『キャンプ』をカジってとんだ趣味イナゴな僕は⑬

 翌朝。ついに登山決行日だ!


 しかし我々はまったく準備らしい準備をしてなかった。

 昨日、がっつり昼寝した途端に緊張の糸がプッツリ切れた。みんな、疲労をガツンと実感してしまったのだ。気合で押してきただけにこうなるとグダグダ。

「ええと……行くとしたら何が必要だ」

「水やな」

「水やね」

 ぐらいで話し合いが終わった。頭が回らないわ、話も弾まないわですぐ寝た。早めにシュラフにもぐり込んだくせに9時過ぎまで悠々と寝た。もういくら寝ても足らない三人。


 朝メシを食べながら天気予報を確認する。一日中、雨ではない。しかしやはりそこまでしか分からない。

「ギリギリまで様子を見ようか?」

「でも様子を見た挙句に途中で降り出したら、待ってた時間がムダじゃないか?」

「復路はちょっと濡れてもいいのではないか?」

 あげく議論は終結した。話してもラチがあかない、と。


「行こう。考えても分からない。だから行こう」


 結論とは呼べない。ただの勢いだ。論理のの字もなく登ることに決定。三人とも、あまりやっちゃいけない思考で動いている。一応そういう自覚はある。少なくとも俺はあった。でもやっぱり……行きたかった。


『霧や雨にでくわしたら、未練なく引き返そう』


 これだけを三人で固く誓い、異論を唱えない約束をした。どれだけ暑くてもずぶ濡れるとまずいだろう。

 当面の問題は飲料水。携行できる容器は500ミリリットルのPETボトルが4本。これだけだ。3人で2リットル。汗もかくだろう。どうかな。余裕か、キツいか。誰もわからなかった。


「よし。では、飲めるだけ水を飲んでから出発しよう」


 三人寄ってこれ。やはり俺達では文殊の知恵が出ない。

 さらにまだ問題がある。このペットボトルだが、どうやって持ち運ぶ?

 ポケットにねじ込めば落っことす。手に持てば邪魔。

 バカでかいザックはある。あと斜めがけの小さめカバンなどはある。ザックは本当にすごくデカい。飛んだり跳ねたりしにくい。スカスカすぎるのだ。からっぽの大袋を背負ったサンタクロースみたくなる。邪魔くさいな。

 俺と大屋がグチグチどうすべきか話していると、森田があっさり解決してしまった。黙々と、あっさり。不言実行の男、森田。

 

 森田はまず、斜めかけカバンのストラップを思い切り短くした。それから他のザックから、取外し可能な別のストラップやらベルトを、何本も調達してきた。多数のカラビナでそれらのストラップを、いい位置の金具とか結び目に接続。そして長さを調整。

 あれよあれよという間に、しっかり背中で安定する即席の背嚢はいのう――小型リュックっぽいのを作ってしまったのだ。何というスピード感。


 このリュックの説明がちょっと難しい。不安定なカバンだが、〝たすき掛け〟のようにⅩ字にストラップを多数、追加してある。コレが両わきの下をうまく通っている。これにより肩回りが安定しており、さらに胸と腰のあいだと、ズボンの腰ラインにも、ベルト状に横断してわたしてある。歩いても走っても揺れないようになっている。

 イメージしていただけるだろうか。すごいよね。誰か森田に惚れてやってくれ。


「やっぱ出来るやつだよ。器用だなァ」

 俺たちは賞賛を惜しまなかった。

 かくして……2リットルの水やなんやかやのリュックは、森田本人が持つことになった。タオルや、ビニル袋で保護したみんなのケイタイなど、小物を含む。

 うん、そのまま流れでそうなった。森田くんさ、なぜか文句言わないんだよ。まあ、もし文句あるなら言わないヤツが悪いっちゃ悪いよ。とはいえ俺はいくらか気の毒に思った。

 大屋はまったく気にしていない風。森田も何も言わない。グチの一つ二つオーケーなトコだぞ。なんか弱みでも握られてんのか。

 知らんが、マジで誰か森田にいいコ紹介してやってくれ。


 俺はTシャツの上に、黒いラッシュガードを羽織はおった。日光よけではない。ただ半ソデはこわい。大屋と森田はTシャツのままだ。

「おまえそれ暑くないか」

 大屋がそう聞いてくる。

「全然。おまえらだって長袖の方が安全だ」

「いや、べつにいいや。俺はいいや」

 大屋は意に介していない。お前は介せ。おまえはもっと色々と介せ。意を。どんどん意に介せ。

 森田もどこ吹く風という表情。だったが、しかしヤツはもう即席リュックのベルトで上半身がんじがらめだ。面倒くさいのだろうか。たしかに金具も結び目も全部ゆるめて外さないと着替えられないし、再度リュック型に締め直すのもまた大変だ。

「よっしゃてめーら、もう行くぞ」

「はーい」

 経験者ゆえにリーダーとなった大屋の号令で、俺たちは登山道入り口へ向かった。

 そして忘れてはいけない。途中の流し場で、水をがぶがぶ飲むのだ。思いっきり飲む。おなかが出るまでのむ。もう、うんざりするまで飲む。……これでしばらくは大丈夫だろうか。

 うえっぷ。

「ここだ。ここから登山ルートに入るんだぜえ」

 リーダー大屋の案内で、ガサガサと藪を横切る。

 なるほど道がある。人の肩幅くらいも無いケモノ道。いちおう踏み固められている。細くても、それなりに往来がある証拠だよなコレは。


 もう誰も無駄口をたたかない。しゃべると口内が乾く。ふざけていい状況ではなくなった。足元に気を付けて黙々と歩く。

 俺は頭の中でいろいろと考えた。この山は、山頂が岩ばかりらしい。

 で、その形が面白い。とか色が美しい。とかそれ程でもないだとか……とにかく低山ながらも地元では愛されている。日帰り登山に手ごろ。近隣の人がちょくちょく行楽しているハズ。

 今まで裾野に寝泊まりしてた俺たちが、人に会わなかったのが不思議なぐらいなのだ。


 先を見渡すとぽつりぽつりと木の幹に、明るいグリーンのビニールヒモが結びつけてある。おいおいおいおい。こうやって、ルートのメンテナンスしてくれてる人までいるのだ。たいした人気スポットじゃないかよ。

 拍子抜けた。が、安堵の方が大きい。でも目印が必要な程度には、警戒が必要なのかもしれない。迷う余地が無ければ、そもそも目印はいらないからな。

 俺はちょっと気を引き締め直した。先頭は変わらず大屋がとり、俺と森田が続く。大屋は大股で地面に噛みつき、踏みぬくようにガシガシと進む。伊達じゃないな。だが特に遅れるペースではなく、ひとまずホッとする。


 景色は全体の印象として、鬱蒼うっそうとした森というよりも茶色がかった感じ。雑木林ではなくスギ林なので、低い位置にあまり緑葉りょくようがない。

 見上げると抜けるように青々しい緑色なのだが、ひょっとすると日当たりが良くないのかな、この道のある側。

 そんな、わりと赤茶けた視界だ。向かって左側にはキッツイ登りの急斜面が続いている。スギの木らしい、真っすぐな幹がぎっしり立っている。この向こう、はるか上が山頂だろう。この斜面を左に見つつ、俺たちは逆時計周りの順路で、ひたすら進む。

 逆方向。右手の林のかなたをじっとすかして視てみる。

 木々の影の向こうまで、ぐぐ~っと、目を細める。そうすると遠い街の反射らしい、かすかな光のまたたきが見える。あのチカチカしてるのは、自動車やらの反射だろう。みんな頑張って生きてらァ。

 まさか俺がこんなトコから見下ろしてると想像すらしないよな。こういうのって不思議な感じする。ともあれ、これなら方向を完全に失うことはなさそうだ。

 さらに眼下、右側のくだり斜面に目をやる。やはり赤っ茶け気味で、暗い。遠近がとらえにくい。空が曇ってるせいもあり、すべり落ちたくないと思った。どこがヘコんでてコケたり滑落するんだか、よくわからない感じ。


 さらに小一時間かそこら、粛々と登った。そんなところで、ふと大屋が立ち止まった。あたりを見回している。

「どうも、おかしいな」

 とか言いだす。みんなで軽く水を飲む。節約しなきゃいけないので、ほどほどに。ちょっと小休止。

「何がおかしいんだ」

「あの木に結んでくれている、ミドリのマークなんだが……数が減ってる」

「じゃあ、そりゃお前……単に切れたんだろ」

 吹きっさらしなんだから、あんなヒモ一本は切れたり飛んでったりするだろう。

 俺はそう言った。

「それならいいんだが――俺が前回見た時には――あれ、あの上の目印が見えるか? あの位置にはなかったと思う」

 そう言いながら大屋が指さす。その先を見上げる。たしかに、例の緑ヒモのマークがある。見上げる程に高い位置だ。

「前回はあんな高いトコを通った覚えがない」

「ふーん……」

 新しいマークということか。

 でもホラ。そんな事さ、俺らに言われてもさァ。今はお前の想定外って、みんなの想定外なわけだから。

「あんな高さまで登っていくのか? できなくもないけど道は続いてるぞ」

 まだ小道は先に続いている。この高低差は、これからの登りで埋まるんじゃないのかね。大屋の言う新しいマークはそれなりに高く、ここからだと結構な角度じゃないと経由できない。

 とはいえだ。登山が趣味の人が、わざわざ山で変な目印つけてイジワルするだろうか。多分しない。それにマークした人は、自分自身のためにも付けていると思われる。信頼はおける。

 だがその目印作成した本人だってしばらく通っていないかもしれないわけだ。古いかもしれないしさ。つまり?

 『考えたところで分からない』、今日で何度目だコレ。


 大屋の心配を押して、俺たちはしばらく進んだ。だがどうもヤツの懸念けねんが当たってるような場所に出た。道がぬかるんでいる。しかもかなり先までこの、は続いてるように見えた。

 そのへんの木切れで地面をえぐってみる。うーん。表面は歯磨き粉ぐらいか。立派な泥道だ。

「仕方ない。少し戻るか」

 なにせ、我々のクツは軽登山靴ですらない。さらにハイカットですらない。簡単に足首をひねる、本当にただのスニーカーだ。それにどう器用に歩こうがこの道を進めば、足周りが泥亀どろがめみたいになる。

 森田が果敢にも数歩つっこんだ。が、急いで跳ねながら戻ってきた。

「ダメだ、ここは」

 何かヒトコト言ってから挑戦してくんねえか。ビクッとする。


 結局我々はさっきの地点まで戻り、例の高い位置の目印を見上げた。あの位置を目指す。これは簡単ではないが、とても安全だった。

 まず木の幹に抱き着くように捕まる。で、エイっとそのまま逆側へ回る。さらに一段上の木の幹につかまる。また抱きこむようにしてグイっと身体を持ち上げつつ、高い側に移る。この繰り返しでじわじわ進む。木の根が張っていて足場は固いし、しっかり体を保持できるので安心。

 まるでアスレチック遊具だ。我々は難なく登り切った。

 雁首を揃えてマークのある高さまで来てみると……道らしい道というほどでないが、乾いた地面が続いていた。

「あの泥道のトコは、雨水の通り道なのかもしれない。間違いない」

 きっと多分そうだったのだ、という事にしてなんとなく納得する。今まで同様に斜面を左に見つつ、登り続ける。そろってこんなに無口なの、いつぶりだ。

 周囲に岩が多くなってきている。山頂が近付いているのだろう。


 しかしさらに往くと、かなりの勾配にぶち当たった。周囲に目印はもうない。

「どうする」

「駆け上がるしかねーか?」

 これは記憶違いかもしれないのだが……30度や40度の登りに相対あいたいすると、人間はもうガケのように認識するらしい。

 眼前にあるのはガケと呼んでいい岩肌に見えた。周囲を探るが、迂回路はない。

「やっぱりココを行けってことだろ。ここまで目印が打ってあったんだから」

 森田もそういう。勇敢なのか危険不感症なのか、コイツに限ってはよくわからないのだが他に選択肢がない。

「上に登ってれば迷わないっていうしなァ」

 俺はそう言って同意した。

 上へ進めば迷わない。いずれ頂上だから。俺の心のよりどころは、この金言だけだった。

 確かに、登り切れなくはない。岩肌なので足元は効きそうだし、いっちょう駆け上がってみるしかあるまい。

 俺は下から見上げつつ軌道の見当をつけた。


(あの辺から駆け上がる。横の木をつかんで、最後はなだらかなあの辺から上へ抜けよう)

 みたいな値踏みをする。横幅はあるので、少しナナメに抜けるのがよさそう。


 まず、大屋が突っ込んだ。足の筋力と膂力にモノを言わせたという感じで、両手を着きながらガシガシ登った。

「大丈夫だ、行ける行ける」

 と上から声をかけてくる。そりゃお前の筋肉なら余裕だろうけど。

 俺も見当をつけた位置につく。

 無呼吸運動になるのでしっかり息を整える。体育会系ガチな二人への劣等感がどうとか考えられる状況ではない。低く速く確実に。

 息をつめて数歩駈け上がり、途中の木の幹をつかみ、半ば叩き放すようにして勢いを継ぎ足して、上がり切った。まったく肝が冷える。

 森田も足場の見当をつけ、すぐ続いてきた。むしろ一番ゆったりと突破。身体のバネのがすごい。トン、トンと上がってくる。俺なら失速してる。

 まあとにかく誰もコケなかったのでヨシ。


 息を整えがてら風景を楽しむ。

 スリルでちょっとアドレナリンが出ていたのかもしれない。景色が美しくキラキラして見えていた。隣の山――たいして標高は変わらないはず――のてっぺんがちょい高い目線でハッキリ見えだした。残りは長くない。

 いやあ。世界はかくも美しい。


 あとに難所はなかったが、ひたすらに岩が増えだした。この巨岩ルートが俺たちをかなり困惑させた。岩肌が頂上の名物だ。なので、近づいている。このまま登っていけば良いのは分かる。

 だが道らしくないのだ。ひたすら岩の段々が続く。

 ヒザのたかさくらいの段差だと不安はない。リーダー大屋もスッといく。俺と森田もためらわない。余裕で戻れるからだ。だがこのあとに続いてきた試練は面倒くさかった。

 太ももの高さくらいの段差や机ぐらいの段差が現れる。

(普通、こんな段差のぼるか? なんだか遠回りしてるんじゃないか?)

(正規のルート、無理のない道を見逃したんじゃないか?)

 みたいな疑念が俺を悩ました。すっごい面倒くさい。


 山の悪魔という奴がいたら、そいつのイタズラなのだろうか。しかしだな、そんなもん知るか。文字通りに知らない。俺と森田には判断材料が無い。前回経験者の大屋がどういう段差を踏みのぼり、山頂へ到達をしたのか俺も森田もまったく知らない。大屋も全くしゃべらない。

(そんなん知らないもーん。僕のせいじゃないもーん)

 俺はそういう感じで困惑を全てスルーした。ただ大屋の後ろを付いていくことにした。全幅の信頼をおいているわけではないが、キリがない。

 やはり、考えたところで分からない。

 ルート経験者としての大屋の信頼度には、一度右往左往した時点ですでにちょっとキズがついている。でもどうせケータイの電波生きてるし。別に大丈夫だろ。


 結果として、不安はやはり幻想だった。大屋は別に不安が無かったので喋らなかったものと思われる。さすが意に介さない男。

「おい、おまえら、山頂につくぞ」

 その一声で足元に注意していた俺は、我に返った。

 え? もう着いたの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る