幕間 スタンピード
魔獣が絶えず森から湧き出し、大地一面を埋め尽くそうとするかのようであった。
この一帯は冒険者たちが受け持っており皆疲弊しているが、遠くで戦っている騎士たちも余裕はなくこちらへの加勢は見込めない。
この場で一番冒険者ランクの高いグラダスが指示を出していた。
その大声は近くにいる魔獣を怯ませる程であり、戦場の騒音にもかき消されず指示を味方に届かせる。
「一旦体制を立て直すぞ!! 儀式魔法を用意!! ── 放て!!」
『フレイム・ワールウィンド』
4人の魔法使いが力を合わせて放つ儀式魔法でありその威力は目が眩むような強い光と火山が噴火するような音を発しながら炎の旋風が一面の魔獣を飲み込んでいく。
冒険者たちがその威力に歓声を上げるが、再び森から魔獣たちは湧き出るかのように現れて、冒険者達に向かって来ていた。
戦闘開始からずっと繰り返される流れである。
冒険者たちが魔獣をどれだけ倒しても、無限にいるかのように湧いて出てくるのだ。
既に冒険者たちの疲労は無視できないものとなっていた。
その時、一人の冒険者がグラダスの前に馬を連れてやってくる。
待ちわびた瞬間であった。
グラダスは馬に乗り、声を上げる。
「俺は今からあの森に突貫する。お前たちは街を守れ!! 俺が敵の大将を討ち取るまで死ぬんじゃねえぞ!! これが終わった全員で宴だ!!」
この終わらない戦いを終わらせる可能性が出てきてため、冒険者達の目に再び闘志が宿る。
「グラダス一人では危険だ。何がいるか分からんのだぞ。俺も付いて行く!!」
「二番手のお前が付いてきたら誰が指示を出すんだ馬鹿野郎。他の奴らも俺には付いてこれんから付いてくるなよ」
キースの申し出を断り、他の冒険者たちにも付いてこさせない。
「気張れよお前ら!! 儀式魔法を用意!! ── 放て!!」
『フレイム・ワールウィンド』
魔法の発動と共に二人の魔法使いが地面に倒れる。
魔力の使い過ぎによる魔力が枯渇したのだ、もうこの魔法は唱えることはできないであろう。
ここがこの町が魔物に飲み込まれるかどうかの岐路である。
魔法が魔獣を一掃すると馬に乗ったグラダスは駆け出してた。
森から新たに出てきた魔獣が行く手を遮ろうとしてくるが一刀のもとに切り捨てグラダスの姿は森の中に消えていく。
森の中は予想外に静かであった。
魔獣とは散発的にしか遭遇していおらず、森の中から無限に湧き出るようであった外からの様子からすれば不可解としか言いようがなかった。
グラダスは敵が出てこない状況を活用し、魔力の感知をより密にする。
そしてそれにより感知できた魔力は今までに出会ったこともない魔力であった。
ここにフレイアがいればその魔力について知ることが出来て、異様さも知ることができたであろう。
グラダスには撤退する道は残されていない、残った冒険者たちはすでに限界でありどれだけ持ちこたえることが出来るかは分からない。
怯むことなく馬を疾駆させ、魔力を感知した場所に向かった。
そこは森の中心に近い場所であったが、木々は何者かに切り落とされており、広場のように広い空間ができていた。
そこに一匹の狼がいた。赤黒い毛を持ち、その体躯は巨体である。
爪や牙は並みの金属など簡単に切り裂くであろう鋭さであった。
その狼の名はイービルウルフ。
魔獣でも、ましてやただの肉食動物であるはずもない。魔物である。
イービルウルフのランクはAであり、冒険者ランクがBのグラダスでは倒すことが厳しい相手であった。
(こいつがこの
魔物大暴走の原因の一説には強力な魔物の移動というものがあり、その点で言えばイービルウルフによって引き起こされるというのは十分ありえる話であった。
たとえ相手が何であろうと、退くことはできない、グラダスは馬から降りて剣を構える。
「まさか、ここに来るものがいるとは……確か冒険者というのでしたか。この町の冒険者はどうやら大変優秀なようですね」
突如イービルウルフから声が聞こえる。
驚くグラダスをよそに、イービルウルフが頭をたれ、そこから少年が降りてくる。
(息子と同じくらいの年齢か? イービルウルフが従っているところを見るとまさかテイマーか)
テイマー──魔獣や魔物を操ることが出来る、伝説的な存在であった。
以前出現したのも数千年も前の話であり、操れたのもゴブリンやオークなどの低位の魔物である。
イービルウルフのような高位の魔物を操れるような存在では決してなかった。
「テイマー、お前が
「テイマー、テイマーか。 私としては魔法使いか、錬金術師の方に興味があったのですが、女神から私の目的のためには大量の魂を集める必要があると言うので、集めやすそうなこのスキルにしておいたのですよ」
(女神……ファルティナ様か?)
「それで、
隠すことなく堂々と宣言するテイマーに訝し気な視線をグラダスは向けた。
テイマーは笑いながら告げる。
「私は学者でね。質問をされると答えてあげたくなってしまうし、解説もしたくなってしまうのが悪い癖です。直さなければ」
「お前のようなガキが学者のわけあるか」
「それは浅慮というものですよ。まあ、私もまさか異世界に来るとは思いませんでしたが、研究も暗礁に乗り上げていましたから渡りに船というものでしたが……。久しぶりに面と向かって人と話して満足もしました。冒険者君も私の研究の糧になってください」
テイマーは黒い渦のようなものが中に入っている透明の箱を右手で掲げる。
その箱からはグラダスが感知した魔力と同様の魔力が感じられた。
「これは女神に頂いたものなのですが、女神の力を封じた物らしくこういうことが出来ます」
箱が黒く光ると同時にグラダスの後ろに突如Bランクのオーガが現れる──転移である。
(これが無限に魔獣が湧いてきた原因か!!)
巨躯であるグラダスよりも大きいオーガは手に持った石で作った棍棒を振るいグラダスを叩き潰そうとしてくる。
グラダスは動じもせずに棍棒ごとオーガを一刀で切り殺す
「やりますね、冒険者君。おやいつの間にか魂の回収ノルマが終わりましたか。それならばここに用はありません。帰りましょうか」
テイマーはノルマが終わったと言い放つとグラダスには目もくれず、イービルウルフの方に歩いていくが突如箱ごと右手が吹き飛ぶ。
グラダスが剣を投擲し箱を破壊したのであった。
剣を失ってでも、ここで箱を破壊する必要があると判断したのである。
「命令しておかないと守ってくれないのは不便ですね。それにしても、箱が無くなるとは……今後の魂の回収が面倒になります」
魔力が霧散する前に回復魔法を唱えて、右手を復元したテイマーは暗い笑みを浮かべて命令を出す。
「滅ぼすつもりはありませんでしたが、……イービルウルフここでありったけの魂を集めておいてください」
イービルウルフが遠吠えをし、町のほうに駆けていく。
「町には息子と妻がいるんでな、行かせてはやれんぞ」
素手であるグラダスがイービルウルフの前に躍り出て街へ向かうのを邪魔をする。
その様子をテイマーは興味がなさそうに一瞥した後、目の前に現れたフォレストウルフに跨りどこかに行ってしまった。
────
町の防衛をしていた冒険者や騎士たちは歓声を上げる
森から魔獣が湧き出るのが止まったのだ。
犠牲は大きかったが冒険者と騎士達の勝利であった。
歓喜に湧く冒険者達の中から何人かを連れだし、キースは森の中に入っていく。
斥候が先頭を歩きながら、馬の足跡を追った。
キースたちが森の中心の広場に付いたとき、そこには体がボロボロになり倒れているグラダスがいた。
「早く回復魔法をかけろ!!」
キース自身、無駄なことだと分かっていたが叫ばずにはいられなかった。
キースの叫び声にグラダスは鬱陶しそうに眼を開ける。
「一番の大物を俺が倒しちまったぜ。今回の依頼でのナンバーワンは俺だな」
ニカっと笑うグラダスを見て、キースの目に涙が溢れてくる。
グラダスの近くにはイービルウルフの死骸が転がっていた。
「ああ、誰が見てもお前がナンバーワンだぞ、グラダス」
「……キース後は任せたぞ。お前がギルドのエースだ」
「何を言ってるグラダス、ギルドのエースはお前だ。それにグランとエリスはどうする気だ!!」
グラダスは笑おうとするが、上手く笑えなかった。
「あいつらは強いから大丈夫────」
その後何度もキースが声をかけるが、グラダスから返事はなかった。
キースは冒険者たちを連れて町へ帰って行く。
その日の夜キースはグランとエリスにグラダスが死んだことを伝えた。
フラフラになりながらもキースは冒険者ギルドに足を向ける。
そこでは賑やかな宴が行われていた。
冒険者たちは馬鹿者の集まりである、危険な魔獣や魔物であっても立ち向かっていく。
そんな馬鹿共に悲しい別れなど不要であり、送り出すのなら笑顔で送り出すべきだとこのギルドでグラダスが以前言いだしたのであった。
グラダス以外にも大勢の冒険者が亡くなっていたが、冒険者達は皆笑顔で酒を飲んだ。
キースもカレンも他の冒険者たちも涙を流しながらも笑顔で死者を送り出した。
残されたグラダスの家族であるグランとエリスにはギルドやキースはもちろん他の冒険者たちも支援を申し出たが、エリスは断っていた。
自分たちだけ支援されるわけにはいかなかった。
街には孤児や未亡人、怪我をした冒険者が大勢いる。
そこで冒険者ギルドは今回討伐されたモンスターの素材をまとめて買取、その利益で被害者への支援金を作り配った。
これにはエリスも快く受け取ってくれた。
それでもギルドのエース、町を救った英雄の家族に何もしてやれないことが冒険者たちの胸の中で燻っていた
それから一年が経ち、グランは冒険者ギルドにやって来たのであった。
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