傾向と対策・4

 選考委員には、それぞれ得意分野、好きなジャンルがある。

 ラノベ作家、読売新聞社、協賛企業の人は、毎年違う人が参加されている(読売新聞社の方は続けてされる場合もある)。

 唯一変わっていないのが、カクヨム編集長の河野葉月氏である。



 河野葉月 石川県生まれ。

 二〇〇三年に中央公論新社入社後、文芸ジャンルの書籍編集者として勤務。二〇一四年三月、筑波大学社会人大学院にてMBA(経営学修士)取得。二〇一六年三月KADOKAWA入社、カクヨム編集部に配属、二〇一七年二月よりカクヨム編集長。

 カクヨム甲子園では最終選考委員を務めている。

 二〇二二年から小説サイト「魔法のiらんど」編集長を兼任。

『カクヨム2020夏物語』ではSF・ミステリー小説部門を担当。

『キミラノ』での二〇二一年十月四日のネット記事(https://tsugirano.jp/news/interview/interview-003.html)で河野氏は、ミステリーが大好きであり、「ミステリー好きになったきっかけは、小学校高学年のときに小学校の図書館で借りて読んだ『シャーロック・ホームズ』シリーズ/コナン・ドイル(著)です」と語っている。


『カクヨム甲子園』開始からずっと選考委員をされている河野葉月氏は、SFとミステリーが好きであり、編集長という立場上、これまで多くの作品に触れ、精通していると考えられる。

 相手の得意分野の作品を書いて選ばれるには、出来の良さや奇抜なアイデアが必要になる。

 いうなればハードルが高い。

 真っ向勝負するには、既出している内容を避け、なにかしらの創意工夫をしなければならない。


 

 読売新聞社賞を選考するのは、読売新聞東京本社活字文化推進会議の選考委員や事務局長である。

 若者を中心に活字離れ現象は深刻さを増し、このままでは次世代の思考力や創造力の低下、ひいては人間力の衰退につながるため、活字文化のさらなる発展が急務だと考えた読売新聞社は、出版関係業界と協力して「活字文化推進会議」を発足。

 本社内に事務局を置き、小学校をはじめ、全校中学、高校、大学でのビブリオバトル大会や読書教養講座といった読書関連イベントの情報などを紹介し、本や新聞などの活字文化を守り育てるために「新! 読書生活」や「子どもの本フェスティバル」といったイベント、全国の書店で行われるブックフェアなどの読書活動を促進する「21世紀活字文化プロジェクト」を展開している。

 会議では山崎正和氏(劇作家・大阪大学名誉教授)を委員長に、各界の有識者で推進委員会をつくり運動を進めている。

 全国各地でフォーラムやトークショーを開催、大学での公開講座や読みきかせ教室など多彩な事業を計画している。

 また、読売新聞紙上では活字文化の現状、将来展望、効用について多角的に分析、検証し、特集や連載企画として掲載。さらに、インターネットなどを使った意識・実態調査を行い、活字文化の調査研究にも取り組んでいる

 後援には文部科学省、文化庁、NHK、日本書籍出版協会、日本雑誌協会、読書推進運動協議会、日本出版取次協会、日本書店商業組合連合会、出版文化産業振興財団、日本図書館協会、全国学校図書館協議会がある。

 若者の活字文化の発展に力を入れていることから考えても、数多の作品に詳しいだろう。しかも自社の名前を賞の冠に付け、紙面掲載もする以上、時代性や時事、紙面に載せるに足る作品を選んでいると感じられる。



 これまで参加された協賛企業は、次のとおり。

・二〇一八年は、キリンレモン。

 テーマは「透明」

 受賞者にはキリンレモン一〇ケース(二百四十本)が贈られた。

・二〇一九年は、コピーサービスを中心としたソリューション事業を展開する企業、キンコーズ。

 テーマは「ツクル」

 受賞者には、受賞作品を本にして二十冊プレゼントした。

・二〇二一年は、カルビー。

 テーマは「卒業」

 受賞作品をモチーフにした映像化&イラスト化。じゃがりこ一ケースをプレゼント。

・二〇二二年は、ポカリスェット。

 テーマは「学校生活✕汗」

 ポカリスエット500ml同学年全員分(通学されている学校の同学年のお友達全員に一人あたり一本ずつ、上限三〇ケースの範囲内で贈呈)

・二〇二三年は、揚州奥凱カー用品有限公司(扬州奥凯汽车用品有限公司)が展開するゲーミングチェアブランドのAKRacing。

 テーマは「集中力」

 受賞者は、ゲーミングチェア(カラーは受賞者の希望に応じる)


 協賛企業は毎回テーマを設けている。選考する人は出版社の人間ではなく、会社の代表として選考するため、テーマに適したセオリーどおりの作品、「大勢が思い浮かべる高校生像を描いた作品」を選んでいる傾向がみられる。



 参加されてきた作家さんは、次のとおり。

 二〇一七年『この素晴らしい世界に祝福を!』の暁なつめ先生。

 二〇一八年『終わりのセラフ』などを手掛ける鏡貴也先生。

 二〇一九年『生徒会の一存』シリーズの葵せきな先生。

 二〇二〇年『文豪ストレイドッグス』の朝霧カフカ先生。

 二〇二一年『ロクでなし魔術講師と禁忌教典』の羊太郎先生。

 二〇二二年『君は月夜に光り輝く』などの佐野徹夜先生。

 二〇二三年『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の暁佳奈先生。


 ラノベや漫画、アニメを見ている人ならば有名かつ話題にもなった作家先生たちである。

 おなじライトノベル作家といえども、それぞれ作風は異なる。

 暁なつめ先生の「この素晴らしい世界に祝福を!」シリーズは、コメディ要素やファンタジー世界の設定が特徴。

 鏡貴也先生は「終わりのセラフ」などの作品を手掛けており、人間社会滅亡後の世界を舞台にした物語や戦闘シーンが特徴。

 葵せきな先生は「生徒会の一存」シリーズの作家であり、学園ラブコメディや学園生活を描いた作品が特徴。

 朝霧カフカ先生は「文豪ストレイドッグス」シリーズで、文豪たちをモチーフにした能力者たちの活躍を描いた作品が特徴。作品がしばしば不条理な世界観や心理的な葛藤を描いている。

 羊太郎先生は「ロクでなし魔術講師と禁忌教典」シリーズで、ファンタジー要素や魔法を含んだストーリーが特徴。作風は王道ファンタジーや成長物語を描くことが挙げられる。

 佐野徹夜先生は「君は月夜に光り輝く」などで、恋愛要素や青春をテーマにした作品が特徴。

 暁佳奈先生の「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」では、感動的な人間ドラマや成長物語を描いた作品が特徴。



 選考委員に選ばれた先生たちの作品に影響を受けた高校生が、カクヨム甲子園に作品を応募したと思う。自分の作品を読んでもらいたい、と思ったに違いない。だからこそ、選考委員の得意ではないジャンルを選んで応募しなければいけない。

 いわば、選考委員の人達はプロである。

 相手の得意ジャンルで挑むのは、よほどの自信家か正直者といえる。受賞したいのならば、相手の得意ではないジャンル、書いたことない作品世界を書く必要がある。

 知らない世界に触れたとき、人は興味を抱くのだから。



 ショートストーリーで大賞を取った『返魂香』は中国を舞台にしたファンタジーかつホラーであり、恋愛要素も含まれている。ファンタジーといえば西洋ものが多いからこそ、他の人が書いていないジャンルで目を引く。

 ロングストーリーで大賞を取った『一夏の驚愕』は恋愛ものではない。少年が喫茶店という大人の香りのする場所でひと夏を過ごし、共に過ごしてきた変なおじさんが憧れている作家だと知ることで、少年がちょっと大人になったような、ジュブナイル小説に感じられた。

 どちらも、暁佳奈先生が書かれている作品とは一味違ったからこそ、斬新に感じたであろう。それでいて、感動的な人間ドラマや成長物語を描いたものが選ばれている。

 佐野徹夜先生が選考委員をされた二〇二二年の大賞作品では『初デート前レター』『クレーのいた冬』と恋愛要素や青春をテーマにしたもの、羊太郎先生が選考委員をされた二〇二一年の大賞作品は『私』『世界は日高色に染まる。』とファンタジーや成長物語を描いたもの、朝霧カフカ先生が選考委員をされた二〇二〇年の大賞作品では『たんぽぽ娘』『毒を食らわば来世まで』と不条理な世界観や心理的な葛藤を描いたものといった具合に、選考委員をされた作家さんが書かれるジャンルを少しずらし、似た特徴のある作品が選ばれているように感じられる。



 また、暁佳奈先生が選考委員をされた二〇二三年の応募作品の多くが、心理・心情描写にこだわったものだった。

 暁佳奈先生を意識しての作風だっただろう。

 おかげで主人公や登場人物の気持ちがよくわかったけれども、こだわるあまり、状況景描写が疎かになっている作品が多かった。

 主人公がどんな人物でどこにいて、どういう行動をしようとしているのかを、読み手に届けることを疎かにしてはいけない。

 状況描写であり、心理描写であり、人物描写である書き方を心がける必要がある。



 応募する際は、選考委員となった作家の作品をチェックし、どのジャンルが不得意かを知ることが寛容である。

 プロ作家の得意ジャンルで挑むのはハードルが高い。

 相手が苦手とし、自分が得意とするジャンルの作品を書いて応募するのがいいと考える。



 読売新聞社賞の選考委員は自社の人であり、カクヨム甲子園の結果を読売中高生新聞に掲載することもあって、記事にふさわしいことも考慮に入れていると考える。

 だから、時代性や時事、話題になったもの、あるいは新聞社として発信したいメッセージを代弁するような作品を選ぼうとする考えを持っているかもしれない。

 ショートストーリーで読売新聞社賞を取った『黄昏の盗人』は現代ファンタジーでちょっとホラーっぽく、それでいて、恋愛要素も含んでいる。いくつも掛け合わすことで、他にはない作品を描いているのが特徴といえる。

 歴代の受賞作を見ればわかるように、ファンタジーが続いているが、前年とは毛色の違った作品を選んでいる。

 ロングストーリーで読売新聞社賞を取った『僕は男の子だけど王子様に愛されたい』はLGBTQを題材に書かれている。読売新聞社としては、見過ごせない作品だっただろう。 


 

 二〇二三年の協賛企業はテックウインド株式会社さん。テーマは「集中力」。高校生が持っている感性を感じられる作品を期待していると書かれてあった。

 ショートストーリーでAKRacing賞を取った『水中夢中』は水泳の話。テーマである集中力をエピソードから感じさせる作品だったところが良かったと思います。恋愛要素もあり、主人公たちの真っ直ぐな姿勢が青春を感じさせてくれる。

 ロングストーリーでAKRacing賞を取ったは『グリッサンド』は高校を舞台にした物語。読書する姿から集中力を感じられ、直接的よりも間接的に、エピソードとして伝わってくる作品が良かったと思われる。

 どちらも、テーマに素直に向き合いながら、多くが抱いている高校生像を感じられる作品を描いたのが良かったのだろう。

  

 

 二〇二三年のショートストーリーの奨励賞には、ホラー作品が多かった印象がある。

『Delete』はSFホラーという感じ。都合の悪いものは消してしまえばいいとする考えは身の破滅を招くから考えなおそうとする教訓を感じられる。

『へべれけアクアリウム』はアイデアがよかった。アスキーアートを彷彿させる。表現と作品の展開、見せ方が上手かった。だからといって、来年同じやり方をしても選ばれないだろう。

『キツネノエフデ』は、大人が読んでも十分堪能できる出来だった。しかも高校生が書いている点がすごいのだろう。

『総てがまだ青いうちに。』は、こういう青春もあると感じさせられるものだった。

『きょう運の箱』はホラー。地の文の書き方が良かったから、最後主人公に待ち受ける結末がどうなるのかを考えると、怖さを覚えるのだろう。

 ロングストーリーの奨励賞には、体験談の『きっと繋がる』が選ばれていた。過去にも作者の体験談が選ばれたことがあり、内容や書き方次第で受賞できることを表している。

『生きていてほしかった』は表現や構成も良かったし、身近にある題材であり、時代性や社会性を感じるところが良かった。

『火星と月と万有引力』は人間ドラマがよく書けていて、高校で物理を教えている先生には、こういう人がいるんじゃないかと思わせてくれるほど素晴らしかった。

 また、史実を扱ったファンタジー『春の標に、朧月。』も選ばれている。舞台が日露戦争の時代であり、ロシアとウクライナとの戦争が起きている今だからこそ目に止まったのかもしれない。



 最終選考に残った作品と受賞に至った作品と比較すると、もう一歩、抜きん出たところが及ばなかったと感じられる。

 読売新聞社と協賛企業は求めている作品があり、選べるかどうかで明暗が別れる気もする。

 協賛企業は毎回、どのような作品を書いてほしいのかテーマを提示してくださっているので、見落とさず作品づくりに活かすことが大切である。

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