魔王討伐後における勇者召喚の記録

竜田くれは

勇者抑止論

 神聖歴31××年、人類を脅かしていた魔王が王国の勇者によって討伐された。

 人と魔族の戦は終結した。だが、世界が平和になったとは言えなかった。

 魔王をも倒しうる力を持つ勇者を他国は恐れ、兵力増強に努めたからだ。


 ただの兵士や魔法使い程度では勇者を止められない。勇者には勇者をぶつけるしかない、と判断した各国はそれぞれ勇者召喚の研究を始めた。

 召喚の魔法陣の写しは魔王討伐前に王国から各国に配布されていた。魔族によって魔法陣が破壊されてしまった場合への備えであったが、皮肉なことに王国、勇者への対策として使われることになってしまった。


 帝国第三研究所の一角。今日も勇者が召喚される。

 担当の魔法使いが詠唱を始め、研究者はこまめに紙に記録する。

 魔法陣から放たれる光は詠唱が進むにつれ強さを増し、最後の一節を唱え終えると同時に爆発的に広がった。


「ここは……」


 魔法陣の上に現れたのは一人の少年だった。歳は15程度、黒髪で勇者の国における標準的な学生の礼服、即ち学生服を身に纏っていた。


「ようこそお越しくださいました、勇者様」

 白衣の研究者が声を掛ける。


「え?」


(まさか、異世界召喚?それに、僕が勇者?)

 少年は呟き、何やら考え込む。彼は勇者に良い印象が無かった。住んでいた世界で読んでいた小説ラノベにおいて勇者という存在は噛ませになるか悲惨な運命を辿るかの二択であった。

 また、元の世界に帰ることができるか、不安であった。


「勇者といっても、何をすればいいんですか」

 研究者に尋ねる。


何もする必要はありません」

 そう返した研究者は魔術師に合図を出す。魔術師が放った魔術は狙い過たず少年を打ち抜いた。腹に風穴を開けられた少年は信じられないものを見たかのような表情で崩れ落ちる。


「貴方の魂に安らぎを」

 それが少年の耳にした最後の言葉だった。


「やはり、少年型は耐久力に乏しいですね」

 研究者はそう呟き、魔術師に死体を修復させる。手元の紙には

「33528号、少年型、耐久性に難あり」

 と記録された。


 綺麗になった勇者の死体は第四と書かれた倉庫に運ばれた。そこには彼と同じような歳の少年、少女の骸が液体に浸けられ保存されていた。同じように今回の少年も保管された。


 召喚される勇者には五つ種類がある。

 一つ目は成人型。二つ目は巻き込まれ型。これが一番戦闘力が高くである。

 そして三つ目は少年・少女型である。彼、彼女らは魔力量が少ない為耐久力が無く、戦闘に抵抗感を持つ者が多い。

 そのため今回のように一度殺し、戦闘に使う場合は疑似魂魄を植え付けて操作することになる。

 このような勇者に対する非道な実験及び研究は各国で行われ、魔王が遺した膨大なエネルギーを各国が使い切る32××年まで続いた。

 

 また、他国の勇者への対策メタとして新たな戦術が開発されることもあった。

 民間人を盾にし勇者の心理的抵抗感を利用する中距離民間人ミッドレンジみんかんじん、それに強い疑似魂魄で意思を奪い倫理観を無視できる支配勇者ゆうしゃコントロール、疑似魂魄を攻撃に特化させた攻撃的勇者アグロゆうしゃなどが考案された。

 

 ただ、勇者が戦場に出ると必ず周辺地域に大きな被害が及ぶ為実際に戦争で投入されることは無かった。どの国も勇者の召喚を繰り返しながらも互いに勇者の使用を躊躇い、切札を手札に抱えたままの状態となった。

 

 後の世ではこれを勇者の抑止力と呼んだ。

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魔王討伐後における勇者召喚の記録 竜田くれは @udyncy26

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