コンビニの店員さんに一目ぼれしたので、毎日通って気持ちを伝えることにした

生出合里主人

コンビニの店員さんに一目ぼれしたので、毎日通って気持ちを伝えることにした

 僕が住んでいるアパートの近くに、コンビニがある。

 ありきたりなチェーンのコンビニだけど、僕にとっては特別なコンビニだ。


 なぜなら、そこで働いている若い女性の店員に、僕は一目ぼれしてしまったから。


 彼女は目が大きくて、いつも瞳がキラキラ輝いている。

 鼻筋が通っているから、画面で見る女優さんのように美しい。


 僕は彼女を見た瞬間、たちまち恋に落ちてしまったんだ。


 でも僕は口下手で、いきなり店員さんを口説けるような男じゃない。

 それでも彼女の姿を一目見たくて、毎日そのコンビニに通っていた。


 思いを告げたい。

 でもできない。


 そんなもどかしい日々が続いた。

 それはとても幸せで、でも同時に辛い日々だった。



 なんとか気持ちを伝えたい僕に、一つのアイデアが思い浮かぶ。

 それは購入する商品の名前で、遠回しにメッセージを伝えること。


 日曜日は、アイスクリーム。

 月曜日は、いなり寿司。

 火曜日は、シュークリーム。

 水曜日は、テリヤキバーガー。

 木曜日は、芋けんぴ。

 金曜日は、マカロニサラダ。

 土曜日は、スパイシーカレー。


 頭文字をつなげると、「愛しています」となる。


 伝え方としては弱すぎるだろうけど、毎週続けていればいつか、気づいてもらえるかもしれない。



 僕はそのコンビニに毎日通い、曜日ごとに同じ商品を買っていった。

 それを毎週毎週やり続けた。


 そのコンビニの店員は、もちろん彼女一人じゃない。

 僕はなるべく彼女がいるタイミングを見計らってレジに並ぶけど、他の店員さんに当たってしまう時も少なくない。


 それでも他の方法が思い浮かばなかった僕は、ただひたすら同じことを繰り返した。


 その秘めたサインをわかりやすくするためには、他の商品はなるべく買わないほうがいいだろう。

 そう考えて実行していたけど、近くのコンビニで自由に買い物できないのは結構不便だった。


 その一方で、コンビニはスーパーと比べて安いわけじゃない。

 まだ学生である僕は、コンビニへ通うために宅配のアルバイトを増やすしかなかった。


 本当は、そのコンビニで働けばいいんだろう。

 でも内気な僕には、とてもそんな度胸はなかった。



 そんな日々が一年以上続いたある日、僕はついに彼女から指摘される。


「お客さん、日曜日いつも、アイス買いますね」

「えっ……はい……アイスが好きなもんで……」


 僕と彼女はその日以来、目が合うと笑顔を見せ合う仲になった。


 そればかりか、全部の店員さんと会話をするようになっていく。



 人のいい店長さんは、若い時東京に出てきて働き、定年退職後にコンビニを開業したとのこと。


 明るい奥さんは、女優を目指して上京したけど夢破れ、それでも今は夫婦二人、まあまあ幸せだと言って笑った。


 二十代茶髪男性の氷室ひむろさんは、ミュージシャンを目指すフリーター。

 ちょっとこわもてだけど、話してみると意外に気さくなお兄さんだ。


 二十代男性のりゅうさんは、中国から日本語を学びにきた留学生。

 学費を稼ぎながら実家に仕送りまでしている、とても立派な人だった。


 インド人女性のバラクリシュナンさんもまた、日本語を学ぶために日本へやってきた。

 一見おっとりしているけど、日本の大学で数学を勉強している才女らしい。


 そしてこの店の看板娘が、二十歳の女子大生、花宮はなみやさん。

 去年大学で準ミスキャンパスに選ばれたとかで、客からナンパされることもしばしば。


 家は裕福でアルバイトをする必要なんてないのに、親の方針で庶民の生活を体験するため、遠い親戚である店長夫婦のコンビニで働いているのだとか。


 近づきがたいオーラを感じさせるほどの美人だけど、最近は彼女のほうから話しかけてくれるようになっている。



 僕は店の人たちと仲良くなれて、すごく嬉しかった。

 これもすべて、大好きな彼女のおかげだと思う。


 度胸のない僕は、このまま彼女に思いを告げられないかもしれない。

 それでも僕は、ほぼ毎日彼女の顔が見られるだけで満足だった。


 でもやっぱりいつの日か、この高ぶる思いを伝えたいなぁ。



 そんなある日、事件は起こった。


 他にお客さんがいない時、花宮さんがレジから出てくる。

 そして真剣な眼差しで、僕に言ったんだ。


「ちょっとお客さん、いつになったらアタシに告白するの!」

「えっ、それは……」


「気持ちの伝え方が、遠回しすぎるのよ!」

「あ、それ、気づいたんだ……」


「なんでそんなわかりづらいやり方をするのよ! 気づくまで一年以上かかっちゃったじゃないの!」

「僕も、そんなんじゃダメだって思ってたんだけど……」


「だいたいなによ芋けんぴって! マイナーすぎるのよ!」

「いや、『い』から始まる言葉が二回なんで、他に思いつかなくて……」


「マカロニサラダもないでしょ! そこは麻婆豆腐でいいじゃないの!」

「たまにはサラダも食べないといけないし、なにしろ毎週のことですから……」


「最悪なのはスパイシーカレーよ! カレーだから『カ』だと思うじゃないの! 『アイシテイマカ』ってなにかと思ったわよ!」

「それは、そうですよね。僕もそこは、心配してたんですけど……」


「いつまでも待たせないで、いいかげん面と向かって口説きなさいよ!」

「いや、でも……」


「でもじゃない! それでも男なの! 男なら男らしく、はっきりしなさいよ!」

「でも、違うんです……」


「なにが違うのよ! ここまできてごまかそうとしてんじゃないわよ! 気持ちは言葉にしないと、伝わらないんだから!」

「それは、そうですよね……」



 目の前に、ずっと憧れている女性がいる。

 もうこうなったら、勇気を振り絞るしかない。


「僕が好きなのは、花宮さんじゃないんです……」

「は?」

「僕が好きなのは、バラクリシュナンさんなので……」


 花宮さんが、フリーズした。

 バラクリシュナンさんも、店長さんも、みんな口をポカンと開いてフリーズしている。


「オゥ」

 バラクリシュナンさんの驚きが、吐息となって口から漏れた。


 物静かだけど芯の強さを感じさせる、そんな彼女が僕は好きだ。



 でも今の問題は、烈火のごとく怒っている花宮さんだ。

 普段華やかな花宮さんの顔が、怒りでもろくも崩れている。


「はあ? なんでアタシじゃないのよ!」

「なんでって言われても、僕はバラクリシュナンさんに一目ぼれしちゃったんで……」


「そんなのおかしいでしょっ! アタシは準ミスなのよ!」

「でも僕の好みは、バラクリシュナンさんなんで……」


「なんでインド人なんか好きになるのよ! 日本人なら大和撫子を好きになりなさいよ!」

「恋愛に、人種なんて関係ないし……」


 確かに花宮さんはきれいだけど、ちょっと高飛車なところが僕はあまり好きではなかった。

 それは本人には言わないけど。


「もう、信じられない! アンタなんか、ガンジス川でおぼれて死んじゃえばいいのよ!」


 そう吐き捨てた花宮さんは、呪文のように僕の悪口をつぶやきながら店を出ていってしまった。


 かわいそうに店長さんは、冷や汗をかいてオロオロしている。



 僕はすごく緊張しながら、バラクリシュナンさんのほうを見た。

 バラクリシュナンさんは、褐色の肌を赤く染めて照れている。


 僕は意を決して、声をかけた。

「ナマステ」


 彼女が恥ずかしそうにニコッと笑う。

「ナマステ」


「今度一緒に、カレーを食べませんか?」

「オーケー!」



 これから僕と彼女の、ちょっぴりスパイシーな恋が始まる!

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コンビニの店員さんに一目ぼれしたので、毎日通って気持ちを伝えることにした 生出合里主人 @idealisuto

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