隔世原始航行

白湯 六行

隔世原始航行

第1話 距離の革命

 宇宙における一部の物理現象は、粒子と波動の二重性によって説明がつくと言われていた。粒子と波の全く異なる2つの次元が絡み合って空間に歪みを生み出し多色の世界は構築される。特に宇宙航行に必須である超高速路航法──通称、ワープ航法は、この二重性の理論に基づいて開発された技術であった。幸か不幸か、この航法は単体惑星の文明社会レベルを1つ押し上げ、今日こんにちでは複数惑星の文明社会レベルで管理マネジメントするに至る。人口増加傾向にある数百年において、溢れだした人類は瞬く間に星々を開拓していき、複数の惑星からなる星間国家が続出する最中さなかであった。

 ワープ航法により、航続距離の問題は解消されつつあったが、情報伝達──f=c/λ [Hz]──が明確に崩壊したのも、この頃の星間国家が乱立した時期に現れた深刻な問題である。常に情報が人の流れによって遅延する以上、どこかの星で何の国家が誕生しているのか分らない。もしかしたらいずれかの機関や組織で未知との遭遇が起こっているかもしれない。新兵器の開発や、ハイブリッドな戦術を仕掛けている真っ只中かもしれない。そんな恐れと懸念クローリング・ワイズが各国家、各組織に生まれ、急速に広まっていた。


 ボスはルールズ・アドム・ブレインに3つの命令を下した。<誰にも知られないこと>、<その星に来た部下は必ず殺すこと>、<その星から出ないこと>。

 ブレインはどの条件も制約だとは感じなかった。それにボスは、ボスであるのと同時にブレインの命の恩人でもあり、ブレインの命の恩人であると共に、ボスはブレインに義理を通さなければなかった。

 ゴンボスト事件以降、ブレインの人生は岐路に立った。ボスの娘さんは当初、まだマフィアではなかったメカニックのブレインを巻き込んだ代わりに命が助かった。同時に、ブレインはそのせいで職を失った訳だが、途方に暮れたブレインを助けてくれたのは、まさしく娘さんを探していた男性であるボスだった。ボスは謝罪と感謝と技術者メカニックとしての腕を見込んでマフィアに誘ってくれた。おかげで今では、宇宙からやってくる船の修理屋をすると共に、この小さな喫茶で情報収集屋をしている。

 喫茶は墜落した巨船の一部。改造したフロア6にある住みやすい空間だ。幸いにもこの巨船は致命的な外的損傷が見つからない。いくつかの扉がロックされているが利用しないという手はない程に勿体ない代物だった。巨船の半分以上は、この星特有の自然形態であるジャングルの逞しい生命に覆われており、先頭の一部が突き出るように、うみの方へ野ざらしにされている。


 ところで、この惑星はメザラと言った。ゴンボスト事件時の、あの惑星のように、星の70%が水に覆われてはいない。この惑星のほとんどのうみは流砂である。海水ではない。時おり砂風が吹いたり、砂雨が訪れたりする。大陸は存在しない。点々と流砂海うみ島々アイランドが浮かんでいる。島ごとに独自の進化を遂げた生物が生息しており、ブレインの居るこの島は、様々な変圧器や制御チップを実らせた樹木、ボルトやナット、ネジを実らせた植物が生えている。そのような木の実や種を狙う鳥が空を行き交い、放牧的な風景が楽しめるのが、メザラという惑星の特徴であった。

 カウンターに座っていた運び屋のジェルは、浮遊する生命物ディスプレイパネルを操作しながら、エリア21について調べていた。ここを訪れる運び屋は、どいつもこいつも自分を一流と自称するが、詳しい事は知らない。ただただ、ブレインは材料を売買し、運び屋たちの船を修理するのが役目であった。動くことのない住居である鎮座した巨船には、流砂海うみに向かって主張するように、マフィアのトレードマークが大きく刻まれている。一種の圧力や牽制を含めている為、まずブレインに金を踏んだくろうとする輩や、喧嘩腰で来る者は居なかった。

 いざこざや因縁が無いかぎり、他のマフィアや組織が訪れる時でさえ、余計な争い事を生まないよう紳士的な対応をしてくれる。それほど、宇宙警察に見つかるのは厄介であり、"向こうの組織のせいで、こっちの組織に迷惑が掛かったから報復する!"という火薬庫に火がつく要因になりかねない。

 目的は違えど、血気が盛んなマフィアであれ、マフィア間で問題を解決した方が穏便に事が進むケースが多かった。それで言えば、金に物を言わせて図々しく要求を突きつけてくる新興組合や、何をしたら闇の者たちの迷惑になるか分かっていない頭の悪い商人の方が厄介である。

 しかし、資金源の獲得が必須である主義社会の中で、そのような商人でさえ綺麗に利用するのが一流だ。関係性の高い信頼できる商人や仲介者ブローカーなら対一の話し合いが心置きなくできるが、そうでない者たちは運び屋を使ってマフィアと取引をするのが近頃のトレンドであった。ブレインはそれらの運び屋たちに諜報員を忍び込ませ、各組織や連合星国家の動向を探っている。特定のディスクやチップ、有機性保管組織と様々な方法で、メザラにデータが集まっていた。


 フロア3にある船渠ドックの作業をしばらく眺めていた運び屋のジェルは、椅子に座って何かを操作しているブレインに近寄った。

「そういや取引の話だが、いつもの場所にあるか?」

「あぁ、A-4島に材料は準備してある。終わったらそこまで案内する予定だ。それと例の件だが。」

 ブレインが言葉を濁すと、ジェルはシュコーと二酸化炭素を大きく吐き出した。透明質の楕円のような膜頭を掻く。有機性の環境適応服アストロノーツは脈打つ様に表面の内側の皮膚に管が張り巡らされていた。

「あんたのボスがそれを所望するなら、しょうがねぇ……。コクピット4にある飛行船をエリア21に運んで欲しいと言うことだな?」

「そうだ。エリア21まで運んでくれ。そしたら後は向こうの者が何とかするはずだ。」

「分かった。ブレインも乗っていくか?」

「もちろん。」

 修理の終わった船にブレインは乗る。ジェルがスイッチを押すと空中制御に入り、あっという間にA-4島が見えてきた。着陸態勢も十分に浮力が機能しており、口を開くように島の地面が2つに割れると、その大きな穴の中へ静かに下降しながら地下に潜った。

「ブレイン様。そちらの方はジェル様でしょうか?」

「あぁ、そうだ。」

 整備をする為に近付いてきたゾロイドが浮遊する生命物ディスプレイパネルをいじりながら確認している。この機械生命体はメザラ独自の種族である。彼らは特定の高周波パルスを用いて話していた。独自パルスを学習させた変換器を用いて会話する必要があるが、猿から進化した人間には通じない用語も多い。

「積荷はこちらにございます。今から乗せますので少々お待ちください。」

「分かった。それまでの時間をブレイン、どこかで話せないだろうか?」

 ここに来るのは既に何度目かのジェルだ。大勢のゾロイドが作業していても動揺することはない。それら一体一体が技術大国のアンドロイド製品を遥かに上回る性能を持っていたとしても、このメザラでの出来事は秘密保持契約によって守られている。

「そうだな。上層階で話をしよう。」

 ゾロイドに荷物を任せたブレインとジェル達は浮港の廊下を渡る。壁の無いエレベータに乗って上昇した。眼前に広がる大勢のゾロイドが積み荷の作業をしている。いくつもの船が出入りをしており、時折、浮港の開口部が開いて吸い込まれるように船が上昇していた。

「相変わらず壮大な景色だな。」

「ゾロイド達が動いてくれていますからね。」

「ここまで異質な星もそうそうない。どんな経緯で出来たのか知りたいところだが、何事にも知りすぎると良くないことがある。」

「そうか?」

「俺はもう少し長生きしたいんでね。」

 エレベータの扉が静かに開いた。気閘エアロックを通るとジェルは環境適応服アストロノーツの上部皮膜を開ける。澄んだ空気が細胞に染みた。あまりにも清浄な酸素に肺が驚いたのか、思い切り咳き込み慌てて簡易マスクを付けた。

「大丈夫か?」

「ちょっと綺麗すぎたな。問題ない。」

 長く入り組んだ廊下を進み、部屋に入った。重力は地球と同等。星間国によって変更することが出来る。小綺麗でお洒落な家具が置かれ、赤色の絨毯が敷かれていた。ソファに2人が座るとメイドの格好をした女性がカップにお茶を注ぎ始める。

「新しい女か?」

「まぁ、そんなところだ。話した方がいいか?」

 ジェルがメイドの顔を見て腕を組む。何を考えているのか手に取るように分かる。どうしてこんな辺境の星に女性がいるのか、それを聞きたいのだろう。しかしジェルは静かに首を横に振った。

「……いい。聞きたいのは女じゃない、積み荷だ。エリア21に何を運ばせるつもりだ。元より俺は貿易で此処にきているわけで、通行料が余分にかかるのは避けたい。」

「存じているとも。その分はもちろん支払うさ。積み荷の内容は医療器具だよ。」

「ここで製造をしているのか?」

「それは言えない。しかし、まだ地球では寄生虫モデルの身体能力向上が阻まれているだろ? 私の知り合いにグリーンオーシャン・コンポーネントの人間がいるからね。」

「ふむ……詳しい話は送ってくれ。違法でない荷物なら良い。量は?」

「船二隻分だ。自動追尾でジェルの船に付けるから操縦に心配はいらない。運送費と報酬も払う。詳細は浮遊する生命物ディスプレイパネルに送るとしよう。」

「至れり尽くせりだな。分かった。」

 1週間後。その間もしばしば談笑した。特に最近の世間の動きや大きな変化をジェルの口から聞く。主に地球内国家の話や、広がる星開発の事情、最後に知人からの伝言をジェルから受け取ると、いいタイミングでブレインは高調波信号を受け取った。

「準備が出来たようだ。A-4島に案内しよう。」

「ありがとう。良い1週間を過ごせたよ。船と荷物は宇宙に置いてあるんだな?」

「メザラの衛星に配置してある。こちらこそ。次も待っている。」

 船に乗ったジェルの姿が浮遊する生命物ディスプレイパネル越しに見える。A-4島上空に大きな上昇気流が放出された。黄色掛かった曇り空に青い楕円が出来上がり、ぼやけながら広がっていく。

恐れと懸念クローリング・ワイズに囚われることなかれ、ブレイン。」

「そちらこそ。気をつけて。」

「ありがとう。」

 島天井が開放され、1隻の船が飛び出した。小さな宇宙に映る船はみるみる小さくなっていく。やがて、彗星のように短い軌跡を描いて消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る