07 父娘のダンジョン攻略①

(ここでいいかな?)


 僕はキョロキョロと辺りを確認してダンジョンにほど近い路地裏に入っていった。飲食店の裏口に通じる扉の並ぶ裏道は凹んだブリキのごみ箱だらけだ。


 そして手早く昨日の夜、親父さんが作ってくれた防具を身につける。


 家から装備して来なかったのは、その……防具の見た目がちょっとアレだからだ。


 格闘蛙インファイトフロッグの皮を素材に使用しているだけあって滑らかな質感で防御力は申し分ない。だけど、見た目が蛙を模したレインコートのようなのだ。僕が着ると可愛らしい蛙の着ぐるみを着ているみたいになってしまう。


 なんと言うか……人に見られるのは恥ずかしい格好なのだ。これで街中はとても歩けない。


「ムゥはカエルさんにへんしんした!」


 蛙防具フロッグアーマーを身にまとい、二匹のカエルが路地から出てくる。この圧倒的不審者感。


 早いとこダンジョンに行こう。


「れっつごぉー」



   ***

 


 草原くさはらを真っ白い体毛をした兎の怪物モンスターが飛び跳ねている。


「あれをたおせばいいの? ムゥにまかせてっ!」


「おぉ。ちょっと待ってぃ!」


 木剣を振り回して突撃しようとするムゥの首根っこを抑えて待ったをかける。捕まえてもまだ足をバタバタとさせている。やる気だけはすごい。


「パパ、なぜとめる?」


「いいかい。あのモンスターはとっても凶暴なんだ。ムゥは戦いの練習はしてきた?」


「ハッ! してない……。ということはムゥはあいつにかてない?」


「そう。だから今日はムゥをアイテム係に任命します。いろんなアイテムを拾ってこのバッグの中に入れてください」


 大きなバッグパックをムゥに背負わせる。まだ中身もほとんど入っていないから軽い。


「あいっ! まかされました。かえったらたたかいのれんしゅうする」


 一応、安全のために防御魔法をかけて少し離れた場所にいてもらう。


「パパ、ふぁいとぉーー」


 ダンジョンで兎のモンスターに出会ったら細心の注意を払わなくちゃいけない、とは新人冒険者が冒険者組合ギルドで口酸っぱく言われていることだ。


 第一階層に出現する兎モンスターは、岩をも砕く強力な脚力を持つ〈蹴脚ラビット・ストライカー〉と鋭い切れ味の耳を振り回して戦う〈耳刃兎ヴォーパル・バニー〉の二種類が存在する。


 この二匹、可愛い見た目に反して極悪な攻撃力をしているのだ。


 さらに、この怪物モンスターの厄介なところは見た目では区別がつかないということ。まるでダンジョンからの嫌がらせ。そのため出会ったらまず、脚と耳、上下の動きに警戒しながら戦う必要がある。

 

 先手必勝ッ!


 背後から斬りかかると兎は気配を察知したのか、素早い回し蹴りで剣の腹を叩き、弾かれてしまう。


蹴脚ラビット・ストライカーかッ——!)


 仕留め損ないはしたけれど、奴の種類が判明しただけマシだ。跳躍ジャンプ力を生かした足技にさえ、注意すればいい。


 二本脚で立つ兎はリズミカルに足踏みステップを刻みながらこちらの様子を伺っている。


 シュッ——。ピョーーン!


 空高く跳び上がった兎がその落下エネルギーをも利用して跳び蹴りをお見舞いしてくる。必殺の【流星蹴りシューティングスター】だ。


 僕は急いで後ろに大きく距離をとる。


『キュウ!?』


 空中では大幅な移動はできないので、離れてしまえばキミの攻撃が当たることはない。あとは着地後の硬直した一瞬のタイミングを見計らって、斬る!


 ザシュッ。


『キュウゥゥ……』


「パパ、やった?」


 戦いを見守っていたムゥが恐る恐るといった様子で近づいてくる。


「たおれてる……。ないすっ! つよい!」


 完全に倒したことを確認すると親指を立てて僕を褒める。


「ドロップアイテム〜♪ ドロップアイテム〜♪」


「そ、それはなんのおどり……?」


「これはドロップアイテムに感謝する踊りだよ」


「ムゥもおどるっ。どろっぷあいてむ〜」

「ドロップアイテム〜」


 倒したばかりの蹴脚ラビット・ストライカーが残したアイテムをムゥと共に回収する。


 今のところ、順調に探索を進めることができているので、自然と歌もこぼれてくる。前回の散々だった探索と比較すれば順調すぎるぐらいだ。


「あっ! あそこにあるのは〈回復草ヒール・フラワー〉じゃないか」


「どこ? どれ? なんだそれはっ。ムゥがとるっ」


 回復草ヒール・フラワーはいわゆる薬草の一種で、回復ポーションの原材料になる。


 冒険者にとってポーションのニーズは永遠のものであるから、採取して持ち帰るだけでいつでもギルドでいい値段で買い取ってもらえるおいしいアイテムだ。


 買い取ってもらえるけど、回復ポーションは迷宮内で材料を集めて自分で手作りした方が、高いポーションをお店で買うよりお得なのだ。


「ムゥ。それは雑草だよ」


 そこら辺に生えている草を手当たり次第にむしってはバッグパックの中に詰め込んでいる。もうバッグは関係のない草でぱんぱんだ。


「ざっそー?」


「ムゥがその草をいくら採っても、みんな『そんなのいらないですー』って言うってこと。こっちの小さな白い花を咲かせている草がヒール・フラワーだから探してみて」


 あと大蜜蜂ハーニー・ビーのハチミツと粘液玉スライムの粘液さえあれば回復ポーションが作れるんだけど……。


 他の冒険者の分と根絶やしにならないくらい残して収穫をしても両腕で抱えるくらいのヒール・フラワーが手に入った。


「ふふふ〜ん♪ なんだか今日はツイてるなぁ。新鮮なヒール・フラワーが手に入ったし、回復ポーションのために予定を変更して大蜜蜂ハーニー・ビー粘液玉スライムを集中的に狩ろうかな」


 粘液玉スライムは低階層で姿をよく見る液体状の怪物モンスターだ。


 地面をナメクジのように這ったり、ゴムボールのように跳ねたりして移動をする姿をよく見かける。攻撃技が体当たりしかないため、比較的初心者でも倒しやすい。ダンジョンが創り出した戦闘訓練チュートリアルのようなモンスターなのだ。


 が、洞窟の天井や樹上から顔に落下した時だけ、口や鼻を覆われて窒息の危険があるため、頭上のスライムには注意を必要しなくちゃいけない。

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