え? な、なにがですか?」

「いやだって好きなんでしょ? 想いが伝えられたじゃん」


 そう言うと、ミシェルさんは顔を真っ赤にしながら途端に地面と睨めっこを始めてしまう。

 対するリゲルもよそよそしい態度となりながら彼女の隣に立つのだった。


「そういえば、エリナも似たようなことを言っておったの。なんじゃったかの? たしか――私の心はアサヒ様のためにあるとかなんとか……」


 エリナが大急ぎでリューナの口を塞いでいく。


「リュ、リューナさん! そういうことは言っちゃいけません!」

「なぜじゃ。思ったことはしっかり伝えておいた方がいいぞえ?」

「リューナさんはむしろ思ったことを全部言い過ぎなんですっ!」

「そうかの? 自分ではだいぶ謙虚な方かと思おておったが……」


 そんな彼女らの会話を横目に、魔物たちの討伐の証として体の一部を採取していく。

 何ともめんどくさい作業だ。

 ミストラルバースオンラインならワンクリックでできたことなのに。


 しばらくそれをやって、大方よさげな奴らのを採取できたであろうか。

 他のメンバーも手伝ってくれたのだが、さすがに全部を採取していくのはあまりに手間であったため、やむを得ず大物だけとすることにした。

 これらに関しては、最初に約束した通りすべて俺らの手柄となる。


「よし、そしたら行くか。すまんねリューナ、全部持たせちゃって」


 採取した魔物の一部は大リュックに納めてリューナが担いでいる。


「構わんぞえ。わらわからすれば木の枝を持つも同然よ」


 そのまま大部屋を進んでいくと外へ出ることができ、クレイグラスへの帰路へつくこととなった。


  *


 ギルドに到着し受付のお嬢さんに手を振る。


「あ、アサヒさん、お帰りになったんですね。ヨモギは採取できましたか?」

「いやー、ちょっと俺らには難しかったよ」

「え゛!? あー……、そ、そうだったんですね。ま、まあ、そういうこともあるかもしれませんね……」


 受付嬢さんが苦笑いをするのと同時に、周囲からヒソヒソ声が聞こえてくる。


「おいおい、あいつヨモギの採取すらできねぇのかよ」

「街中にすら生えてんのに、ガキの使いか?」

「やめろよ、聞こえるぜ?」

「聞こえたって大丈夫さ。別に怖かねぇだろ」


 なんて言われているが、相手にするのも馬鹿馬鹿しい。


「えっと、代わりに魔物を討伐してきたんだけど、褒賞金ってもらえる?」

「はい、もちろんですよ。どういった魔物を討伐されましたか? さすがに小型過ぎると褒賞金は出せないのですが……」


 リューナが無言でリュックの中身をドバババと出していく。

 その様子を受付嬢も含めて、周囲にいた者たちは口をあんぐりと開けながら眺めていた。


「念のため言うておくが、これはアサヒ一人で狩ったものじゃ。わらわなど他の者は一切手を出しておらん」

「そ、そんな、馬鹿な……!」

「あ、ありえない。ゼルメグラの触覚があるぞ……っ!」

「あっちはピベルセの目だ」


「ほれ受付嬢。はよぉ査定をせい」

「あっ! し、失礼しました!」


 受付嬢さんが大急ぎで中身を確認していく。

 だいぶ待たされることとなったが、数が多いので仕方がない。


「こ、こちら、今回討伐された魔物の褒賞金となります」

「うん、ありがとう」


 脅威度の高い魔物が多かったため、得られた金貨の枚数は相当なものであったが、今回の狙いはこの金貨ではない。


「アサヒ様、これからはどうされるのですか?」

「おっ、エリナナイス! しばらくはこの金で、翡翠の隠月にでも泊まるか!」


 ちょうど独り言として言おうと思っていた内容をわざわざ問うてくれた。

 自分たちの居場所を大きめの声で公言しておき、俺たちはギルドを後にする。


「宿でお休みですか?」

「そうだね。しばらくは獲物が食いつくのを待つだけかな」

「獲物、でございますか?」

「うん。まあ、しばらく待ってよ。小遣いあげるから、暇なら街を見て回っててもいいぜ」

「あ、ありがとうございます。ですが、私はアサヒ様とご一緒したいです」

「俺は宿で機械イジリするだけだから、見ててもつまんないと思うけど」

「いいんです。見ているだけでも学べることはあります」

「熱心だな、エリナは」


 翡翠の隠月という宿に到着する。


「私が部屋を抑えておきますね」

「エリナよ。わらわも宿の取り方を知っておきたい。一緒にいかせてたも」


 その間に俺は今後の方針へと頭をやる。

 俺らがこの街に来た目的は未来の科学者を擁立するため、錬金術師の卵たちを探すことにある。

 そのために注目を集める存在となる必要があったのだが、これはおおよそ達成と考えてよいであろう。


 リゲルさんたちは今頃俺の噂を広げてくれているだろうし、ギルドでも、敢えてヨモギの採取に失敗して逆の意味で視線を集めた後に、強敵の討伐を示すというパフォーマンスまでしてきたのだ。

 ギャップを顕著にすることで、人々の印象に残らせようという作戦は成功しているはず。

 問題は次のステップとなる。


「アサヒ様、行きましょうか!」

「うん」


 そのまま彼女について行き、部屋へと入るとそのまま二人も一緒に入室してきた。


「えっと……、二人とも俺の作業見る気?」

「はいっ!」

「そのつもりじゃ」

「ふーん。まあいいけど」


 そのまま作業を続け、やがて夜となり――


「あの、さすがにそろそろ寝る準備をしたいんだけど」

「そ、そうですか。で、では、お湯を準備しますね」


 顔を真っ赤にしながら言ってきた。


「はあ!? いや、一人でやるよ!」

「わ、私たちもこの部屋ですので……」


 モジモジしながら言ってきやがった。


「えっ!? ちょっと待て! お前ら別の部屋じゃねぇのかよ!?」

「は、はい。ア、アサヒ様をお慰めしようかと思いまして」


 えぇ……。


「……エリナ、お前やっぱビッチだろ?」

「ち、違います! だ、誰にでもこんなことするわけじゃありません!」


 宿の受付に行ってみたのだが、夜になって生憎と他の部屋はもういっぱいだそうで。

 仕方はなしに部屋へと戻って来る。


「お前ら……計ったな」

「何を言うんじゃアサヒよ。ようやくおぬしの子種を恵んでもらえるというもの」

「おまけにベッド一つじゃねぇか! キングサイズとは言えどうしろってんだ!」

「もはや逃げられんのじゃ。観念せい」

「何をどう観念しろってんだまったく!」


 なんて話していたら、そそくさとエリナが服を脱ぎ始めた。


「リュ、リューナさん。こういうときはちゃんと体を清めてからするものなんですよ。お湯でしっかりと体を拭って下さい」

「うむ。わらわもまだまだ人間の習わしに関しては未熟者じゃ。エリナよ、頼りにしてるぞえ」


 リューナまでもが玉の肌を露わにし、二人して豊かな膨らみをこちらに見せつけてくる。


「ア、アサヒ様もこちらへいらしてくださいな。体を拭いて差し上げます」


 もはや完全に生まれたての姿となったエリナが恥ずかし気にそんなことを言って来てしまったものだから、俺は思考停止気味だった頭を無理矢理に回転させる。


「あー……。うん。リューナ! 人間の体について、エリナにしっかり教えてもらえよ! それじゃあ俺は夜専用のクエを楽しんでくる! また明日会おう! さらばだ!」

「あっ!」


 俺は大急ぎで部屋から逃げていくのだった。


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作者より(2024/2/19)

次話は明後日投稿です

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