夢の縫製機

夢灯影(ゆめと)

第1話「仕立て屋、魔女と出会う」 

空には色がある


空の視る夢はとても規則的なもので朝焼けと夕焼けの時間は感情が燃えるように切なく儚い夢を視ているそうだ


我々にとって朝から昼間の時間はとても穏やかに時間を過ごし、夜の時間は悲しい気持ちと空虚さ

そして自身の深淵を見るような闇色の夢を視ている


そう、つまり空の色は光の反射などではなく

空が視る夢によって変化しているのが真実だ


何故そう断言できるのかって?

君は貝殻の裏側に虹が架かるのを見たことがないのかな


別段、不思議なことはないと思わないか

目の中に虹色が宿ること、それ自体も摩訶不思議な出来事さ

だから、ね?

空が夢を視ていたって、何も驚くことはない

そうは思わないか




僕は仕立て屋をしている

祖父の代から続いているので「ああ、あの老舗の」なんて言われたりしてて

僕自身この仕事に誇りを持っている


どんな布地でもお望みのものに仕立てて見せる

自信も実績もあるんだ 断るなんてことあってはならないんだ



だけれど、特別に不思議なお客様の来店があったんだ

聞いてくれるかい?


朝の身支度をしていたとき、ネクタイを丁寧に織り込んで首元を飾っていた僕の背後から

鋭くドアを叩く音がしたんだ


ノックの音でだいたいの身なりや階級なんてものが分かる

小鳥のさえずりのような優しくて可愛らしいノックは小さなお客様さ レディのね

野太く規則性のある間隔で鳴らされるノックはきっと軍人さんだ たぶん紳士の


こういう些細なところでその人の「生まれ」みたいなものが分かるものさ


で、鋭く叩かれたノックの音…きっとお客様は短気で

下手をしたらヒステリックな人かも!と僕は予想を立てた

いちいち予想を立てるのには理由がある わかりきっている事だが

仕立て屋は所謂「客商売」…平たく言えば接客業だ

傾向と対策…ひとりひとりへの接客が繰り返されるテストみたいなものなのさ

そういう僕のこだわり…と言ってもこれは祖父や父から口酸っぱくして言われてきたことだ

だからこそ下手な接客はできない

簡潔でいて端的に、そして相手がお客様であることは前提だが、しっかりと自分の意志を示すことだ

何よりどんなお客であっても「心に寄り添うこと」これは基本中の基本だ


ネクタイをピシッと締めた僕はゆっくりと店の扉を開く

扉は木製だけれど、ところどころに銅の縁があって細やかに彫刻されている

年期を感じるような錆もところどころにあるんだけどね…まあ雰囲気がいいかなってそのままにしてある


扉の前にはお客様がノックを叩いた手をそのままにして立っていた

彼女(であろう)はワインレッドの大振りな洒落っ気のある帽子を目深に被って顔半分が隠れており口元くらいしか視認ができないが顎のほっそりした感じを見るにかなり美しい造形の顔を持っていそうな気がした これは僕のただの願望かもしれないが


「10時には開店と聞いてきたのよ」

ノックだけでなく物言いにもなかなかに鋭さがある

まあ僕は堂々と構えさせて貰うけど

「はい、たった今10時を回ってございます よくぞお越しくださいました 」

「そういうのいいわ、私急いでるのよ 明日の晩餐会は飛びきりのドレスを着ていくって約束しちゃったんだから!!」

婦人…と言うには幼さが際立つ喋り方…なにより声が幼く感じる 

帽子の大きさで分かりづらいけれど身長もそこまで高くないようだ


頭にはワインレッドの大振り帽子、

ワインレッドのワンピースに黒いベルトを締め黒いブーツを履いている


僕の稚拙な感性が心のなかで「小さな魔女…!」と叫んでいた

大きな箒を持たせたらほうき星のように飛んでいってしまいそうだ 

ついでに僕の心臓を持って行ってしまうかもしれない


まあそんな事はありえない

そもそも魔法使いなんて存在しないはずだからね!


「お客様はドレスをご所望なのですね」

もちろん僕は一切顔には出していないさ なんといっても客商売だ

本心を悟られるのが一番マズいこと まして目の前に居るお客を魔女と疑うなんて失礼極まりない


「私はブルーナ・メディック なんでも仕立てられる貴方の店の評判を聞きつけてやってきたの」

「もちろんですメディック様 しかし…」

僕は顔をわざと曇らせてメディック嬢の顔色を伺いつつこう続けた

「先ほど、明日の晩餐会と仰りましたよね?」

「ええ、そうよ 明日の晩餐会にどうしても飛びきりのドレスが必要なのよ!」

本当に短気だった 僕の予想は大当たりだ だからこそ、しっかり毅然とした態度で臨もう

「納期は最低でも1週間を要します 今は繁忙期ではありませんが1日でドレスを仕立てるのは…恐らく難しいでしょう」

「……」

「ですが、出来合いのドレスでしたらいくつかご提案できます 

メディック様のサイズに合うよう調整もできます それでしたら半日もかからないでしょう」

僕は自分のペースを乱されないように

静かに淡々と交渉を始める 相手が譲歩してくれるのか様子を伺いながら


「明日の晩餐会…と言ったわね これは 嘘なのよ」

「…嘘?一体何がでしょうか」

嘘?何が嘘なのだろうか 初対面の相手に、しかも仕立て屋である僕に対して

その嘘は一体なんのメリットがあるのか 見当もつかなかった


「明日の晩餐会…と言ったけれど、正確にはサバトに参加するの」

「サバト…?」


サバトと言えば、絵本か何かで読んだことがある

魔女たちの集会だとかなんとか


「サバトに参加するのに、とびきりのドレスを着ていって妹たちをぎゃふんと言わせたいの」


ぎゃふん…ぎゃふんって言ったこの人…


僕は咳払いをして 浅く深呼吸をした

「メディック様 サバトと言うのは、そういう名称のサークルか何かでしょうか?」

「サークル?そうね…サークルを作って悪魔を呼ぶ儀式をすることもあるわ

明日は違うのよ ちょっとした集まりなの 妹たち…と言うのは後輩の魔女の事を言うんだけど…

あの子達ったら呪術の修行よりも色恋に夢中で仕方がないのよね…」

「は…はあ…」

「あの子達…私に男ができないのは攻撃的な色の服ばかり着るからだって馬鹿にしてきたのよ 酷いと思わない?」

「はあ…まあ…」

「貴方、話が分かるわね そう、だからね貴方に頼みたいのよ 『紺碧色のドレス』を仕立てて欲しいの」


先ほど僕は接客には「心に寄り添うことが必要」と発言したかもしれない

しかしそれは「まともなお客様に対して!」と情報追加させて欲しい


僕は彼女が気の触れたレディなのではないかと不安になりながら話を聞いていた

なにせ僕は仕立て屋で、カウンセラーでも精神科医でもない 魔女だの悪魔召喚だの言われても困ってしまう

専門外だ

「メディック様 明日の夜…晩餐会であってもサバトであっても、ドレスを仕立ててお持ちすることはできないでしょう

出来合いのドレスでも爽やかな青色から上品な紺色まで種類はございます まずはご覧になられて…」

早く済ませて帰っていただこう そう思い少し早口にこちらの希望を伝えようとしたところ彼女はそれを遮った

「耳が悪いのかしら?私は『紺碧色のドレス』を仕立てて欲しいのよ おわかり?

空の…そうね 正午に空が視ている夢の色がいいわ あれならとても若々しいものね」

そう言うとメディック嬢は肩から提げた革鞄から何かを取り出した

それは細かい装飾がこしらえられた銀の鋏であった

メディック嬢はその鋏の尖端を僕に向け…正確には僕の心臓の辺りに向けて更に続けた

「夢を視ている空の一部を切り取ったものを私のドレスに使って頂戴な それができないと言うのなら

貴方の心臓をこの鋏で切り離してあげてもよくってよ 私、人間の血は結構好きなんだから」


このとき、メディック嬢が何を言っているのかさっぱり分からなかった

だけれど、僕の稚拙な感性と動物的勘が心の中で大きく叫ぶ


「この人に逆らったら殺されてしまう…!!!!!!!!」


…と…




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