第78話 レニーとヤルトの戦い
「一対一でやればお前みたいな雑魚には負けねえんだよ」
サーミルは風刃による傷をレニーに付けていく。
一つ一つは小さい傷ではあるが、徐々にレニーを追い詰めていっているのは事実である。
すでにレニーの両手は傷だらけになっており、剣を握っているだけでも痛みが走っていた。
今では反撃のチャンスはサーミルが十回攻撃する内の一回程度となっていた。
そして今レニーは反撃のための隙を見つけ、剣を振るうがその一撃は易々と防がれてしまう。
サーミルは反撃の一撃を潰したことでレニーにニヤケ顔を向ける。
ただその直後顔が歪んだ。
「イタッ」
それは唐突な痛みであった。
(痛いって何がだ? 僕は反撃はきちんと防いだぞ)
サーミルは痛みがした腕を見てみると、外套からその下の皮膚まで切られていた。
傷は深くはないが皮膚から血が少しだけ流れていた。
その傷の様子には見覚えがある。
何しろ今までずっとレニーに付けていたのだ、それは風刃の傷と酷似していた。
「僕の家は貧乏でね。昔っから我慢するのは得意なんだよ。さあ、ここからは我慢比べだよ」
レニーの剣には風が渦巻いていた。
レニーは風の魔法に適性があった。
ただそれは使いこなせるという意味ではなかった。
入学前は初歩の呪文であるウィンドカッターでさえもうまく発動させることが出来ず、入試も魔法試験ではなく戦闘試験を選択していた。
アリシアとの特訓により、発動はできるようになったが、まだ狙い通りに的に当てることはできず、見当違いな方向に飛ばしていた。
そのため戦闘中に使用することはまだ先だと考えていた。
だが、サーミルの使用する風刃の剣を見て考え方が変わった。
剣に風を纏わり付かせ、攻撃のタイミングで剣の刀身に沿わせて風の刃を飛ばす。
ガイドがあるため安定性があがり、目標が近いためコントロールが苦手でも相手に当てることが出来た。
傷を付ける頻度は圧倒的に不利だが、勝ちの芽が出て来たためレニーは諦めるつもりはなかった。
自分が傷つくのも恐れず、相手に着実に傷を与えていく。
その忍耐は着実に成果を上げ、徐々にレニーの反撃の頻度という形で現れた。
(痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い)
サーミルは転生者である。
それも学園からスタートであった。
元の世界ではただの一般人であり、痛みへの耐性などなく、この世界でも転生ボーナスにより痛みを受けたことなど、グランに一撃で伸されたときだけであった。
そんな彼は小さな傷ではあるが痛みを覚え、その痛みは徐々に彼の動きを鈍らせ、思考を単調な物へとさせた。
「この雑魚がくらえ!!」
サーミルは力を籠めた大振りの一撃を放つ。
その一撃はレニーに回避され、さらに剣の振り下ろしに寄りバランスを崩し前のめりになる。
そしてレニーはそのチャンスを見逃さず剣を振るおうとする。
(かかったな馬鹿が!! 僕は曲芸師の戦闘服の効果でこの体勢でも攻撃ができる)
バランスを崩した勢いのままに、体の重心移動、更に剣の重さと遠心力を利用した回転切りを放つ。
無理な体勢ではあったはずのサーミルは曲芸師の如き動きによって、今までの二振りの剣による攻撃よりも速い正に必殺の一撃であった。
(勝った!!)
時間が止まったようにサーミルは感じた。
全身を使った一撃によりレニーを両断した、そうなるはずであった。
躱せるはずがない。
振りぬいた時、レニーはそこにいなかった。
その瞬間サーミルの肩に激しい痛みが走った。
攻撃の瞬間、レニーは上に避けていた。
サーミルの必殺の一撃を読み、魔力で風を起こし浮かびあがっていた。
体が軽い彼ならではの回避である。
さらに彼は空中で体を捻り、サーミルの肩に狙いを定め剣を振るった。
その動きは正に曲芸師であった。
レニーが今使っている剣は刃を潰した鍛錬用の剣であったが、その重力による落下の力を加えたその一撃は肩の骨を砕いていた。
「君は経験不足だよ。何かを狙っているのがバレバレ。戦闘実技の授業真面目にやってなかったんじゃない?」
レニーの言葉はサーミルには聞こえていなかった。
すでに彼は痛みで気を失っていた。
────
(すごい……あのサーミルに勝った……)
レニーとサーミルの戦いを見ていたシエンナはその結果に驚いていた。
サーミルの強さはもちろん知っていた。
一緒にパーティーを組んでいたこともあったし、彼女自身が彼と戦いときは攻撃を受けるだけで精一杯だった。
(サーミルは学年でも上位……いや、おそらく学園でも上位の強さのはずです)
そしてレニーの強さも以前見たことがあったため知っていた。
他の男子学生に比べても小柄であり、あまり強いという印象はなかった。
戦闘実技の授業でもグループC、一番下のグループであった。
それがサーミルに勝つまで成長しており、その成長には尊敬の一言しかなかった。
シエンナは胸の鼓動が速く大きくなるのを感じた。
それは先ほどのような恐怖によるものではなく、心が温かくなるものであった。
彼女はレニーに掛けてもらった制服を握り締めた。
────
「どうした、どうした、手も足も出て無いじゃないか~。や~ま~だ~」
ファビオは戦闘実技の授業の時と同様に素早い動きでヤルトを翻弄する。
だがヤルトも授業の時とは違いギリギリではあるが致命傷を回避していた。
ファビオは特殊効果の付いている装備を身に付けているにも関わらずである。
それはグランたちとの鍛錬の成果であった。
「ほらほら、どんどんスピードを上げていくぞ」
「チッ!!」
ファビオの憎たらしい笑顔を見て、ヤルトは舌打ちを打つが頭を至って冷静であった。
(右、左、右上、ひだ──違う)
左側からの攻撃だと予想するが、ファビオは突きを放ってくる。
回避は何とか間に合い胸を掠めただけで済んだ。
それでも血が流れ着ている制服を赤く染めた。
ヤルトが今使用している剣はレニーと同じ刃を潰した剣であるのに対して、ファビオの剣は特殊効果は付いていないものの、高品質な剣であった。
そのため、ヤルトが剣で受けるたびに刃こぼれしていった。
「ってか山田は何で俺たちに突っかかってくるわけ? シエンナちゃんとはパーティーでもないし関係ないでしょ?」
「襲われている女の子を見過ごせるわけないだろ!」
ヤルトが怒りを露わにするが、ファビオは理解できないような顔をする。
「女の子って……ははは、たかがNPCに何ムキになってんの?」
「NPCって……ここはゲームの世界じゃない、皆生きてるんだぞ!!」
「山田こそ何言ってんだよ。ここは"ラディアント・フューチャー"のゲームの世界で、俺たちは選ばれた主人公。ここいる連中は俺たちを褒め称えるためのNPCだ」
ファビオはニヤニヤと笑った。
「まあ、山田はここで俺に負けてゲームオーバーだから、後のことは気にするな」
ヤルトはこの世界をゲームだと信じ切っているファビオを説得するのは不可能だと、そして同じ転生者として、ここで力付くで止めなければならないと心で理解した
ファビオが素早い動きで間合いを詰めてくる。
剣を振るってくるが、それをヤルトは体ごと回避し、無理ならば剣で受け流すようにしていく。
剣と剣が重なるたびに、ヤルトの持つ剣は刃こぼれし、ヒビが入っていく。
それでもヤルトに攻撃は当たらなかった。
(何で? 何で? 当たらないんだ、俺の方が速いのに、圧倒的に速いのに)
ファビオの一文字切り、左一文字切り、袈裟斬り、そして先ほどは掠めた突きさえも、ことごとくが躱される。
ファビオが足に力を入れようとする前に、ヤルトの声が聞こえた。
「バックステップだろ読めてんだよ」
言葉通りファビオがバックステップで間合いを取ろうとするが、先の先を読みすでにヤルトは一歩を踏み出していた。
旅人の皮鎧に対してヤルトは突きを放つ。
その一撃は鎧を貫くことはできなかったが、衝撃はファビオの胸を抜け肺に達し空気を吐き出させた。
しかしその代償にすでにひび割れていた剣は砕け散ることになる。
「ごほっ、ごほっ、剣がなくちゃ終わりだ──」
顔を上げたファビオが見たのは、突きの衝撃により後ろに吹っ飛ばされ、開いた間合いを全力で走って詰めるヤルトの姿であった。
彼は拳を振り上げる。
ヤルトがファビオの顔面に振り下ろした拳は、全力疾走の中であっても完全にインパクトの瞬間を捉えていた。
取るのが難しいタイミングではあるが、オルレアがグランに格闘術を教わっている横でヤルトとレニーも折角だからと教わっていたのである。
ヤルトのパワーとスピードの乗ったその一撃は、ファビオを吹き飛ばした。
「グランの言ってた通り本当に速いだけだな。お前の攻撃パターン、頭の悪いAIみたいだったぞ」
ファビオの攻撃は何パターンかのループであった。
フェイントもないその攻撃を覚えるのは、ゲーマーであったヤルトに取っては容易かった。
ヤルトは拳の痛みを堪えながらもファビオの方を見ると、完全に気を失っているようであった。
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