私の女の七色な推進力と、僕の灰色の停滞力と。
「壁紙を、ちゃんとしたい!!」
私の女(以下、彼女)が、ケイタイをいじりながら言いだした。
……そうか。そうだろうな。この賃貸、古いからな。
壁紙浮いてるトコあるもん。入居の時はなかったが、もう結構ヒドイ。
ところが俺は、
(まぁそのうちでいいだろ、そのうちで)
で何かと済ます。
とはいえ、引っ越したくはない。住んでいたい理由が、しっかりある。
まず一応新幹線の止まる駅まで、徒歩10分ちょい。田舎なので、さすがに色々と便利がイイ。さらに部屋数が多い。
リビングと。寝室と。
L字型のカウンターテーブル置けるキッチン。
さらに窓のない一部屋を、まるっと物置に使っている。余ったのだ。
おそらくこの建物は、【リビングダイニングキッチン】という個人的に訳わからん概念が流行る前に建てられた。そのぐらい古い。コンクリもスゴイ分厚い。
LDKさ、アレおかしくね? 俺は違和感があるんだよ。
【リビングダイニング】……は分かるよ。食べてくつろぐところだ。意味は分かる。広いならアリ。ここに布団引いて寝るとなると、あまり想像がつかないが。
【ダイニングキッチン】……が。これがな。さほどありがたくない気がする。結局何が基準で習慣になるかというとだな、テレビ有る部屋で食わないか?
それとも、キッチンからメインのテレビまでが、10~20mとかあるのか? さらに、運ぶの大変なぐらい皿の数が多いご家族だとか? そういう事情なら分かる。俺ら二人住まいだしな。
が、なんか不動産屋にだまされて省スペースに押し込まれている気がする。
いやね、古くて嫌なところは沢山ある!
東西にベランダがあり、しかもオフィスみたいなバカでかい謎規格の窓なので、冬は冷える。空気をあっためても、壁と窓から冷気がしんしんと攻めてくる。
夏は夏で暑い。風が通るのはいい。だがコンクリのカタマリビルで角部屋なので、日光で建物がホッカホカ。結局は窓閉めて、エアコン頼り。
「ここ。この面の、壁紙を張り替えたい」
彼女は両手を広げた。
「壁紙かァ。どっかに見積りとるのか。いやその前に、ビルオーナーがOKっていうかな」
と俺は言った。
彼女は得意気に、
「もう許可はとってきたよ!」
と胸を張った。つよい。
この、思いついてからが素早い彼女の推進力に、俺は助けられている。
「それでね、工事してもらうんじゃなくて。コレを貼るんだよ」
と彼女は、スマホを見せてきた。
ふむふむ……?
なるほど、タイルカーペットならぬ、タイル壁紙というわけか。貼るだけだ。しかもそこそこの断熱性があるらしい。コレはいいね。きっと快適になる。
とはいえだ……下の壁紙の粘着が既に怪しい部分があるからな。
これは、剥がせるだけ剥がしてからでないとマズいだろうな。早々に古い層ごとズレ落ちてしまう。まだキッチリくっ付いているところは、後から対処を考えればいいだろう。
だって、一枚紙をピッタリ貼るわけじゃないもんな。方法はいくらでもある。
「いいと思うぞ。どの色にするんだ?」
「この色にする。もう注文してある」
「えっ。ちょっと待て。オイまさか今日届いたあのデカいダンボールは、この壁紙か」
「そうだよ。アレをここに貼るの」
すでに推進剤に火がついていたか。こうなると彼女は止まらない。
もうこうなってしまうと、〝いいやいいや〟で事を先延ばしにしてきた俺に、発言力は無い。それが道理というもんである。
「そうか分かった。やろう。それでいつやる予定だ」
「明後日やる」
えっ。明後日か。この日曜日か。2024年3月17日か。ちょっと困った。
というのも俺はこの日、KAC2024のお題に短編を出そうと思っており、走り書きを何行かしており、日曜を逃したら翌日は仕事。
間に合うまい。
そこで折衷案をだした。それくらい許される。
「なあ、次の水曜日にしないか? ちょっと書きたい短編が途中で、日曜日中に投稿しないとダメなんだが」
「そうなの? ちょっと待って。……あ、ダメだ。次の水曜じゃ壁紙貼れない」
「なんで?」
なお、この水曜とは2024年3月20日、春分の日を指す。
「貼付けはね、この温度帯じゃないとダメなんだけど……」
と、彼女は商品仕様と、天気予報を見せてきた。
「ほら、水曜日は温度が低すぎるんだよ。でもなー。そうか、小説書きたいかぁ。しかもそういうイベントか」
彼女は、俺の書いた物を『意味不明でわからん』で片付けるが、趣味に対しては理解が深い。
「じゃあ大丈夫! あたし一人でやる」
「えっマジ?」
「できるできる。貼るだけだもん。任せよ」
さて正直に言う。
この時点で、俺は日曜日に執筆時間を取る事をあきらめた。
いやパートナーが必死でぺたぺたと壁紙を貼ってるんだぞ。その横で書くのに没頭って、ムリだろ……。罪悪感で落ち着かないに決まっている。さすがにムリ。
そこで今回のお題『はなさないで』は、土曜日に駆け足でひとまずを駆け抜け、公開までしておくしかないな、と覚悟。不言実行した。
一応、彼女には黙っておいた。手直ししたくなるかもしれないからな。保険だ。
しかも土曜の夜、作業前日でありながら我々は飲みに行ってしまい、日曜の朝に俺が起きたのはお昼近くというザマである。
彼女はすでに、カッターやらマスキングテープやらを買いに出かけていた。えらい。んでんで、昼から本格的に着手したのだが、結果からいうと事態は俺の予想通りであった。
何も策士ぶりたいわけじゃないぞ。ちょっと考えればわかる。現場作業のバイトした経験が一日あればわかる。
まず、物品を邪魔じゃない場所へ『かわし』を行う。作業場所が確保できればいいのだが、PCラックとイス、化粧台、などなど小さいがバカにならない。こういうのは人海戦術が一番で、一人でしかも女性では時間を食う。『かわし』が終わりかけたら多少は清掃しておく。やはり一人では倍の時間を食う。もう俺はここから当たり前のように参加し、作業動線を確保。
「ねえ、小説は?」
と訊かれるも、
「昨日、ある程度書いたから」
と濁して置いた。誤字脱字のチェックもちゃんとしてないので、早く終わったらやらせてもらおう。くらいのつもりだった。接着が弱い古い壁紙を剥がしまくる。
そして往々にして作業には想定外がある。
「ねえ、ちょっと来て。ドライバーでこのネジ外せる?」
と彼女が頼んで来たのは、カーテンレールであった。かなりカベスレスレまで伸びており、このままでは貼れない。
「ここだけ外してくれればいいから。ズラして貼れる」
……な訳ないのだよ。多少キレイに貼れないぐらい俺はいいが、外すなら外さないと、カーテンレールをなかばでぶら下げてたら、曲がる。へたしたら自重で折れる。アルミとはいえ、薄いし劣化してるだろうから俺は怖かった。
その旨を説明し5か所ネジをはずし、サッシごと降ろす。
そして貼るだけとはいえ、1m四方の壁紙のフィルムを取り除くのがけっこう大変で、コレしないと当然貼れない。
もうこの時点で執筆はあきらめた。半分が貼り終わらないのに、もう15時くらいになっている。
しかも廃棄の準備を誰かがちょいちょいやってないと、家具を元に戻せない。あとで文句言われるのイヤなので、さりげなーく壁紙貼りはほぼ彼女に任せる。ゴミをまとめて詰め込んだり、マスキングテープしたりに徹する。
――18時。やっと全てが終わった。二人ともだいぶお疲れ。俺に至ってはあちこちの骨折跡がこわばったり痛みが出ていた。
「……どうする晩メシ」と俺は訊いた。
話し合いの結果、近くのおうどん屋さんか、やはり近くの焼肉屋さんかにしぼられた。
「今日はご褒美の日でいいと思う。焼肉にしよう」
ということに、どちらが決めたわけでもなく落ち着いた。
だよね。そういう気分になるよね。すげえ腹減ってる。身体がエネルギーとタンパクを求めてるよ。
いつものお安くおいしい焼肉屋さん。
さすがに食ってると、いくらかは元気が出てきた。
「美味しい。そういえばさ、小説書かないで良かったの?」
と彼女が聞いてきたので、すべて白状した。
「じつは、俺は若干こうなる気がしていたので小説自体は土曜にざっと仕上げて、アップロードはしてあるのだ」
「うああ~まじか~」
出来が甘いかもしれないのは、未練たらしいので黙っておく。
所詮それは俺の地力の問題だし。
「ほらな。やっぱり、一人じゃ終わらなかっただろ。ありがとうって言いなさい、ありがとうって」
「はいはいアリガト」
「許すぞ。食おう食おう。あ、俺にはビールもう一本を許せ」
いうて、彼女の一念発起と推進力のおかげでしか、俺は動かなかった。たわんでる壁紙も、どれだけ放置したかわからんな。
しかもなんと! 実際に部屋は暖かくなったのだ! たった一面だけなのにウソみてぇ。すごいんだな壁紙って。
まあそういう意味で俺が言うべきなのだろう。もっとちょくちょく、おかげで生活が華やいでいるよと、礼を言うべきだろうな。彩りをありがとね。
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